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AIはセールスを奪わない──Vercel COOが語る「GTMエンジニア時代」の勝ち方

生成AIの普及によって、「セールスの仕事はAIに置き換わるのではないか」という不安は、多くのスタートアップ創業者やビジネスパーソンの頭をよぎっているはずだ。
しかし、VercelのCOOであり、Stripeの初期セールス組織をゼロから立ち上げたJean DeWitt Grosserは、少し違う見方をしている。

「AIはセールスを置き換えない。ただし“すべてを変える”。」

AIの導入によって変わるのは、セールスという職種そのものではなく、GTM(Go-to-Market)全体の設計と、そこで働く人の“求められるレベル”である。本記事では、ポッドキャストで語られた内容をベースに、AI時代のGTMの本質を整理しつつ、専門的なトピックをできるだけ噛み砕いて解説していく。


1. Go-to-Market(GTM)の定義をアップデートせよ


1-1. GTMは「売る部署」ではない

多くの企業にとって「GTM」という言葉は、マーケティングとセールスを足したもの、あるいは「売上を取ってくる前線部隊」というイメージに近いだろう。
しかし、Jeanの定義は、これよりもはるかに広い。

「顧客に触れ、1ドルでも収益を生み出すすべての職能がGTMである。」

ここには、マーケティングやセールスだけでなく、カスタマーサクセスやサポート、パートナーシップ、セールスエンジニアやフィールドエンジニアといった“技術寄りの顧客接点”も含まれている。
つまり、GTMは「一つの部署」ではなく、顧客ライフサイクル全体を取り囲む“横断プロセス”として再定義されつつある。

1-2. なぜ今、定義の再構築が必要なのか?

GTMの再定義が求められている背景には、二つの大きな変化がある。
ひとつは、職種の細分化が進んだ結果、マーケ・セールス・CSなどが「それぞれ別の戦略」で動きがちになり、全体として非効率が生まれていること。もうひとつは、PLG(Product-Led Growth)やサブスクモデルの浸透により、顧客接点がプロダクト内外に分散し、「誰がどこから顧客を“育てているのか”」が見えづらくなっていることだ。

Jeanは、こうした分断を前提とするのではなく、ひとつの体験としてのGTMライフサイクルを、あらためて設計し直すべきだと主張している。

2. AIが生んだ新職種「Go-to-Market Engineer」の衝撃


2-1. 2017年には不可能だったことが、今は“普通に”動く

Stripe時代、Jeanはある野心的なプロジェクトに取り組んでいた。
世界中の企業を巨大なデータベースとしてマッピングし、ビジネスモデルや業種、規模といった属性に基づいて「ほぼ自動でパーソナライズされた営業メールを生成する」という構想だ。
プロジェクト名は、DNAの構造を明らかにした科学者にちなみ「Project Rosland」。いわば「企業のDNAを解読し、最適なセールスの当て方を自動化する」試みだった。

しかし、2017年当時の技術では、誤検知が多く、運用レベルには到達しなかった。
Jeanはここでいったん諦めるが、AIの進化によって、同じ構想が今では実用レベルで機能するようになったと語る。

2-2. GTM Engineerとは何者か

この変化の中心にいるのが、Go-to-Market Engineer(GTMエンジニア)という新しい役割だ。

GTMエンジニアは、まず既存のGTM職(SDR、AE、CSなど)の仕事を徹底的に観察する。
トップパフォーマーがどのようにリードを調査し、どの情報を見て、どんな順番で判断しているのかを洗い出し、それをAIエージェントとして再構築していく。
多くの場合、その出身はセールスエンジニアやフロントエンドエンジニアであり、コードも書けてGTMの現場感覚も理解している「ハイブリッド人材」であることが多い。

2-3. 導入効果:10名のSDR → 1名+エージェントへ

Vercelでは、インバウンドリード対応のプロセスをGTMエンジニアがエージェント化した。
もともと10人のSDRが担当していた業務は、AIエージェントと、それを監督する1人のSDRだけで回せるようになった。

驚くべきなのは、その開発コストとスピードだ。
1人のGTMエンジニアが6週間ほど、しかもフルタイムではなく部分的な稼働でエージェントを構築し、リードから商談への転換率は従来の人力とほぼ変わらないレベルを維持した。
むしろ、返信スピードが格段に速くなり、夜間や週末に来た問い合わせにも即座に反応できるようになったため、必要な接触回数は減ったという。

エージェントの運用コストは年間でおよそ1,000ドル程度とされ、人件費ベースでは100万ドル規模の削減効果が見込める。
Jeanは、これを「セールスの“削減”」ではなく、「人間のセールスを、より人間らしい仕事に戻すための再配置」だと位置付けている。

3. AIで変わるのは“売り方”ではなく“買われ方”である


3-1. 人は“痛み回避”のために買う

Jeanが共有した印象的な数字がある。
それは、顧客の約8割は「利益を取りにいく」よりも「痛みやリスクを避ける」ために購入する、というものだ。

スタートアップの創業者は、自社プロダクトの「未来の可能性」や「世界観」を語ることに熱心になりがちだ。しかし、そのメッセージが刺さるのは、同じく未来志向の創業者やテックリーダーである場合が多い。
一方で、大企業の意思決定者にとって重要なのは、

自社が競合に遅れるリスクを避けること、
インフラ障害やセキュリティインシデントによるブランド毀損を防ぐこと、
来期の売上目標を未達に終わらせないこと。

といった、極めて現実的で、かつ保守的な動機だ。

AIを活用したGTMにおいても、派手な機能紹介以上に、「導入しなかった場合のリスク」「放置したときに膨らむ機会損失」をいかに具体的に言語化できるかが勝負になる。

3-2. 「GTMをプロダクトのように設計せよ」

Jeanは、GTMの理想像を語るときに「プロダクトのように設計する」という表現を使う。

Stripeでは、最初の本格的なセールスミーティングを、単なるヒアリングではなく、「ホワイトボード・セッション」としてデザインした。
顧客と一緒に支払いのアーキテクチャを図解し、既存の仕組みや課題を整理しながら、「理想の構成」をともに描き出していく。
このプロセスの中で、営業側は顧客の課題や既存システムを深く理解できる。
同時に、顧客側も自分たちのシステム全体を初めて俯瞰し、「そもそも自社はどういう構造で動いているのか」を理解するきっかけを得る。

結果として、たとえその場で成約に至らなくても、顧客は「この会社と話すと、自分たちの頭が整理される」と感じる。
GTMを単なる「営業プロセス」と捉えるのではなく、プロダクトと同じように“体験”として設計することが、AI時代の差別化要因になりつつある。

4. セールスの未来:AEは“プロダクトマネージャー化”する


4-1. エンジニアが嫌うセールスは淘汰される

Jeanが自らの組織に課しているリトマステストは象徴的だ。

「うちのアカウントエグゼクティブを10人のエンジニアの前に立たせたとき、10分経っても“セールス”だと気づかれない程度には、プロダクトに詳しくあってほしい。」

これは、もはやトップセールスに求められる要件が、「話がうまい人」ではなく「プロダクトと顧客課題を両方理解している“準プロダクトマネージャー”」へと変わっていることを示している。

プロダクトの仕組みが分かり、ユースケースを深く理解し、競合との差分を自分の言葉で説明できる。
こうした人材でなければ、技術寄りの顧客やエンジニアとの信頼関係は築けない。
AIが情報を一瞬で整理してしまう世界では、「単に情報を伝える」だけのセールスは価値を失い、解釈と編集ができるセールスだけが残るとも言える。

4-2. セールスは「R&D機能」でもある

もう一つ重要なのは、JeanがGTM組織を「R&Dの一部」と見なしている点だ。
プロダクトマネージャーやリサーチャーが顧客インタビューを行うのは当然として、20人、30人規模のセールスチームが日々どれだけ多くの顧客と会話しているかを考えると、その情報量は圧倒的だ。

この膨大な対話から得られる声を、単なる「要望リスト」にせず、
どの課題が構造的で、どの要望が個別事例なのか、
どこまでプロダクトで解決し、どこからはソリューションとして扱うべきなのか。

こうした解像度の高い“編集”ができれば、GTM組織はプロダクト戦略にとって欠かせないインプット源となる。
AIは、Gongの通話ログを元にした「Lost Bot」や「Deal Bot」のように、会話データを解析して「本当に負けた理由」や「見落としているシグナル」を見つけ出してくれる。
人間のセールスがその結果を解釈し、戦略に反映することで、GTM全体が一段階上のレベルへと引き上げられる。

5. セグメンテーション(顧客分解)の技術


5-1. Stripeの例:3軸のシンプルだが強力なフレーム

Stripeでは、世界中の膨大な顧客を理解し、優先順位をつけるために、シンプルだが強力なセグメンテーションを使っていた。
ひとつ目の軸は企業規模(SMB、ミッドマーケット、エンタープライズ)であり、二つ目は成長ポテンシャル、三つ目はビジネスモデル(B2B、B2C、マーケットプレイス、プラットフォームなど)だ。

企業規模によって意思決定プロセスの複雑さは大きく変わる。
成長率の高い企業ほど、消費ベースのビジネスモデルでは将来的なLTVが大きくなる。
さらに、マーケットプレイスであれば「Connect」を優先的に提案する、といったように、ビジネスモデルによって提案すべきプロダクトも変わる。
こうした「3軸の組み合わせ」によって、どの顧客に、どの順番で、どんな訴求を行うべきかが整理されていった。

5-2. Vercelの例:Web特有の指標を取り入れる

Vercelでは、同じ発想をWeb領域ならではの指標に応用している。
たとえば、Chromeのユーザーエクスペリエンスデータ(CrUX)を用いて、あるサイトのトラフィック量を外部から推定し、社員数が少ない企業でも、実態としては“エンタープライズ級の影響力”を持っているケースを見つけ出す。

OpenAIのように、従業員数だけ見れば中堅企業に見えるが、実際には世界上位クラスのトラフィックを持つサービスは、その代表例だ。
このような企業は、Vercelにとっては「最重要顧客」として扱うべきであり、人手による営業リソースを優先的に投下する対象となる。

さらに、ECサイトかSaaSか、あるいはクリプト関連かといったワークロードタイプも重要な軸となる。
ECであれば商品一覧ページや決済フローの高速化が重視され、SaaSであればダッシュボードのインタラクションやAI機能の組み込みが関心の中心になる。
このように、セグメンテーションは単なる「売上順のソート」ではなく、プロダクト戦略とGTM戦略を接続するための“共通言語”として機能している。

6. PLGは“スタート地点”であり“ゴール”ではない


JeanのPLGに対するスタンスは、肯定的でありながらも現実的だ。
多くの開発者向け・SaaSプロダクトにとって、PLGは最初の成長ドライバーとして非常に有効である。
無料枠やセルフサーブの料金プランを用意し、開発者や小規模チームに広がることで、自然発生的な利用が積み上がっていく。

しかし、PLGだけで「年1,000万ドル級の契約」を量産できるかといえば、答えはほぼノーである。
高額契約やミッションクリティカルな導入では、依然として人間同士の対話、社内政治の調整、移行リスクの評価といったプロセスが不可欠だ。
Jeanは、どれだけPLGがうまく回っている企業であっても、ある地点から先は必ずセールス組織の構築が必要になると見ている。

AIは、PLGとセールスの橋渡しを高速化する。
セルフサーブで使っている顧客の利用データを元に、「どのタイミングで人間のセールスが入ると最もLTVが高くなるか」を判定し、
その後のコミュニケーションや提案書作成をエージェントが下支えすることで、人間のセールスが“本当に人間でしかできない部分”に集中できるようにする。

7. 結論:セールスは“消える”のではなく“進化”する


AIは、単純作業としてのリサーチやデータ入力、定型メールの作成といった、セールスの「作業部分」をほぼ全面的に自動化していくだろう。
しかしJeanが描く未来像は、「セールス職の消滅」ではない。むしろ逆だ。

AIエージェントがリードの優先順位付けやインサイトの抽出を行い、GTMエンジニアがそれを設計・運用する。
その土台の上に立つセールスは、顧客のリスクと機会を言語化し、プロダクトの可能性を文脈の中で提示し、組織内外のステークホルダーを動かす「編集者」に近い存在になる。

AIは敵ではなく、“第二のチームメイト”としてGTM組織を10倍強化する存在である。
AIによって「安易なセールス」は淘汰されるが、プロダクトと顧客のあいだに立ち、価値とリスクを翻訳できる人材の価値は、これまで以上に高まっていくはずだ。

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