AnthropicのBarry Zhangが語る「考えるAI」はこう作る──効果的なエージェント構築3つの原則
近年、大規模言語モデル(LLM)の進化に伴い、エージェント(Agent)と呼ばれる自律的なシステムの活用が注目を集めています。とりわけ、複数のモデル呼び出しやツールを組み合わせて高度なタスクを実行できる「エージェント的システム」は、既存のワークフローでは解決しにくい複雑な課題に取り組む手段として期待されています。
本稿では、Anthropicのバリー・チャン(Barry Zhang)氏による「How We Build Effective Agents」という講演内容をもとに、エージェント開発における要点と実践的な考え方を整理します。具体的には、「エージェントを使うべきかどうかの見極め方」「いかにシンプルにエージェントを設計するか」「エージェントが捉えている視点を理解する重要性」などについて、引用や事例を交えながら解説します。
1. エージェント開発が注目される背景
1-1. 機械学習からエージェント的システムへの移行
以前は、自然言語処理の応用といえば「要約」、「分類」、「抽出」といった単純なモデル呼び出しが中心でした。しかし、モデルの性能向上に伴い、複数のモデルを連続的・制御的に呼び出して意思決定を行う「ワークフロー」が主流になり始めています。ワークフローとは、あらかじめ定義したフローに従って複数のタスクを順番に実行させる方法であり、特定の問題領域で安定的かつコスト効率の高いソリューションを提供できます。
一方で、ワークフロー以上に柔軟性や自律性を持つ「エージェント」が注目されつつあります。エージェントとは、「自ら目標や行動方針を考え、ツールや環境との対話を通じてタスクを完遂していくシステム」です。バリー・チャン氏は、「エージェントは、自分自身の軌跡(trajectory)を決定しながら環境からのフィードバックに基づいて動作できる点が大きな特徴だ」と強調しています。
1-2. 高度なエージェントへの期待
今後、エージェントがさらに進化して汎用性や協調性を高めていくシナリオとしては、次のような展望が挙げられます。
単一エージェントの高機能化
1つのエージェントが幅広いタスクやドメインをカバーし、より深い推論能力や対話能力を備える。マルチエージェントの協調・分散
複数のエージェントが協調し、タスクを並列化・分担化することで効率的かつ大規模な問題を解決する。
このようにエージェント的システムは、製品開発から研究現場、実務の自動化やサポートといった幅広い領域で重要な役割を担うようになると考えられています。
2. エージェントを開発するときの注意点
2-1. 「すべてにエージェントを使わない」という方針
講演のなかで繰り返し強調されるのは、「エージェントは便利だからといって、何にでも適用するべきではない」という点です。たとえば、問題の構造が比較的単純で、あらかじめすべての分岐や意思決定を定義できる場面では、ワークフローによる明示的な実装のほうがコストも予測しやすく、制御もしやすくなります。
バリー・チャン氏が提示していたエージェントを使うべきかどうかのチェックリストは以下のようなものです。
タスクの複雑性:
タスクがあいまいで複雑な意思決定を伴うか。明確な手続きで済むのであればワークフローで十分。タスクの価値:
タスク完遂の価値や成果はエージェントに十分見合うか。エージェントはトークン消費が増大しがちなので、コスト面を考慮する必要がある。クリティカルな能力のボトルネック:
コーディングが必要なタスクなら「コード生成・デバッグ・エラー回復」など、重要な能力をモデルが十分に持っているかを検証する。エラーのコストと検出の難易度:
エラーが重大な結果を招く、あるいはエラーを見つけにくい場面では、エージェントに全面的な権限を与えにくい。読み取り専用や人的レビューを組み合わせるなどの制限が必要。
2-2. コーディングエージェントが好適な理由
上記のチェックリストを満たす好例として、講演では「コーディングエージェント」が挙げられています。コーディングというタスクは設計ドキュメントからPR作成まで非常に複雑で、同時に大きな価値を生み出します。また、ユニットテストやCIによって出力結果を検証しやすいという利点もあり、エージェントによる自動化が適している分野だとされています。
3. シンプルに始めるエージェント開発
3-1. エージェントの基本構造
バリー・チャン氏はエージェントを「モデルがツールを利用しながらループを回す仕組み」と定義しています。具体的には以下の3要素が重要です。
環境(Environment)
エージェントが操作したり観察したりする対象となるシステム。例えばOS、ウェブブラウザ、あるいは特定のAPIなどが該当する。ツール(Tool)
エージェントが呼び出せる機能のセット。ファイル操作やクリック、検索エンジンへのクエリなど、環境を操作するための抽象的なインターフェース。システムプロンプト(System Prompt)
エージェントが与えられた目標・制約・行動指針を定義する部分。ここで求めるタスクや方針を明示し、エージェントの振る舞いを方向づける。
この3つが揃ったうえで、モデルをループで呼び出すことによってエージェントは行動を続けます。大切なのは最初から複雑にしすぎないことです。大がかりなフレームワークを組む前に、まずは3要素を最小限で実装し、実際にエージェントが狙い通りに振る舞うかを検証することが推奨されています。
3-2. 運用上の最適化
基本の骨格が完成したら、必要に応じて以下のような最適化を行っていきます。
キャッシュ(推論の繰り返しを減らす)
ツール呼び出しやモデル推論をキャッシュ化し、トークン使用量やレイテンシを削減する。並列化(Parallelization)
複数のツール呼び出しを並列に実行できる仕組みを整え、処理全体の速度を向上させる。ユーザーへの進捗可視化
エージェントが内部でどんなステップを踏んでいるのか、ユーザーが進捗を理解できるUI/UXを設計し、信頼性を高める。
しかし、あまりに早い段階で複雑な最適化を追求すると、開発と実験のスピードが大幅に落ちるので要注意です。「まずはシンプルに試してみる」ことが肝要とされています。
4. エージェントの視点を理解する
4-1. 「エージェントのコンテキストを想像する」
講演のなかでバリー・チャン氏が興味深い例を挙げていたのは、「コンピュータ画面を操作するエージェントが置かれる状況」です。エージェントは10~20Kトークン程度のコンテキスト内ですべての判断を行い、ツールを呼び出す間は「画面が見えない状態」となります。
たとえば、コンピュータUIエージェントの場合、スクリーンショット1枚と簡単なテキスト説明だけがコンテキストに入り、その後「クリック操作」などのツールを呼び出し、再度スクリーンショットが返ってきて状況を判断するという流れを繰り返します。これは人間から見ると非常に限定的な情報です。したがって「エージェントがどんな世界観のなかで動いているか」を人間側も理解し、その制約を踏まえてコンテキストを設計する必要があります。
4-2. モデルとの対話を通じた理解
エージェントの視点を理解するもう一つの方法として、「モデル自身に問いかける」アプローチが挙げられています。たとえば、システムプロンプトやツールの説明部分をLLM(例: Claudeなど)に入力し、「この説明に曖昧な点はあるか?」、「あなたはこのツールをどう使いこなせると思うか?」などを尋ねることで、エージェントとしての振る舞いを事前に推測できます。
また、エージェントの生成した行動ログ(Trajectory)をモデルに与え、「なぜこのタイミングでこういう意思決定をしたのか?」と振り返らせることも有効です。こうした手法によって、エージェントが置かれた制約や認識を「人間が追体験」でき、不要な混乱やミスを減らすことが期待できます。
5. 今後の展望と課題
5-1. 予算(コスト・レイテンシ)管理
エージェントは、複数のモデル呼び出しやツール操作を繰り返すため、トークン消費コストや推論レイテンシの管理が大きな課題となります。バリー・チャン氏も「従来のワークフローよりコストとレイテンシが高くなりやすい以上、それを予測し制御できなければ大規模な運用は難しい」と指摘しています。
コストと時間をどう定義し、どう制約をかけるか
例えば、「1タスクあたり何トークンまで」、「〇秒以内に完了しなかったら処理を打ち切る」など、開発チームごとのポリシー策定が必要。
5-2. エージェントの自己進化的なツール設計
講演では「自分自身でツールやツールの使い方を改善していくメタ的なエージェント」も今後あり得ると示唆されていました。具体的には、エージェントが自動的にツールの説明文をアップデートし、より使いやすい形に進化させるというアイデアです。これはエージェントの汎用性を高めると同時に、利用する場面や領域を広げるきっかけになるでしょう。
5-3. マルチエージェントの協調・非同期通信
一人のエージェントですべてを賄うのではなく、専門性や役割を分担させた複数エージェントが連携する「マルチエージェント・システム」への期待も語られています。たとえば、
並列処理: 複数エージェントが同時に別のパートを担当し、完了した結果を合流させる
サブエージェントの文脈管理: メインエージェントのコンテキストを圧迫せずに、サブタスクだけを担う小さなエージェントを作る
ただし技術的には「エージェント間の通信をどう設計するか」が大きな課題です。現在は「ユーザーとアシスタントのターン制対話」が主流ですが、そこから非同期通信や多役割の会話プロトコルへ移行するには、インフラや実装パターンの再考が必要になるでしょう。
バリー・チャン氏の講演「How We Build Effective Agents」から浮かび上がる教訓をまとめると、以下の3点に集約されます。
エージェントは、適切な場面で使う
「すべてのタスクにエージェントを導入しよう」と考えるのは危険。複雑で価値が高く、かつ誤り検出が比較的容易または制限可能な領域でこそエージェントは力を発揮する。まずはシンプルに構築する
エージェントを支えるのは「環境」「ツール」「システムプロンプト」の3つ。余計な要素を加える前に、この核となる部分を小さく試作し、反復的にブラッシュアップすることが大切。エージェントの視点を理解し、対話を通じて改善する
エージェントがもつコンテキストの制限や認識の仕方を人間が理解し、必要な情報や説明を最適化する。さらにモデルそのものに問いかけることで、曖昧さや問題点を見つけやすくなる。
今後は「コスト・レイテンシ制御」「自己進化型ツール」「マルチエージェントでの分散協調」などが重要テーマとして台頭してくるでしょう。とはいえ、「とにかく動かしてみてそこから学ぶ」姿勢がエージェント開発においてはやはり不可欠です。
エージェント開発はまだ黎明期でありながら、すでに多くの実践事例が出ています。まずは小さなタスクからでも試験的に導入してみて、その可能性と課題を実体験することが、次なるブレイクスルーにつながるはずです。
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