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「リーンスタートアップ」著者が教える——良い会社が腐敗する構造的な理由と、それを防ぐ経営設計の原則

2011年に出版された『リーン・スタートアップ』は、「資本は無限ではない、顧客が求めるものを作れ、死ぬな」という原則を広め、起業の敷居を大きく下げた。著者のEric Ries氏は今、その後継として「腐敗しない会社をどう作るか」というテーマに取り組んでいる。

新著『Incorruptible(腐敗しない)』の刊行に合わせたポッドキャストインタビューで、Ries氏は四半期決算制度の弊害、株主優先主義の歴史的な誤り、Costcoやモンドラゴンといった「例外的に健全な企業」の共通構造、そしてAnthropicのガバナンス設計まで、幅広い視点で語った。

本稿はそのエッセンスを、起業家・投資家・経営者の視点から整理する。


1. 「リーンスタートアップ」の原則は今も有効か


1-1. 時代を超えて通用する原則

Ries氏は、「具体的な戦術やケーススタディは古くなったが、原則は今も通用する」と述べた。特に以下の2点は現在でも有効だと指摘する。

「世界はますます不確実になっている。計画や予測の精度は下がり続ける。そして技術の民主化により、より速く・安く・優れたプロダクトを作れる人が増え続けている」

この2つの力が重なった産業においては、リーン・スタートアップの考え方は依然として有効だという。

1-2. 「過剰資金調達」の罠

「資金があればあるほど良い」という考えへの疑問も示した。「多くのお金を持つほど、顧客が本当に求めるものを作っているかどうかを見失いやすくなる。現実が吠えかかってこなくなるからだ」

逆に、調達した資金を一切使わずに事業を成長させた創業者の存在を挙げ、「ミッションへのコントロールを持つ人間が、次に何をするかを決められる状態を維持することこそが重要だ」と語った。

2. 四半期決算が企業価値を5%毀損する——制度設計の問題


2-1. 学術研究が示すコスト

Ries氏が創設した「長期証券取引所(Long-Term Stock Exchange)」は、2025年にSECへ四半期報告から半期報告への変更を求める請願を提出した。

その根拠として、半期から四半期に報告頻度を変えた企業群の自然実験が引用されている。「四半期報告を行う企業は、半期報告の企業に比べて評価額が約5%低い。これは数千億ドル規模の損失だ」

2-2. 四半期報告が変えるもの

問題はコストだけではない。四半期報告が習慣化すると、企業はプロダクトではなく「四半期報告書」を作ることを目的化し始める。「企業がプロダクトを作るのをやめ、四半期報告書をプロダクトと見なすようになる。つまり、報告書を良く見せるためにはどうするか、という発想になる」

これは、本来の事業の質を高める努力から経営陣の関心を遠ざける構造的な問題だ。Ries氏は単純な廃止ではなく、長期投資家が必要な情報を得られるより質の高い開示制度への移行を提唱している。

3. 株主優先主義は「古い木より新しいアイデア」


3-1. 株主優先主義の歴史

現在の企業統治における「株主優先主義(Shareholder Primacy)」——株主価値最大化を企業の最優先目標とする考え方——は、実は1980年代に登場した比較的新しい概念だ。

Ries氏はこう述べた。「近所の公園を歩けば、このアイデアより古い木を見つけられる。これは資本主義の不変の柱ではない」

それ以前の何世紀もの間、株式会社は特定の目的のために設立されるものであり、単なる利益追求を目的とした場合こそ危険とされていた。

3-2. 「利益を出す」ことの本来の意味

Ries氏は「利益を得ること」自体の再定義を試みた。「利益とは、正の余剰変換——つまり世界をより良くすることの定義そのものだ」

株主のためだけに利益を最大化することと、顧客・従業員・社会のために価値を生み出した結果として利益が生まれることは、本質的に異なる。後者の視点で会社を設計することが、長期的には商業的にも優れた結果をもたらすという。

4. Costcoが教える「マージンは弱さになりうる」


4-1. ホットドッグと「1.5ドルの哲学」

創業者Jim Sinegal氏の有名なエピソードが紹介された。COOがフードコートのホットドッグセットの価格引き上げを提案した際、Sinegalはこう言ったとされる。「値上げしたら殺す。解決策を考えろ」

Ries氏は、Sinegal本人に直接確認を取り、この発言が事実であることを確かめた。さらに興味深いのは次の試算だ。全商品を3%値上げすれば、売上を損なわずに純利益を50%増やせる——にもかかわらず、Costcoはそれをしない。その理由は価格競争力を自社の存在理由と位置づけているからだ。「値上げはビジネスにおけるヘロインのようなものだ。一度やれば、また繰り返す。やがて低価格リーダーではなくなる」

4-2. 「マージンはあなたの機会だ」

Jeff Bezosの言葉として知られる「あなたのマージンは私の機会だ」という発想と同様、Costcoの哲学は、「高マージンは競争相手への招待状」という逆説的な考え方に基づいている。過度な利益の抽出は、長期的には競争上の弱点になるというのがその本質だ。

5. ガバナンス設計——「手遅れになる前に」


5-1. 「早すぎるから後でやる」が招く失敗

Ries氏が繰り返し強調したのは「ガバナンスの設計は早すぎることはない」という点だ。多くの創業者が「今は早い」とアドバイザーや弁護士に言われ、気づいたときには投資家に支配権を奪われている。「早すぎると言われ続け、ある日CFOに聞いたら『今さら無理です』と言われた」というCEOのエピソードを紹介した。

5-2. Anthropicのガバナンス構造

AnthropicがOpenAIを離れてガバナンス構造を設計した際、Ries氏は相談を受けた一人だという。Anthropicが採用した「長期便益トラスト(Long-Term Benefit Trust)」は、営利部門の取締役会がこの外部の信託に対して責任を負う多層構造を持つ。

このような構造を持つ企業は、50年後まで存続する確率が約5倍高く、長期的な価値創造指標でも優れているという研究データが示されている。

5-3. 「腐敗しない会社」の2つの柱

Ries氏は「腐敗しない会社」の条件として2つを挙げた。

「エトス(精神)の道」:顧客に対して「裏切るくらいなら死ぬ」と言えるほどの信念を持ち、それを経営・文化・ビジネスモデルに組み込むこと。

「インテグリティ(構造的誠実さ)の道」:外部からの圧力や誘惑に対して「ノー」と言える法的・組織的な仕組みを作ること。PBC(公益会社)、取締役会の使命誓約、長期便益トラストなどがその具体例だ。

この2つが揃ったとき、会社は「腐敗しない(Incorruptible)」状態に近づく。

6. モンドラゴンとワーカーズ・コープ——見落とされた選択肢


スペイン・バスク地方発祥の労働者協同組合連合体「モンドラゴン(Mondragon)」は、現在90,000人が働くスペイン有数の企業グループだ。エレベーター・スーパーマーケット・産業機器まで手がけ、外から見れば多角化コングロマリットに見えるが、内部は約80〜90の独立した労働者協同組合のネットワークで構成されている。

Ries氏はこれを「ミッション・ロック型コンステレーション(銀河型組織)」と呼ぶ。労働者が生産手段を所有し、自ら統治する仕組みだ。

こうした「代替的組織構造」は世界GDPの約5%を担うとされ、決してニッチな存在ではない。「問題は、多くの起業家がこの選択肢の存在すら知らないことだ。弁護士や銀行家は最初から教えてくれない」とRies氏は述べた。

7. AIと従業員所有——これからの働き方


7-1. 従業員所有の経済的優位性

55,000社以上を対象にした大規模研究によれば、従業員の持ち株比率が上がるほど売上成長などの事業指標も改善するという「用量反応」の関係が確認されている。10%所有よりも50%、50%よりも100%の方が良いパフォーマンスを示す傾向にある。

7-2. AIと労働の関係

「AIを使って人員削減したい」という経営者への批判的な見方も示した。「AIがそれほど強力だと信じているなら、本当は競争優位を得るために使うはずだ。人を解雇するためにAIを使うというのは、そのパワーを信じていない証拠ではないか」

代わりに、従業員をAI導入の「同盟者」として巻き込む経営の方が、長期的には強いと主張した。

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