a16zベン・ホロウィッツが語る——偉大な創業者CEOの条件と、スタートアップが陥る「意思決定負債」の罠を避ける思考法
a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)の共同創業者、ベン・ホロウィッツは、HubSpot創業者のブライアン・ハリガンとの対談の中で、こう述べた。
「感情を守るために真実から逃げるのは、テック企業において非常に危険なことだ。」
この一言は、単なる経営論ではなく、数多くの創業者・CEOを間近で見てきた彼の経験から来ている。HubSpotへの投資を見送った舞台裏、Databricksのアリ・ゴドシへの評価、Octaの採用危機——具体的なエピソードを交えながら、偉大なCEOとは何かを掘り下げていく。
1. 偉大な創業者に共通する「たった一つの特徴」
1-1. 「型」ではなく「思考の独立性」
ホロウィッツはこう語る。
「マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、アリ・ゴドシ——彼らは全員、性格も話し方も全く異なる。外見や内向性・外向性といった属性は関係ない。」
では何が共通するのか。それは、自分自身で考える力だという。
「本当に優れた人は、私が何を言おうと関係なく、自分の意見を持っている。ピッチの場でも、場の空気を読んで答えを変えるようなことはしない。」
加えて、「この人のもとで働きたいと思えるか」という基準も重要だと述べる。コーエン・パールの定義を引用しつつ、「リーダーシップとは、好奇心からでも人についてきてもらえる能力だ」と語った。
1-2. 「Math Olympiad論争」への見解
対談の中で、a16zのパートナー、ショーン・マクガイアが、「数学オリンピック優勝者のような超エリートを採用すべき」という主張を展開したことが話題になった。
ホロウィッツは、これを完全には否定しない。「最高の企業は例外なく、極めて知性の高い人物によって創られている」としつつも、こう補足する。
「HubSpotは、マーケティング・セールスのアイデアから生まれた会社だ。そういう会社では、数学オリンピックの優勝者が適しているとは限らない。市場と事業の性質によって、必要な知性の種類は変わる。」
知性の「量」だけでなく、「種類」への目配りが求められるということだ。
2. 創業者が陥る「2つの罠」
2-1. 過度な委任と「決断の先送り」
ホロウィッツは、多くの創業者が失敗する根本的な原因を「自信の欠如」だと述べる。
「誰も最初は何をすべきかわからない。そこで優秀な人材を雇い、その人たちの判断に過度に依存し始める。しかし、全体像を把握しているのはCEOだけだ。」
この「過剰な委任」は、意思決定の真空地帯を生む。そして社内の誰かがその隙間に入り込もうとする。これが社内政治の温床になる。
もう一つのパターンが、「先送り」だ。ハリガンは、これを「Decision Debt(決断の借金)」と呼ぶ。
「営業責任者を解任する必要があるのに、『もう一四半期待とう』と先延ばしにする。価格モデルが機能していないのに、修正を先送りにする。これが積み重なると、組織全体が動けなくなる。」
決断しないこと自体が、最大のリスクになるという逆説だ。
2-2. 「コンストラクティブ・コンフロンテーション」という概念
アンディ・グローブ(元Intel CEO)が提唱した「建設的な対立(Constructive Confrontation)」という概念を、ホロウィッツは強調した。
「マーク・アンドリーセンが、私に送ってきたメールは、かなり辛辣だった。でも、重要なのは彼がそれを言えたこと、そして私がそれに向き合えたことだ。真実が出てこなければ、会社は機能しない。」
グローブが会議に遅れてきた社員に向かって言った一言——「私にあるのは時間だけだ。それを無駄にしている」——は、当人だけでなく組織全体に伝わる文化的メッセージになったという。
文化とは宣言ではなく、行動によって形成されるものだということを示す好例だ。
3. 営業責任者の採用に見る「失敗の構造」
3-1. エンジニアがセールスを採用するときの盲点
テック系スタートアップにおいて最も頻繁に起きる失敗の一つが、営業責任者の採用ミスだという。
「エンジニアとセールスは、文化的に全く異なる生き物だ。エンジニアは質問されると『正しい答えは何か』を考える。セールスは『なぜこの質問をしているのか』を考える。」
この違いを理解していないと、面接で「優秀なセールス」を正しく評価できない。むしろ直接的に質問に答えない人材(=本当に優秀なセールス)を落とし、単純に答えを返す人材(=凡庸なセールス)を採用してしまう逆転現象が起きる。
3-2. Octaにおける採用危機
ホロウィッツは、この点を、Octaの実例で具体的に説明した。
当時Octaには、二人の採用候補がいた。一方は、会社に熱心で積極的。もう一方のアダム・アレンスは、慎重で、「顧客と話してから判断したい」という姿勢だった。
CEOのトッド・マッキノンは、熱心な方を選ぼうとしていたが、ホロウィッツはこう諭した。
「セールスマンが熱心であることを求めてはいけない。彼らがあなたを『審査』しているかどうかを見なければならない。本物のセールスは顧客を選ぶ。なぜなら、それが成約の確率を高める行動だからだ。」
最終的にアダムが採用され、その後のOctaの成長を支えることになった。
3-3. PTCの「遺産」が示す営業文化の本質
1990年代にシリコンバレーで「PTC」という企業の営業部隊が輩出した人材が、後のスタートアップ界に多大な影響を与えた。その理由についてホロウィッツは語る。
「PTCは製品が特別良かったわけではない。だからこそ、営業担当者は徹底的な規律を持ってアカウントに臨まなければならなかった。競合を排除し、技術・ビジネス両面でのケースを構築し、意思決定関係者を全員把握する——その習慣が体に染み込んでいた。」
「簡単に売れる製品」で数字を達成した営業と、「難しい製品」で数字を作った営業では、その応用力に大きな差がある。採用する際は、どんな環境でその実績を作ったかを問うことが重要だという。
4. 「ファウンダーモード」の正しい解釈
4-1. 過度な解釈がもたらすリスク
ポール・グレアムが提唱した「ファウンダーモード」という概念は、昨今の創業者に広く受け入れられている。しかしホロウィッツはその解釈に一部警鐘を鳴らす。
「ファウンダーモードの本質は、優秀な外部人材を採用しないことではない。採用した後に適切にマネジメントできることだ。」
「グローバルな営業組織を0から自分だけで構築しようとする? 現実的ではない。経験豊富な人材が持つ知識・ネットワーク・組織構築の実績は、今日すぐに買える資産だ。それを避けることは成長の機会を捨てることになる。」
4-2. ザッカーバーグから学べること
ザッカーバーグは、ファーストプリンシプル思考と、データドリブンな判断力が傑出しているとホロウィッツは語る。
「彼は誰の意見にも過度に引きずられない。データが示すものに従い、そこから決断する。そして、常に好奇心を持ち続けている。」
また、ザッカーバーグの人材理解の深さ——特に大型M&Aの判断——については「優れた心理学者だ」とも評した。
初期の段階では内向的に見えたが、それは自信の問題であり、資質そのものは最初から備わっていたという見方だ。
5. 文化は「言葉」ではなく「行動」で作られる
5-1. 価値観の罠
ホロウィッツは、著書「What You Do Is Who You Are(行動こそがあなた自身だ)」の中心テーマを改めて語った。
「多くの企業が『誠実さ』『チームワーク』を文化として掲げる。でも、それは誰でも言える。重要なのは、その価値観が具体的な行動として現れているかどうかだ。」
ベンチャーキャピタルでいえば——「起業家を大切にしている」と言いながら、ピッチ中にスマホを見る、投資しない場合に連絡を返さない——そういった行動が積み重なって文化になる。
「言っていることより、やっていることが文化を作る。」
5-2. 天才的な「問題社員」への対処
組織に一人はいる、極めて優秀だが周囲との摩擦が多いエンジニアの問題について、ホロウィッツはこう述べた。
「問題は『頭が良すぎること』ではない。具体的にどの行動が許容されないかを明確にすることだ。エンジニアはルールが明確であれば、それに従う能力が高い。」
a16zでは、「他人を貶めることで自分の賢さを示す行動」を明確に禁止しているという。「スマートであることは歓迎する。しかし、その手段を選べ」というスタンスだ。
まとめ:偉大な経営者は「最初から偉大ではない」
ホロウィッツはこの対談の最後に、こんな言葉を残した。
「ジェンセン・フアンは30年以上かけて今の姿になった。イーロンも一度解任されている。それでも最高の経営者と言われる人たちが育った。CEO就任直後から何もかもわかっている人間などいない。」
偉大なCEOの条件とは、生まれ持った才能よりも、真実に向き合う勇気、決断を先送りしない習慣、そして組織に正直な文化を根付かせる行動にある。
それは一朝一夕に身につくものではないが、意識的に鍛えることができるものでもある。
