自社コードの89%をAIが書く——それでも「代替ではない」とCognition CEOが言う理由
「AIが仕事を奪う」という言説が飛び交う2026年、AIコーディングエージェントのDevinを開発するCognitionのCEO、Scott Wuは異なるメッセージを発している。
Cognitionは、AIコーディングエージェントDevinのメーカーで、2026年5月に10億ドル超の資金調達を発表した。評価額は25億ドルのプレマネーで、ポストマネーでは約260億ドルとなる。これはわずか8か月前の調達ラウンドでの評価額102億ドルから大きく上昇したものだ。
技術と市場の勢いだけ見れば、「AIがエンジニアを置き換える」という物語の象徴的な企業に映る。しかし、当のWuは、その見方を明確に否定する。
1. Devinとは何か——評価額260億ドルの背景
1-1. 急成長する事業規模
Cognitionの年換算収益は、4億9,200万ドルに達し、今年に入ってからのエンタープライズ利用は10倍以上に拡大した。主要顧客にはゴールドマン・サックス、メルセデス・ベンツ、デル、シティ、米陸軍・海軍などが名を連ねる。
収益の伸びも際立っており、2025年5月時点の年換算収益3,700万ドルから2026年5月には4億9,200万ドルへと、1年間で約13倍に達した。エンタープライズ向けの月次成長率は6か月連続で約50%を維持している。
たとえば、メルセデス・ベンツは、8か月かかる予定だったレガシーシステムの刷新プロジェクトをDevinを活用して8日間に圧縮したと報告している。
1-2. 自社の89%のコードをAIが書く
同社の内部開示によると、自社のコードベースに占めるDevin作成コードの割合は、2025年12月の13%から2026年5月には89%にまで上昇している。残りのコードはAIコーディング競合のWindsurfのローカルエージェントが担当している。
これだけ見ると、Devinが人間のエンジニアを実質的に代替しているように見える。しかし、Wuは、それはこの数字の正しい読み方ではないと主張する。
2. 「AIはバディ」——Wuが語る共存の哲学
2-1. 代替ではなく「拡張」という発想
Wuは、TechCrunchのインタビューで、Devinの役割について率直に述べている。「私たちは一度も人間を代替するという発想で考えたことはない。そういう見方をする人もいるのは知っている。でも私たちの考えは、最初からそうではなかった」。
開発当初の発想はより素朴なものだったという。「Devinを作り始めたとき、正直に言うと、これは『一緒にもっとものを作れる相棒』だ、というイメージだった」。Wuは実際に、Devinのキャラクターをモチーフにしたぬいぐるみを自分のデスクに置いており、「もっと作れるようにしてくれる相棒」の象徴として大切にしているという。
2-2. プログラミングの「喜び」を守る
Wuが特に強調するのは、AIエージェントがコーディングの楽しさを奪ってはならないという点だ。「ソフトウェアエンジニアの多くが、ソフトウェアを作ることを心から好きなのは周知のことだ。なぜかと聞けば、たいてい『何もないところから何かを作れるから。自分のアイデアを製品に、体験に変えられるから』と答える」。
彼自身も幼少期からプログラミングに親しんできた。9歳でコーディングを始め、小学2年生で中学生向けの全国数学大会を制したと伝えられており、その後も数学・プログラミングのコンテストで実績を積んできた。その延長線上に、Cognitionの創業がある。
2-3. 「抽象化の次のレイヤー」という整理
Wuは、AIエージェントをソフトウェア開発の歴史の中に位置づけて説明する。かつてビジュアル開発環境が機械語から開発者を解放したように、AIエージェントは「ソフトウェアの構想と実装の間にある新しい抽象化のレイヤー」だという捉え方だ。
エンジニアが解放されるのは、多くのプログラマーが好まない「長テール型のメンテナンス業務」——古いソフトウェアのアップデート、プラットフォームの移行作業など——だという。「そういった雑務から解放されることで、もっと創造的なことに時間を使えるようになる」とWuは語る。
3. Devinの現在の実力と今後の方向性
3-1. 「ジュニアとミドルの間」という正直な評価
Wuは、デスクの向こうでDevinを過大評価することもしない。現時点では「タスクの種類によるが、ジュニアとミドルレベルのエンジニアの間くらいの働き」をすると述べており、上位レベルのエンジニアの代わりにはまだなれないという認識を示している。
一方でDevinが得意とするのは「エンドツーエンドでタスクを引き受けること」だ。計画・コーディング・テスト・デプロイまでを一貫して担える点が、補完ツールとしてのコードアシスタントとの差別化になっている。
3-2. 「自己駆動型ソフトウェア開発」という将来像
Cognitionのブログではより大きなビジョンも示されている——「セルフドライビング・ソフトウェア開発への移行」という表現だ。これはエージェントが継続的に学習・改善し、より高度なタスクも扱えるようになる方向性を指す(AI界隈では「再帰的自己改善」という言葉も注目されつつある)。
Wuは、この点について「かなりワイルドな展開になると思う」と述べつつも、最終的な意思決定は人間が行うべきだという立場を堅持している。「ソフトウェアエンジニアリングにおいてそれは明確に見えているが、他のすべての職業でも同じことが言えると思う」。
4. 投資家・ビジネスマンへの示唆
4-1. AIコーディング市場の競争地図
AI対応のエンタープライズ支出は2026年初頭に前年比94%増と急伸した一方で、従来型SaaSの成長率は8%にとどまっており、AIコーディングツールへの資金流入は急速な買収・人材争奪・競争ポジション確立の動きを生んでいる。
Cognitionは、OpenAIとGoogleが争奪戦を繰り広げた後にWindsurfの残存資産(技術・顧客・従業員)を昨年取得しており、この市場での統合動向を象徴する動きのひとつとなっている。
4-2. 「代替論」から「拡張論」へのシフトが示すもの
AIによる雇用代替への懸念が社会的な議論を呼ぶ中で、Cognitionのような企業が「代替ではなく拡張」を前面に出すことは、製品コンセプトだけでなく市場への語りかけ方としても意味を持つ。企業がAIツールを導入するにあたって現場の抵抗を和らげ、より広い採用を促す効果が期待できるからだ。
一方で、Wuが認めるように、Devinはすでに膨大な量のコードを担っている。「代替ではなく補完」という言葉の実態は、企業ごと・職種ごとに慎重に読み解く必要があるだろう。
