Nvidia創業者ジェンセン・ファン氏「最初の技術選択は完全に間違っていた」― Startup School 2026で語るNvidia創業の舞台裏
Y Combinatorが主催するStartup School 2026に、Nvidia創業者兼CEOのジェンセン・ファン氏が登壇した。聞き手は、YC関係者とみられる人物で、対談では、Nvidia創業初期の失敗談から、AI・ロボティクスの最前線、そして、起業家に向けたマインドセットまで、幅広いテーマが語られた。本稿ではその内容を項目ごとに、より詳しく紹介する。
1. 「創業時の技術選択は完全に間違っていた」
ファン氏は、Nvidiaの成り立ちについて、多くの人が信じがたい事実として、「会社を興した際に選んだ技術は完全に間違っていた」と明かした。同社の出発点にあった発想は、汎用コンピューターであるCPUは、非常に有用だが、それをアクセラレーター(専用の補助演算装置)で強化すれば、CPU単体では解けない問題を解決できるはずだというものだった。その最初のターゲットとして選んだのが3Dグラフィックスだったという。
1993年当時、PCの登場がまだ「噂」レベルだった時代、ファン氏らはゲーム機文化で育った世代として、あらゆる家庭用PCをそのままゲーム機に変えてしまうというアイデアに情熱を注いだ。従来は大型のスーパーコンピューターが必要だったアルゴリズムを、PCに収まる形に再発明しようと考え、実際に新しいアルゴリズムを考案し、それを信じて会社を立ち上げたという。ファン氏は、当時の自分たちについて、「思慮深く筋道立てて考えた末の判断だった」としつつも、1995年、そのアルゴリズムそのものが根本的に誤っていたことが判明したと振り返る。すでにその時点で、同じPC向け3Dグラフィックス市場には35〜40社もの競合が参入しており、危機的な状況だったという。
2. 会社を救うために教科書を購入
ファン氏は、この危機について、社内に持ち帰り、「これが機能しないという事実に向き合わなければ、会社は存在しなくなる」と社員に語ったエピソードを紹介した。さらに深刻だったのは、選んだ技術が誤っていただけでなく、そもそも正しい実装方法を誰も知らなかったという点だったという。
手元にあった数百ドルを持って地元の電器店Fry'sへ向かい、OpenGLとそのパイプライン設計に関する教科書を3冊購入。それをエンジニアたちに手渡したことが、その後の同社によるコンピューターグラフィックス分野再発明の出発点になったと語る。ファン氏はこのエピソードを、「資金調達して教科書を買った」創業秘話として振り返り、「今日世界的リーダーとなった3Dグラフィックス企業は、教科書から学んで始まった」とユーモラスに紹介した。同氏はこの経験から得た教訓として、技術は常に変化するものであり、現実を直視し、必要な知識を学び続けられる限り、技術そのものの選択の正しさは本質的な問題ではないという考えを示した。実際、それ以降Nvidiaは、粒子物理学や流体力学、画像処理、逆問題としての物理計算など、様々な「アルゴリズムの領域」に次々と進出していったという。同氏は、優れた企業をつくる条件として、「技術やマーケットそのものよりも、深く信じられる世界観に対する独自の視点を持っていること」が重要だと語っている。
3. セガとの契約破棄 ― 「できないが、契約金は全額欲しい」
ファン氏が、特に印象的なエピソードとして挙げたのが、日本のセガとの提携だ。セガは、同社に、セガサターンの後継機、後に「ドリームキャスト」として発売されることになるゲーム機向けのグラフィックスチップ開発を、約1200万ドルの契約で委託していた。しかし、Nvidia側の技術・アルゴリズムに根本的な欠陥があったため、ファン氏は、自ら日本に赴き、当時のセガ社長・中山隼雄氏(トランスクリプト内では「Madrasan」と表記)のもとを訪れ、契約の履行が不可能であることを説明し、その理由を伝えた上で、他社への切り替えを助言したという。
そのうえで、ファン氏は、「それでも資金がなければ会社が存続できない」として、契約金の全額支払いを求めた。ファン氏はこの会話について、社長から「つまり、契約した仕事はできないと言っているのに、契約金は全部欲しいということか」と問われた場面を振り返り、「その通りです」と答えたと、会場の笑いを誘いながら紹介した。ただし、同氏は、自分は礼儀正しく、謙虚な態度でそれを伝えたと付け加えている。セガ社長は、ファン氏の誠実さを見抜き、結果的に約500万ドルの資金提供に応じたという。ファン氏はこの経験について、「投資家は企業に投資するのではなく、人に投資する」という教訓を語り、この資金が、Nvidiaの存続と、正しい技術を見出すための時間を与えてくれたと振り返った。なお、皮肉なことに、Nvidiaが、上場した瞬間にセガはその株式を売却し、1500万ドル程度を得たとファン氏は聞いていると述べている。
4. 1999年上場時、時価総額3億ドルから1兆ドル超へ
ファン氏は、Nvidiaが、1999年に上場した際の時価総額が3億ドルだったことに触れ、「1999年当時の3億ドルは、本物の大金だった」と振り返った。それが現在では1兆ドルを大きく上回る規模に成長している。同氏は、GPUと自社技術が今日のAI革命においてこれほど重要な位置を占めることを、当時誰も予測できなかったはずだと述べ、聞き手からは「あなたはスパイス(=計算資源)を支配する男だ」と評された。
5. AlexNetを「新たな視点」で捉えた瞬間
ファン氏は、深層学習の転換点となった「AlexNet」の登場について、多くの人と同じようにその存在を知ったにすぎないとしつつも、自身が長年「アルゴリズム」という切り口で世界を見てきたことが、他社とは異なる理解につながったと説明した。同氏の視点では、対象となる「アルゴリズム」は、NAMD(分子動力学計算)であれ、VASP(物性計算)であれ、OpenGLであれ、SQLであれ、常に「自分たちが解決を手伝えそうな問題」を探すことにあったという。
AlexNetが登場したとき、ファン氏は、これを単なる画像認識モデルとしてではなく、深層学習という手法そのものが持つ意味に注目した。同氏は、当時、AlexNetの本質を、あらゆる関数を近似できる「普遍的関数近似器(universal function approximator)」の発見だと捉えていたという。「15年前、私は皆に『我々はたった今、普遍的関数近似器を学んだ』と伝えていた」と振り返り、多くの興味深い問題は本質的に「不正確」であり、厳密な精度を必要としない、あるいは厳密な精度自体が不可能であるからこそ、この能力が広く応用できると説明した。この気づきをきっかけに、コンピュータービジョンやロボティクス、自動運転といった分野へほぼ即座に着手したと振り返っている。
6. フルスタックの再発明と「システム思考」の重要性
ファン氏は、AlexNetの発見が単なる一つのブレークスルーではなく、「はるかに基盤的なもの」であり、ソフトウェアの作り方そのものを変えるものだったと説明した。同氏は、これを、プロセッサ、ミドルウェア、アルゴリズム、アプリケーションに至る「5層構造のケーキ」と表現し、この産業スタック全体を約15年前に再構築することを構想したという。
ファン氏は、こうした洞察に至る思考法について、第一原理に立ち返って物事を推論し、「これが起きたら、次に何が起きるか」を問い続けることの重要性を強調した。今後の時代に最も重要になるスキルとしては、システムに対する理解・認識・設計・組織化、すなわち「システム思考」を挙げ、低レベルの作業の多くがエージェントによって自動化されていく中で、抽象的にシステムを思考する能力がますます重要になるとの見方を示した。具体的には、何が制約条件なのか、情報がどこから来てどこへ向かうのか、その流量はどれくらいか、ボトルネックがプロセッサなのかメモリなのかネットワークなのかを理解する力が、これからの世代にとって決して無用にはならず、むしろより重要になっていくと述べている。
7. 「車を自分に合わせて作る」経営スタイル
組織運営について尋ねられたファン氏は、自身の思考の出発点は常に「好奇心」にあると述べた。周囲の人間からの答えに満足できなければ、まず自分自身で答えを探しに行き、それがチームや会社にとって重要だと感じれば、できるだけ多く学んでチーム全体に共有する、というのが自身のスタイルだという。同氏は、これを「経営テクニックではなく、性格的な特性だ」と表現し、現場に近い場所にいることの重要性を、サーフィンの比喩を使って説明した。波に乗ることは外から見れば混沌に見えるが、第一原理を理解していれば筋道が見えてくるように、変化が速い技術の世界でも、実際に手を動かして理解しなければ「速すぎてついていけない」と感じてしまうという。
さらに、CEOや創業者は、自分自身が運転するF1マシンを作っているようなものだと表現した。「車を自分に合わせて作るべきだ」とし、自分が退任した後どうなるのかと問われても、「私が現場で死んだら、次のCEOのために会社を作り直すだけだ」と答えたという逸話を紹介した。従来型の管理・組織技術に頼らない自身のスタイルについて、次のCEOがどんな人物であれ、その人に合わせて会社の形を作り直せばよいとの考えを示し、聞き手はこれを「創業者モードが34年間スケールした、ゼロから5兆ドルまで」と評した。
8. 「AIが雇用を破壊する」という物語は正反対
雇用への影響について問われたファン氏は、影響は分野によって「不均等」になるとしつつも、大きな論点として、AIと自動化があらゆる場所で雇用を生み出しているという証拠があり、「AIが雇用を破壊するという物語は、正反対だ」と明言した。同氏は、AIが「タスク(作業)」を自動化しても、それが直ちに「職種」全体を消し去るわけではないと説明する。一人の仕事には目的があり、その目的を達成するために複数のタスクが存在するため、一部のタスクが自動化されても、残りの多くのタスクは自動化されないという構造があるという。
具体例として、コーディングというタスクが自動化された一方でソフトウェアエンジニアの求人数は前年比10%増加していること、放射線科の画像診断が自動化されても放射線科医の求人はここ数年で約20%増加していることを挙げた。ファン氏はこの背景について、患者の診察待ちの積み残しが多く、より多くの患者を受け入れるためにはむしろより多くの看護師や放射線科医が必要になると分析している。同様に、法律業務支援AI「Harvey」の登場でパラリーガルの仕事が減ると予想されたが、実際には訴訟の積み残しが多いため、より多くの案件を処理するためにパラリーガルの需要はむしろ急増しているとも述べた。ファン氏は、これを、「生産性の向上が成長を生み、成長がさらなる雇用を生む」という、自身が学校を卒業した当時よりも今日の方が雇用が多い理由そのものだと総括している。
9. 物理AIの現在地 ― 既に「約100億ドル規模」の事業に
ロボティクスや自動運転などの「物理AI」について、ファン氏は、自社が動画生成AI(プログレッシブGAN、条件付きGANなど)の研究に早期から取り組んでいたことに触れ、指の動きや、手がグラスを持ち上げる様子を生成できるなら、ロボットに同じ動作をさせられないはずはないと気づいた瞬間が転機になったと振り返った。同氏は、ロボット版の「ChatGPTモーメント」はすでに数年前に起きていたとの見方を示し、現在は「リアルからシミュレーションへ」「シミュレーションからリアルへ」という二つの循環を軸に、強化学習によるファインチューニングと物理法則への接地(グラウンディング)が焦点になっているという。同社が展開する「Isaac Sim」や「Cosmos」といったシミュレーション基盤も、この文脈で位置づけられている。
物理AIが最も早く経済的な実用段階に到達する分野として自動運転を挙げ、Waymo車内でのNvidiaチップの採用、Tesla、Mercedesとの協業(データセンターから車載、ソフトウェアスタックまで)に触れつつ、同社が開発し、後にオープンソース化した自動運転スタック「Alpamayo」についても言及した。同スタックは、わずか100万〜200万マイル程度の走行データで非常に優れた性能を発揮するとされ、これは人間が運転を学ぶ際、言語モデルによる事前知識を使って未知の状況を既知の要素に分解して対応する仕組みと類似しているという。
ファン氏は、農業、郵便配送、倉庫内の自律搬送ロボット(AMR)など、自動運転技術の応用先は自動運転車市場そのものよりも多岐にわたるため、あえて技術スタック全体をオープンソース化したと説明した。同社のロボティクス・自動運転・物理AI関連事業は現時点で既に約100億ドル規模に達しており、2〜3年よりは長く、10年以内には次の「1000億ドル規模の事業」になり、世界最大級の産業の一つになるだろうとの見通しを示している。
10. Xへの初投稿 ― オープンウェイトモデルへの支持表明
ファン氏は、今回のStartup Schoolでの登壇に先立ち、自身にとって2026年に入って初めてX(旧Twitter)に投稿するきっかけがあったと明かした。同氏は、自身を「地球上で最後にXに投稿した人間の一人」だと自認するほど内向的な性格だと述べつつ、それでも投稿に踏み切ったのは、オープンソース・オープンウェイトモデルの重要性について発信することが、自分自身、業界、そして世界にとってあまりに重要だと感じたためだと説明した。
同氏は、モバイルクラウド産業がオープンソースなしには存在しなかったこと、Linux、Kubernetes、そしてTensorFlowやPyTorch(さらにその前身であるCaffeやTorch、Theanoなど)といった基盤技術がすべてオープンソースとして始まったことを引き合いに出し、「こうした流れがなければ、今日のAIは、どうして実現していただろうか」と問いかけた。聞き手はこの発言に対し、ファン氏の発信力と業界内での立場の重みを称え、オープンソース・オープンウェイトを支持する声として非常に重要だと評価した。
