Bank of America CEOモイニハンが語る米国債格下げと経済展望:不確実性に挑む銀行戦略
2025年初頭、Bank of America(以下BofA)のCEO、ブライアン・モイニハン氏は、At Barron’sのインタビューで多岐にわたるトピックについて語りました。本記事では、同インタビューの内容をもとに、米国債の格下げ、アメリカ経済の強み、金利見通し、中小企業や消費者動向、株主還元戦略、プライベートクレジット市場との関係、アナリスト対応、学術機関への関与、スポーツスポンサーシップ、そしてCEOとしての醍醐味などを整理・解説します。専門的な内容を一般読者にもわかりやすく伝えるために、具体例や引用を交えながら深掘りしていきます。
1. 米国債格下げと債務問題
1-1. 改めて格下げの背景と影響
インタビュー冒頭でモイニハン氏は、「米国債が格下げされたことはすでに事実として受け止められている」と指摘しました。実際、格付け機関はこれまで数回にわたり米国債を評価しており、今回が“最後の一歩”であると述べています。
「格下げが大きな影響を与えるかと言えば、市場はほとんど無反応でした。しかし、AAA格付けを前提とする投資家や、米国債のみを許容してきた投資家にとっては技術的な再調整が必要になります」
1-2. 「表現上の格下げ」が意味するもの
モイニハン氏は、今回の格下げを単なる信用度低下ではなく、米国政府の財政運営の在り方を示唆するものと捉えています。格付け機関は、「歳入と歳出のバランスが十分に改善されていない」と判断しており、
「我々は素晴らしい国であり、イノベーションや資本市場の強みは他国にない。しかし、ここ数年は大規模な財政赤字が続いている。その問題を解消できるのかが問われている」
と強調しました。この点は、米国政府が将来的に財政健全化策を講じるかどうかが重要な焦点となり、国債金利や政府債務の持続可能性にも影響を与えます。
2. アメリカの規模とイノベーション
2-1. アメリカ例外主義の根拠
モイニハン氏は、格下げ懸念を背景に「アメリカ例外主義の終焉」を危惧する声に対し、次のように反論しました。
「確かに不確実性はあるかもしれない。しかし、米国における法の支配、柔軟な労働市場、研究開発から商業化まで一貫してイノベーションを促進する環境は他国にない」
その上で、
「消費者支出がGDPの約3分の2を占める巨大市場を持つことも大きな強みだ。他国がいくら人口を抱えていても、購買力では米国が突出している」
と述べ、グローバル企業や投資家にとって依然として最重要マーケットであることを示しました。
2-2. 長期的視点で見た米国の優位性
さらに、モイニハン氏は、「過去250年にわたり、米国は研究機関や国立研究所、大学との連携を通じて『価値創造のエンジン』を回し続けてきた」と指摘。たとえば、コンピュータやAI技術の発展、さらにはプラスチック開発の歴史などを挙げ、アメリカが「研究成果を商業化し、世界をリードしてきた事例」を強調しました。
「父はプラスチックの博士号を持ち、研究成果を米国内で展開した。まさに『これがアメリカの強み』だ」
このように、モイニハン氏は、一時的な政策変更に左右されない、底堅い経済基盤とイノベーション文化をアメリカの根幹として評価しました。
3. 税制・金利見通し
3-1. 税制不透明感と財政赤字
インタビュー中盤では、税制改正の行方とそれが財政赤字へ与える影響について議論されました。モイニハン氏は、
「税制優遇策(いわゆるTax Bill)の延長可否やインフラ投資促進法(IRA)の補助金継続など、政策の不透明感は短期的に経済活動に影響を与えている」
と説明。これら財政政策は、国家財政の見通しと連動して長期金利に影響を及ぼすため、企業や投資家は注視しています。
3-2. 経済成長鈍化とインフレ動向
その一方で、モイニハン氏は、BofAのエコノミスト・チームの見通しを紹介しました。
「2024年第3四半期には年率3%だったGDP成長率が、2025年第1四半期にはほぼゼロに近い水準まで鈍化した。第2四半期にわずかに回復し、再度1%未満に落ち込む」
また、インフレについては、「2025年中盤に前年比比較で明確に低下し、そこからFRBが政策金利を一気に引き下げ、年末には米金利水準が3%前後に落ち着く」との見解を示しました。これにより、長短金利曲線が正常化することで「逆イールド(短期金利が長期金利を上回る状況)の是正」が期待されると述べています。
「インフレがコントロールされれば、FRBは早期に利下げに踏み切る。そうすれば金利曲線は再び上向きになるはずだ」
4. 中小企業と貿易摩擦の影響
4-1. 中小企業の計画停滞
モイニハン氏は、特に中小企業が直面する不確実性として「貿易摩擦(関税政策)の変動」を指摘しました。
「企業は来年度以降の3~5年計画を立てる際に、関税が数%台から20~30%台に跳ね上がるか否か分からない。これが計画停滞を招いている」
このため、「AI関連投資など一部領域を除き、設備投資は抑制傾向にある」と述べ、
「今後、米英など商談が成立すれば、中小企業は『為替相場や貿易条件の前提が安定した』と判断し、投資意欲が再燃するだろう」
と展望しました。
4-2. 商談成立による心理的な変化
関税や通商交渉の透明性が向上すれば、中小企業は「経済シナリオを見定められる」として、設備投資や雇用拡大に前向きになると見ています。モイニハン氏は、
「たとえば、英国との通商合意をモデルケースとして、インドや日本との協議結果を推測できれば、企業は安心して3年先の計画に投資を振り向けられる」
と語り、政策の“予測可能性”こそが経済活動を左右する鍵であることを強調しました。
5. 米国消費者の現状
5-1. 雇用・賃金・支出の好循環
モイニハン氏は、米国消費者の現況を「依然として強固」だと分析しました。具体的には、
雇用水準:失業率は約4.2%と歴史的に低い水準を維持
賃金上昇:名目賃金がインフレを上回るスピードで上昇している
支出動向:2025年5月上旬までの消費支出は前年同期比で約5%増加。消費者が“財布のひも”を緩めている
「年初から5月中旬までに、消費者からBofAを通じて約1.7兆ドルの資金が経済に流入している。これは前年度比6%増で、昨年第4四半期の成長率を上回っている」
5-2. 信用リスクと格差の顕在化
一方で、所得格差や住宅ローン金利上昇などの観点から、特定セグメントでは信用リスクの上昇が見られるとも説明しています。
「サブプライム層では延滞率がやや高まっている。ただし、全体としては2021年以前の水準に回帰したにすぎない。住宅市場も金利の影響で依然として需給が逼迫しており、今後は調整局面を迎えるだろう」
その上で、
「米国経済は巨大な消費者基盤という“アンカー”を持っており、これは他の先進国には見られない強みだ」とまとめました。
6. 株主還元と株価
6-1. ウォーレン・バフェットの動き
インタビュー後半では、米投資の“レジェンド”であるウォーレン・バフェット氏がBofA株を売却した背景が話題となりました。モイニハン氏は、
「バフェット氏は2024年第3四半期に大量に株を手放した後、徐々に売却ペースを落とした。彼自身も“米国全体のポジション見直し”の一環として売却したと示唆しており、BofAの業績を疑っての動きではない」
と説明。また、BofAは、2024年第1四半期に約45億ドル(約6,000億円)を自己株買いに充当し、配当と組み合わせた株主還元を引き続き強化しています。
「我々は“自社株買い”を含めた三段階の資本配分戦略を持つ。まず、顧客サービスに投資し、その後配当を支払い、最後に、余剰資本で株買いを行う。株主還元は今後も継続する」
6-2. 利息収益(NII)の拡大
昨年話題となった、いわゆる“持ち合い有価証券ポートフォリオ”(Held-to-Maturity)が金利収入(Net Interest Income, NII)に与える影響についても触れられました。
「2024年第2四半期にNIIは底を打ち、その後2024年末にかけて約1億ドルずつ上乗せされている。2025年末には追加で約10億ドル規模の利息収益増が見込まれる。これは、保有ポートフォリオの“ロールオフ”を高金利で再投資しているためだ」
これにより、BofAは、利ザヤ拡大期を最大限に活かし、収益基盤の強化を図っています。
7. プライベートクレジット市場との共存
近年、民間資本が急速に台頭し、プライベートクレジット(非公開債権融資)市場が膨張しています。モイニハン氏は、
「BofAの保有残高は1.5兆~2.5兆ドル級ではなく、常に“顧客第一”を掲げる。もしプライベートクレジットが顧客により適した融資手段であれば、協業を検討し、リスクを分散させつつ顧客に最適なソリューションを提供する」
と述べ、競争相手としてではなく「協働パートナー」として共存していく姿勢を示しました。特に中堅企業向け融資では、規制要件やストレステストの制約をプライベート市場が補完するケースも増えており、銀行と投資会社の役割分担が進むと見られています。
8. アナリスト対応と技術投資
8-1. アナリストの関心点
四半期決算発表やアナリスト・カンファレンスでは、マクロ経済動向とBofAの成長戦略を織り交ぜた質問が相次いでいるそうです。具体的には、
消費者動向:クレジットデフォルトや借り入れ状況
信用リスク:商業ローンの品質、貸倒リスク
政策見通し:ワシントンDCの政策変更(関税、財政赤字など)の影響
成長分野:テクノロジー・AI投資
「当社は、年間で約45億ドルをコード開発に投じている。既に5年稼働しているAIプラットフォーム『Erica』をはじめ、顧客向けソリューションにAIを活用しているのが大きな差別化要因だ」
と、技術革新へのコミットメントをアピールしました。
9. 大学の理事長(Chancellor)としての役割
モイニハン氏は、母校であるブラウン大学の理事長(Chancellor)も務めています。その立場での役割について、
「ブラウン大学では、学問の自由を守ると同時に、政治的圧力からの独立性を維持することが重要だ。大学は世界の知的財産庫であり、米国の研究力を支える中核だ」
と語りました。特に、大学の運営においては「価値観と発言のバランス」(Values and Voice)を重視し、国立研究所や他大学と連携しながら多様な視点を擁護する方針を示しています。
10. スポーツスポンサーシップ戦略
10-1. マスターズやマラソン大会への投資
モイニハン氏は、スポーツスポンサーシップを単なる宣伝手段ではなく、「地域経済の活性化・社会貢献」のための重要施策と位置付けています。たとえば、BofAは、シカゴマラソンを自社主催プロパティとし、地元ビジネスに約5億ドル相当の経済効果をもたらしました。
「マラソン大会を通じてチャリティ活動を促進し、参加者や地域住民に“なぜ走るのか”を問いかけるキャンペーンを実施している」
また、ゴルフ分野では、「Golf With Us」プログラムを展開し、6~18歳の子どもたちに月額5ドルで全国2,000以上の公共コースを利用できる機会を提供。1ヶ月で5万人以上が参加を表明するなど、若年層のスポーツ普及と地域振興を図っています。
10-2. FIFAワールドカップなどグローバル展開
さらに、BofAは、FIFAワールドカップやマラソン以外にも、マスターズ・トーナメントやボストン・マラソンなどにスポンサーとして関与し、グローバル規模でブランド認知向上を図るとともに、地域コミュニティへの貢献を重視。
「ただ名前を出すだけでは意味がない。各大会で地元コミュニティと連携し、施設整備や子ども向けプログラムを通じて“体験価値”を提供することが重要だ」
と述べ、単なる広告投資に終わらない戦略の裏側を明かしました。
11. CEOとしてのやりがい
11-1. 顧客・コミュニティへの貢献
インタビューの最後、モイニハン氏は、15年間CEOを務める喜びを語りました。
「毎日、多くの仲間と協力しながら、顧客やコミュニティに貢献できることが何よりのやりがいだ。カリフォルニアの山火事、ノースカロライナ州の洪水など、困難な状況にある人々を支援することに大きな使命感を感じている」
約30年間BofAに在籍し、「個人の成長機会と、その成果を社会に還元できる環境」に感謝しつつ、今後も「社員、顧客、株主の三者にとっての価値創造」を追求する意欲を示しました。
11-2. 規制環境を超えた挑戦
一方で、銀行業界は、規制強化や金利変動など複雑な環境下にあります。それでも、
「規制や市場環境の変動があっても、何よりも“人を助ける”ことができる。それがBofAの真髄であり、自分がここにいる理由だ」
との言葉に、銀行トップとしての使命感と情熱が込められていました。
モイニハン氏へのインタビューを通じて浮かび上がったのは、「不確実性の高い時代でも揺るがないアメリカ経済の基盤」と「銀行経営者としての責任・使命感」です。米国債の格下げや政策変更による短期的な揺れ動きがあったとしても、法の支配、イノベーション、消費者市場という3つの柱がアメリカを支えています。その上で、BofAは株主還元や技術投資、地域社会への貢献を通じて、銀行としての役割を果たし続ける意志を示しました。今後の金利動向、中小企業の投資回復、プライベートクレジット市場との協業など、多くの課題が待ち受けていますが、モイニハン氏は「常に顧客を第一に考え、社会に貢献するリーダーシップ」を貫くことで、持続的成長を目指す考えです。本記事が、米国のマクロ経済と大手銀行経営の最前線を理解する一助となれば幸いです。

