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Vertical AI①:AIの未来は垂直だ

近年、SaaS(Software as a Service)の世界では、特定の業界・業種に特化したVertical SaaSが著しい成長を遂げてきました。たとえば、建設業界向けのProcore、飲食店向けのToast、EC向けのShopifyなど、業種に合わせて最適化されたソフトウェアが続々と誕生しています。これらの企業は莫大な市場価値を創出すると同時に、業界の働き方を大きく変革してきました。

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しかし、クラウドコンピューティングとモバイル技術を活用して成長したVertical SaaSの次なるステップとして、さらに大きなインパクトが期待されているのがVertical AIです。これはLLM(大規模言語モデル)や生成AIを縦割り領域に特化して応用する新しいソフトウェアのカテゴリーであり、以下のような特徴を持っています。

  • 言語ベースの反復作業を自動化する能力

  • AIが人間の代わりに(あるいは補助として)行うことで、従来のソフトウェアでは到達できなかった業務領域を開拓

  • コアな業務フローだけでなく、バックオフィスなどのサポート業務にも幅広く活用が可能

この記事では、Vertical AIが生まれるに至った背景と、そこに潜む膨大な市場機会、さらに具体的な事例について段階的に解説していきます。


1. Vertical AIの登場と背景


1-1. Vertical SaaSの成功から見た新たな地平

一昔前、特定業界に特化したソフトウェア――いわゆるVertical SaaS――は「ニッチで地味」と見なされがちでした。しかし、MindbodyShopifyProcoreなどが著しく成長し、今日では米国の上場Vertical SaaS企業上位20社だけで合計時価総額は、約3,000億ドルに達しています。こうした実績を背景に、Vertical SaaSが持つ市場可能性はもはや疑いようがありません。

次なる波として注目されているのが、LLMネイティブなアプリケーションを活用するVertical AIです。2023年には、法律、ヘルスケア、金融といった言語ベースの反復作業が多い領域で、新たなAIスタートアップが次々と登場しました。従来のVertical SaaSが攻略しきれなかった、あるいはそもそもソフトウェア化が難しかった領域へもVertical AIが入り込めると期待されています。

1-2. 市場規模拡大の背景と既存SaaSとの差異

Vertical AIがこれほど注目される理由の一つに、その市場規模の大きさがあります。たとえば、米国政府の統計では、ソフトウェア関連の支出は米国GDPの1%に過ぎませんが、言語ベースの反復作業が多いビジネス・専門サービス分野はGDPの13%にのぼると言われています。これはすなわち、「ソフトウェア化されていない大部分の領域」にAIを導入することで、10倍以上の市場拡大が期待できるということを示唆しています。

さらに、Vertical AIは、「既存のレガシーソフトウェアを置き換える」だけでなく、「そもそもソフトウェアが導入されていなかった領域にソリューションを提供する」ことが可能です。従来のソフトウェア製品は導入・学習コストが高く、導入判断に慎重な業界を口説くのは容易ではありませんでした。しかし、AIが担う価値が大きければ、大企業ですら積極的に導入を検討するようになります。

2. なぜ今、Vertical AIなのか


2-1. 新興企業の高成長と買収事例

近年、Bessemerなどの投資家によるレポートやポートフォリオ分析によると、2019年以降に創業したLLMネイティブ企業が高い契約単価(ACV)と400%超の年成長率を誇り、かつ65%という健全な粗利益率を維持しているというデータがあります。実際、CaseTextが、Thomson Reutersに6億5,000万ドルで買収されたり、Lexionが、DocuSignに1億6,500万ドルで買収されたりと、すでにM&Aによるエグジットも起こっています。

この流れを受け、業界大手も「買うか、自前でAI機能を構築するか」を選択しながら積極的にAIを取り入れ始めています。たとえば以下のような動きです。

  • Thomson ReutersによるCaseTextの買収

  • DocuSignによるLexionの買収

  • IntercomZapierCanvaなど既存SaaSのAI統合

Vertical AIに対する需要は、すでに「将来的な可能性」ではなく「現在進行形のビジネスチャンス」として認知されつつあるのです。

2-2. 新たなワークフロー創出と価値の拡大

「AIが代替可能な繰り返し業務が多い業界ほど恩恵が大きい」というのは、Vertical AIの特徴の一つです。これまで人手で行われていたアナログな処理や作業が、AI導入で劇的に効率化されるからです。

たとえば、EvenUpというサービスは、個人向けの訴訟を扱う弁護士事務所の「需要書類(Demand Letter)作成」を自動化します。人間の弁護士やパラリーガルが多大な時間を要していた文書作成を自動化することで、事務所のコストを削減しながら顧客数を増やすことが可能になります。こうした例は、法律業界のみにとどまらず、医療、金融、建設など広範な業種で見られはじめています。

3. コアワークフローとサポートワークフロー


Vertical AIが提供する機能は、その業界の「コア業務」に深く根ざしている場合と、「周辺業務(サポート業務)」を効率化する場合とに大別できます。

3-1. コアワークフローにおける活用

コア業務の自動化・効率化は、たとえば、監査業務をAIで支援するFieldguideなどが代表例です。監査人が膨大なドキュメントやデータを細かくチェックする作業は非常に時間がかかりますが、AIがデータ処理を肩代わりすることで生産性が大幅に向上します。

ただし、コア業務ほど、「本当にAIに任せたいか?」という心理的・文化的なハードルも大きくなります。たとえば、投資銀行のプレゼン資料作成は自動化できても、クライアントとの商談をAIに丸投げすることには抵抗感があるでしょう。コアワークフローであればこそ、導入時の吟味がより慎重になる傾向があります。

3-2. サポートワークフローにおける活用

一方、サポート業務はコア業務よりもAI化に対する抵抗が少ない場合が多く、かつ導入による生産性向上効果が大きいです。たとえば、病院の予約やカルテ記入、金融機関のバックオフィス処理などは、専門家でなくてもできる作業が多く含まれています。医師の「いわゆる書類仕事」を肩代わりするAbridgeや、医療知識検索プラットフォームであるClinicalKey AIなどは、その代表例です。

ただし、サポート業務向けのHorizontalな大手SaaSがすでにAI機能を組み込んでいるケースも増えており、スタートアップが参入するには「業界特有の知識やデータをどれだけ活かせるか」が重要な差別化要因となります。たとえば、「太陽光パネルのメンテナンス需要を自動検知し、最適な技術者をアサインする」といった仕組みは、一般的なLLMでは実現しにくい業界固有のノウハウが必要です。

4. Vertical AIのディフェンシビリティ(moat)とは


「AIアプリケーションは単なるLLMのラッパにすぎない」という批判は、確かに一部の事例には当てはまるかもしれません。しかし、業界特化のAI企業がデータ、プロダクトの深み、実際の経済的価値を築くことで独自の防衛力(モート)を確立しているケースも数多くあります。

たとえば、

  • 垂直特化のデータセット

  • 法規制やセキュリティ要件に対応したプロダクト設計

  • 業界関係者との長年のネットワーク

といった要素は、汎用LLMでは容易に真似できない強力なモートを形成します。
「たとえ真似されても、高い業界知識やデータ活用ノウハウがなければ追いつけない」のが、強固なVertical AI企業の特徴です。

Vertical SaaSの成功実績と、AI技術の飛躍的な進化が重なったことで、これまでソフトウェア化が難しかった領域にも革命的なチャンスが生まれています。言語ベースの業務が多い業界、特に法律、医療、金融、会計などはすでにAI導入が進んでおり、今後2~3年で100Mドル以上のARRを達成するVertical AI企業が少なくとも5社は登場するとも予測されています。

Vertical AIの成功要因は、以下の3点に集約されるでしょう。

  1. 大規模市場へのアクセス:言語ベースの業務はあらゆる業種に存在するため、ターゲット市場は極めて広大

  2. 高い価値提案:人手で行うには負荷が高い業務を代替・支援することで、高ROIを実現

  3. 業界特化による差別化:規制対応やユーザーの業種特有のニーズを的確に捉え、高い防衛力を発揮

「AIが真に価値を生み出す領域はどこか?」を見極め、ソリューションを提供できるプレイヤーは、これからの数年で飛躍的に成長する可能性を秘めています。


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