スケール・安全・展開力—ラファエレ・サヴィが語るブラックロック量的運用の未来
2025年7月、ブラックロック・システマティック部門は創設から40周年を迎えた。世界最大級の資産運用会社であるブラックロックの中で、定量分析を駆使した投資を担うこの部門を率いるのがラファエレ・サヴィ氏だ。彼は約3,170億ドルの資産を統括し、株式・債券・ファクター投資において量的運用を牽引してきた。本記事では、ゴールドマン・サックスのポッドキャスト「Great Investors」でのインタビュー内容をもとに、サヴィ氏のキャリア、投資哲学、AI活用戦略、リスク管理思想、そして量的運用業界の未来像を詳しく紹介する。
1. キャリアの原点と転機
1-1. 工学から金融へ
サヴィ氏は、電気工学を専攻し、大学では、リモートセンシング(遠隔探査)を研究していた。転機となったのは、1990年代初頭に受講したデリバティブの授業で、金融工学の数理に魅了されたことだ。卒業論文では、デリバティブの数学的モデルをテーマに選び、当時としては珍しかったプログラミングも取り入れた。この経験が「クオンツ」としてのキャリアの出発点となった。
1-2. イタリアでの経験とBGIへの移籍
キャリアの前半10年間は、イタリアの投資運用会社Capitaliaで過ごし、CEOまで上り詰める。35歳でロンドンへ移り、偶然の縁からBarclays Global Investors(BGI)に入社。BGIはファクター投資や量的戦略の先駆者であり、サヴィ氏にとって憧れの存在だった。
1-3. ブラックロックとの融合
2009年、BGIは、ブラックロックに統合される。サヴィ氏は統合後も残り、同社の特徴である「アクティブ×パッシブ」「ファンダメンタル×システマティック」という多様な投資アプローチの融合に魅力を感じたという。
2. 量的運用の進化
2-1. ファクター投資の時代
BGI初期の戦略は、今日でいうファクター投資が中心だった。市場のリスクプレミアムを長期的に享受する戦略は、ドットコム・バブル崩壊後に好成績を収め、2000年代半ばに急成長を遂げた。
2-2. 第二の波:ビッグデータと機械学習
2009年以降、ブラックロックでは、ビッグデータや機械学習を導入。従来のファクターモデル改善にとどまらず、全く新しい予測モデルの開発へと舵を切った。これにより、よりダイナミックで市場環境に適応可能な戦略が生まれた。
3. AIがもたらす3つの変革
サヴィ氏は、AIの影響を次の3点に整理している。
3-1. スケール(Scale)
「The Bitter Lesson」にもあるように、データ量と計算資源の拡大は、モデル精度向上の最大要因である。投資業界は他産業に比べ、この重要性をまだ十分に理解していないと指摘する。
3-2. 普遍性(Generality)
大規模言語モデル(LLM)は、専門家以外でも直感的に使える点で画期的だ。これにより、定量チーム以外のドメイン専門家も投資プロセスに貢献できるようになる。
3-3. 安全性(Safety Engineering)
自動車や航空業界のように、AIを活用してポートフォリオの安全性・耐久性を高めることが可能になる。単なるアルファ追求だけでなく、ショック耐性や目標達成の確実性向上が重要だという。
4. プライベート市場への量的運用拡張
4-1. データ環境の変化
従来の定量モデルは、株価や出来高などの時系列データに依存していた。しかし、現在では、SNS投稿、商品レビュー、求人情報など非構造データからも企業分析が可能になり、未上場企業にも適用範囲が広がっている。
4-2. 公私混合ポートフォリオ
将来的には、公開市場と非公開市場を横断する最適ポートフォリオ構築やリスクモデルが重要になる。AIは非構造データの解析を通じて、その架け橋となる。
5. 最近の市場変動と教訓
2025年6〜7月、システマティック戦略は一部で40%に及ぶドローダウンを経験した。要因は高ボラティリティ銘柄の急騰によるショートポジション損失やポジション解消の連鎖だ。サヴィ氏はこれを「業界が常に警戒を怠ってはならないことを示す好例」と語る。
6. リスク管理哲学
6-1. システムと哲学の両輪
リスク管理は高度な数値モデルだけでなく、「何を優先するか」という哲学的判断が必要。小さな損失を回避することで大きな損失を防ぐという教えを重視している。
6-2. 安全第一
航空業界の格言「地上で空を恋しがる方が、空で地上を恋しがるより良い」を引用し、確信が持てないときは無理にポジションを取らない姿勢を強調する。
7. クオンツ投資家の成功要因
成功するシステマティック投資家は、高い知性だけでなく、好奇心と開放性を持ち合わせているという。自分の専門分野でも新しい意見を受け入れる柔軟さが、長期的な成果につながる。
8. ブラックロックの強み:東西融合型アプローチ
量的運用の系譜には、投資銀行トレーディングデスク発の「東海岸型」と、シカゴ大学流ファクター投資の「西海岸型」がある。ブラックロックは、両者の人材・文化を50:50で融合し、短期戦略から長期・非流動資産まで幅広く対応できる独自モデルを築いた。
9. まとめと展望
サヴィ氏は、AIの普遍性とスケーラビリティが、量的運用をこれまで届かなかった領域へ拡張すると確信している。特に、プライベート市場や長期投資への応用は今後10年の最大の成長領域となるだろう。
一方で、市場の予測不可能性とリスク管理の重要性は変わらない。未来の成功は、データとテクノロジーを駆使しつつ、人間的な判断と哲学を忘れない投資家に訪れるはずだ。

