Brian Cheskyが語るAI時代の経営再設計——「AIファウンダーモード」と、Airbnbの次の100年
世界的な民泊プラットフォームAirbnbのCEO、Brian Chesky氏は、起業家・投資家の間で最も注目される経営者の一人だ。「ファウンダーモード」という概念を世に広めた人物として知られる同氏が、AI時代における経営者のあり方について、1時間を超える深い対話を行った。
この対話で明らかになったのは、単なるビジネス戦略の話ではない。インダストリアルデザインを学んだ芸術家出身のCEOが、パンデミックという危機を経て、成功の幻想から解き放たれ、「作ることそのものへの純粋な愛」へと回帰していく内省の旅だ。
本稿では、ビジネスマン・投資家の視点から、Brian Cheskyの経営哲学の核心と、Airbnbが描くAI時代の成長戦略を整理する。
1. インダストリアルデザインという原点——「作ることは売れることだ」
1-1. RISDで学んだ「商業と美の統合」
Chesky氏は、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)でインダストリアルデザインを専攻した。この選択が、後のCEOとしての哲学の土台となっている。
インダストリアルデザインが他のデザイン領域と根本的に異なるのは、「デザインは売れなければ失敗だ」という明確な評価軸を持っている点だ。建築家は誰も借りない建物を設計しても賞を取れるが、インダストリアルデザイナーは市場に受け入れられなければ、それはデザインの失敗を意味する。
「インダストリアルデザインはマーケティング、製造、流通、問題解決を同時に考えなければならない。それは単に賞を取ることではなく、顧客にとっての実現可能性だ」とChesky氏は語る。
この考え方は、Appleの黄金時代——特にiMacからiPhoneへの進化——に体現されており、Chesky氏はJony Iveを「ヒーロー」と呼ぶ。
1-2. 子ども用人工呼吸器プロジェクトが教えた「多次元的共感」
RISDでの印象的なプロジェクトの一つが、小児用人工呼吸器のデザインだった。
このプロジェクトで求められたのは、機器の見た目だけを考えることではなかった。病院のベッドで怖がっている6歳の子どもの視点、我が子を心配する親の視点、そして、自分だけが機器を操作できることに誇りを持つ看護師の視点——複数のステークホルダーを同時に満たす設計が求められた。
この経験が、Chesky氏の経営スタイルの核心にある「ユーザーの靴を履いて考える」という姿勢を形成した。そして、「インダストリアルデザインにはプロダクトマネージャーが存在しない。デザイナー自身がPMだ」という構造が、後に「自分で全てを把握するCEO像」へとつながっていく。
2. ファウンダーモードの誕生——危機が変えた経営スタイル
2-1. 「7,000人の会社で、誰も何をしているか知らなかった」
2010年代、Airbnbは、ロケットシップのような成長を遂げた。しかし、2019年頃、Chesky氏はあることに気づく。「7,000人の社員がいて、誰が何をしているか全くわからなかった。ステアリングホイールのない車を運転しているようだった」と振り返る。
「左に曲がれ」と言っても会社は右に曲がる。意思決定は自分の意図とは無関係に数千件も積み上がっていく。Chesky氏は、2019年末に夢を見た——自分が10年間会社を離れ、戻ってきたら誰かが巨大な政治的官僚組織に変えていた。そして、目が覚めて気づいた。「それは私自身だった。私がそうさせていたのだ」と。
2-2. Steve Jobsのやり方を、Heroki Asaiから学んだ
この時期、Chesky氏は、Apple出身のHeroki Asai氏——Steve Jobsのクリエイティブディレクターを務めた「縁の下の英雄」——と出会い、Jobsの経営スタイルを学ぶ。
1997年、倒産9日前のAppleに戻ってきたJobsが取った行動は、細部への徹底的な関与だった。製品の全詳細を自分でレビューし、全ての意思決定を掌握する——それが「ファウンダーモード」の原型だ。
「ファウンダーモードとは、権限委譲を謝罪することなく、細部にまで関与することだ」とChesky氏は定義する。
2-3. パンデミックが「強制的なリセット」をもたらした
2020年のパンデミックで、Airbnbは、8週間で売上の80%を失った。この危機がChesky氏を「平時」から「戦時」へと変えた。
彼は会社全体を掌握し、2〜3年間にわたり週100時間働いた。全ての細部を自らレビューした。その哲学は明確だった。「人を信頼する前に、何が起きているかを知らなければならない。権限を与える前に、まず把握する」というものだ。
多くのリーダーが逆をやる——人を採用し、任せ、間違った方向に進んでから介入する。しかし、その時には「間違った筋肉記憶」がついてしまっている、とChesky氏は指摘する。
3. AIファウンダーモード——次の経営革命
3-1. 「ファウンダーモード」の先へ
Chesky氏は、AI時代における経営の新たな様式を「AIファウンダーモード」と呼び、従来のファウンダーモードをさらに深化させたものになると予告する。
従来のファウンダーモードでは、情報収集のために週35時間もの会議をこなす必要があった。Jobsも同様に、全部門のレビューをグループ会議形式で行い、意思決定を集約した。
「AIの時代には、会議ベースから非同期へシフトする。情報はオンデマンドで手に入る。だから、さらに深い詳細まで把握できるようになる」と述べ、この新しいモードはまだ構築中だと正直に認めた。
3-2. 管理職の再定義——「人を管理するだけの人は生き残れない」
Chesky氏が語る未来の組織像は、従来の人材管理の概念を覆す。
「純粋に人を管理するだけのマネージャーには価値がなくなる」と断言する。全ての管理職は「ハイブリッド型IC(個人貢献者)兼マネージャー」になる必要があるという。つまり、現実の成果物に直接触れる仕事も担わなければならない。
エンジニアのマネージャーも、コードを書かなければならない
弁護士のマネージャーも、判例を読まなければならない
デザインリーダーも、自ら設計しなければならない
「Jony Iveは、デザインを管理するのではなく、デザインをする。それがリーダーシップだ。人ではなく、仕事を通じて人を管理する」というのがChesky氏の哲学だ。
AI時代に「生き残れない」二種類の人間として、①純粋な人管理者、②変化を拒む硬直した人材を挙げた。
3-3. 経営層の数を減らす——「カトリック教会の4層モデル」
Chesky氏は管理層の削減にも言及した。
「カトリック教会は2,000年間続いているが、管理層はわずか4層だ。なぜ他の企業は7〜9層も必要なのか」という問いを投げかけ、AI時代には管理層を大幅に減らすことが合理的だと述べた。
ただし、「完全にフラットにする」という極論は避けつつ、「数層程度」への圧縮を目指す方向性を示した。
4. Project Hawaii——10人チームが200億円の価値を生んだ
4-1. 「小さな問題を徹底的に解く」という反直感的戦略
Chesky氏が最も誇る実験の一つが「Project Hawaii」だ。
Airbnbという巨大企業の中に、まるで創業期のスタートアップのような10〜12人の小チームを作り、「ゲスト体験の改善とコンバージョン率(検索から予約への転換率)の向上」という一点に集中させた。
フレームワークはシンプルだった:
Crawl(ハイハイ):バグを直す、既存問題を修正する
Walk(歩く):新機能を開発し始める
Run(走る):フロー全体を再設計する
Fly(飛ぶ):完全に自分たちを再定義する
4-2. 結果は驚異的——そして次の問題へ
このチームの成果は、初年度で社内換算約200億円相当の価値創出、翌年は400〜500億円相当。現在では「600ベーシスポイント(6%)の改善」というランレートで貢献しているという。総取引額が約100億ドル規模のAirbnbにおける6%は、数億ドル規模の価値を意味する。
同じモデルを「価格設定」「新サービス」と次々に横展開し、現在では10〜20のパイロットプロジェクトが走っており、最終的に50〜70の新事業領域を目指している。
4-3. 「問題をできる限り小さくせよ」
Chesky氏が繰り返し強調したのが、この原則だ。
Paul GrahamのYCの教えを引用し、「100万人に少し好かれるより、100人に深く愛される方がいい」と述べた。Gmailの開発者が100人の社内ユーザーが「本当に好き」になるまで2年かけたように——100人が愛するものを作れれば、1億人が愛する。
問題を小さくするほど、抽象化の層が減り、顧客に直接触れることができる。これはProject Hawaii、AIの活用、そして経営そのものに共通する原則だとChesky氏は語る。
5. 11つ星体験——想像の限界を超えることで5つ星が見える
Chesky氏が投資家・起業家の間で有名になった「11つ星体験」という思考実験も詳しく語られた。
5-1. なぜ「5つ星」では不十分なのか
Airbnbでは、ほとんどのユーザーが「5つ星」のレビューを残す。4つ星はすでに「悪い体験」を意味する——これを「レビューの圧縮」と呼ぶ。5つ星は「何も問題がなかった」という意味に過ぎない。
では、それを超えるには何が必要か。
5-2. 6つ星から11つ星まで
Chesky氏の思考実験:
6つ星:テーブルにお気に入りのワインと手書きカードが置いてある
7つ星:空港にリムジンが迎えに来て、サーフボードが用意されている
8つ星:空港に象がいて、お祝いのパレードが行われる
9つ星:「ビートルズの出迎え」——5,000人のファンが名前を叫んでいる
10つ星:玄関に記者会見が開かれている
11つ星:イーロン・マスクが宇宙に連れて行ってくれる
「11つ星まで突き詰めると、6つ星や7つ星が全く非現実的に見えなくなる」とChesky氏は語る。現実の外まで想像を押し広げることで、初めて「少しだけ現実を超えた」体験がデザインできる。
この6つ星と5つ星の差こそが、競合との差だ。そして、その差を工業化・スケールできれば、プロダクトマーケットフィットに近づく。
6. コンシューマーAIの空白地帯——次の大波はどこに来るか
6-1. なぜ誰もコンシューマーAIに挑戦しないのか
Chesky氏は、Yコンビネーターの取締役でもある立場から、興味深い観察を共有した。
「直近のYCのバッチ175社のうち、159社がエンタープライズ向けだった。コンシューマー企業はほぼゼロだ」と指摘する。
その理由として挙げたのは:
ChatGPTへの脅威感から投資家が敬遠した
コンシューマーAIの収益モデルがまだ確立されていない
シリコンバレーのトレンドがエンタープライズに集中しすぎている
コンシューマービジネスは本質的に難しく、「ヒット依存」だから
6-2. 「次の12〜24ヶ月でコンシューマーAIの夜明けが来る」
しかし、Chesky氏の予測は明確だ。「私のホーム画面のアプリはAI登場後もほぼ変わっていない。Airbnbも含めて。それが2年以内に変わるだろう」と述べた。
コンシューマーAIが成立するためには、ビジネスモデルが必要だ。情報だけを売るビジネスは機能しない——人々は情報にお金を払う習慣がないからだ。しかし、適切なビジネスモデルを見つけた企業にとっては、最大の成長機会が待っていると示唆した。
7. 「成功の翌日が最悲の日」——承認欲求からの解放
7-1. IPO翌日の喪失感
Chesky氏の語りの中で最も印象的だったのが、成功に対する内省だ。
コロナ禍の中、ZoomでAirbnbの上場を迎えた翌日、Chesky氏は、スウェットパンツを着てZoomミーティングに参加した。「まるで何もなかったかのようだった。それが人生で最も悲しい日だった」と振り返る。
100億ドルのバリュエーション。世界が認めた成功。しかし、何も感じなかった。
7-2. 「賞賛(Agilation)」は底に穴の開いたカップ
Chesky氏は自身が長年「Agilation(称賛・賞賛)」を求めていたことに気づく。
「賞賛は底に穴の開いたカップのようなものだ。注ぎ続けても溜まらない。しかも麻薬のように、より大きなヒットが必要になる。そして最終的には機能しなくなる」と語る。
子ども時代に「特別であること」で愛をもらえると学んだこと、それが「成功することで称賛を得たい」という動機に変換されていた——この気づきは、自己分析として非常に鋭い。
7-3. 「スコアは自然についてくる」
この内省を経て、Chesky氏が辿り着いた哲学がある。
「成功しようとするのをやめて、素晴らしいものを作ることに戻った」と語る。San Francisco 49ersの名コーチBill Walshの著書「The Score Takes Care of Itself」の考え方と同じだ——インプットを完璧にすれば、スコア(結果)は自然についてくる。
Rick Rubinの言葉も引用した。「アーティストは自分のために作るとき、本当のアーティストになる」と。
「何者になりたいか」より「何を作りたいか」に集中することが、本当の動機の源泉だとChesky氏は結論づけた。
8. AIが消えない時代に「何が残るか」——コミュニティとアイデンティティ
8-1. ソフトウェアは10年で古くなる、建物は残る
Chesky氏は「何が永続するか」という問いに真剣に向き合っている。
「10年前のソフトウェアを見るとひどく古く見える。でも10年前の建物や内装は、味が出て美しいことすらある」と指摘する。ソフトウェアは極めて「エフェメラル(儚い)」な存在だ。
ならば、何が残るのか。
8-2. アプリではなくコミュニティを作る
Chesky氏の結論は明確だ。「私たちはアプリを作っているのではない。サービスを作っているのでもない。コミュニティを作っている。それだけが残る」と社内に伝えたという。
将来、アプリは消えてエージェントになる。UIは変わる。デザインは陳腐化する。しかし、Airbnbのブランド、ミッション、コミュニティ、人々の間に生まれた信頼のネットワークは残る。
8-3. 「人」を原子単位に——次のAirbnb
現在Chesky氏が描く次の10年は、三つの柱で構成される。
「家」から「人」へ:Airbnbのアトミックユニット(最小単位)を「物件」から「人」に変える。プロフィール、嗜好、アイデンティティを核心に据え、最も認証された本人確認プラットフォームを作る。AI時代に「Proof of Personhood(本人証明)」はますます重要になる。
50〜70の新垂直領域:Amazonが書籍から始まって100種類の商品に拡張したように、Airbnbも「家」「体験」「サービス」から50〜70の領域に広げていく。「1→10→多」のパイロット方式で、一市場で機能させてから展開する。
AIによる自己破壊:「誰かに破壊される前に、自分で自分を破壊する」——しかし、投資家やホストの生活に影響を与えないよう慎重に。場合によっては別のアプリとして「次のAirbnb」を実験するサンドボックス戦略も検討中だ。
9. 採用こそCEOの第一の仕事——「人を採るか、管理するか」
9-1. 採用に時間を使えば、管理は不要になる
Chesky氏は、経営者の時間配分について一つの原則を示した。
「採用に時間を使えば使うほど、マネジメントに使う時間は減る。良い人材は自己管理できるからだ」と言う。逆に採用を怠ると、管理に追われることになる。
Sam Altman(当時Loopd CEO)から27〜28歳のChesky氏に言われた一言——「採用に時間の50%を使え」——を守らなかったことを「致命的な失敗」と述懐する。
9-2. 「検索型採用」ではなく「パイプライン型採用」
Chesky氏が勧める採用手法は、求人が出てから探すのではなく、常日頃からトップ人材を把握しておく「パイプライン型採用」だ。
具体的には:
結果から逆算して人を探す:好きな広告を見たら、その広告を作った人物を調べる
紹介の連鎖を作る:優秀な人に会うたびに「最も優秀な知人を2〜3人紹介してほしい」と依頼する
「マフィア」を把握する:Uberには「オペレーションのマフィア」、Appleには「デザインのマフィア」がある。各社の人材エコシステムを熟知する
Chesky氏は、全社上位200名の採用に自ら関与する。エグゼクティブだけでなく、2〜3層下まで。「自分なしでは採用できない人材を採れ」という逆説的な採用哲学を持つ。
10. ボディビルが教えた「1%の積み上げ」——持続的成長の本質
Chesky氏は13歳のとき、アイスホッケーの夢が絶たれた後、ウェイトリフティングに転向した。135ポンドの体を鍛え、19歳で全米レベルの大会に出場した。
この経験から学んだ二つの原則は、経営に直結する。
第一の原則:体を変えられれば、人生を変えられる
自分の内側から変えることで、外側の世界も変えられる——これは自己効力感の根幹だ。
第二の原則:一日では鍛えられない、複利の法則
「一日に20時間トレーニングしても体は鍛えられない。逆に壊れる。毎日1%の改善を積み重ねることで、大きな成果が出る」とChesky氏は語る。
ボディビルは主観的に評価される競技だが、食事量・トレーニング記録・体重を科学的に管理する——この「定性と定量の統合」がChesky氏の経営スタイルに染み込んでいる。
