SemiAnalysis Dylan Patelが語る「トークノミクス」の全体像──AI支出・供給ボトルネック・投資判断
2026年4月23日、Colossusのポッドキャスト「Invest Like the Best」で、半導体サプライチェンとAIインフラの動向を追うSemiAnalysisの創業者兼CEO、Dylan PatelがホストのPatrick O'Shaughnessyと対談した。テーマは、トークンの需給。フロンティアモデルへの飽くなき需要、AIから価値を生み出せない企業が直面する経済的淘汰、そして、スタック全体のスケーリングを左右する隠れた供給ボトルネックまでが語られた。
Patel自身の企業では、昨年は数万ドル規模だったAI支出が今年は年間700万ドルのランレートに急増している。本記事では、約45分にわたるこの対談から、投資家・ビジネスパーソンが理解すべき核心的な論点を抽出・整理する。
1. AI支出の急騰──給与の25%超がClaude Codeに消える現実
1-1. 数万ドルから700万ドルへ
Patelは、自社SemiAnalysisのAI支出の変遷を率直に語った。2025年は、ChatGPTやClaudeのサブスクリプションを中心に「数万ドル規模」の支出だったが、2025年12月のOpusリリースを契機に支出が急激に増加。2026年1月から支出が「急激に跳ね上がり続けた」という。Anthropicとのエンタープライズ契約を締結し、直近のランレートは年間700万ドルに達した。
SemiAnalysisの給与費用は、約2,500万ドルであり、Claude Code支出は、給与の25%以上に相当する。Patelは、「このトラジェクトリーが続けば、年末には給与の100%を超える」と述べ、「少し恐ろしい」と率直に認めた。
1-2. 非エンジニアが1日数千ドルを使う
特筆すべきは、この支出を牽引しているのが必ずしもエンジニアではない点だ。SemiAnalysisのプレジデントDoug Olaflinは、「非技術者がAIでコーディングする」先駆者として全社に影響を与え、コーディング経験のない社員がClaude Codeで1日数千ドルを使うケースも生まれている。
1-3. 具体的な生産性事例
Patelは3つの具体例を紹介した。
① 半導体リバースエンジニアリング: オレゴン州の研究ラボで、走査型電子顕微鏡でチップを解析するプロセスを、1人の社員が数千ドルのClaudeトークンでGPUアクセラレーション・アプリに変換。チップ画像を送ると、銅・タンタル・ゲルマニウム・コバルトなど全素材のオーバーレイが即座に表示される。Patelは、「以前Intelにいたその社員は、これは以前は1チーム分の仕事だったと言っていた」と語った。
② エネルギーグリッドのマッピング: SemiAnalysisは、エネルギーデータサービス市場(約9億ドル規模)への参入を1年以上試みてきたが成果が出なかった。しかし「Claude Codeサイコシス」にかかった1人の社員が、1日6,000ドルのトークンを使い、3週間で米国のすべての発電所と一定電圧以上の送電線をスクレイピング。電力の需給ギャップが見えるダッシュボードを構築した。エネルギートレーダーに見せると「これは本当に良い。XYZ社より良い」と評価され、そのXYZ社は、100人で10年間この事業に取り組んでいた。
③ 経済分析「ファントムGDP」: 大手銀行の元エコノミストMalcolmは、FRED、雇用統計など各種APIデータを取り込み、回帰分析を実行し、労働統計局の2,000タスクをAIで代替可能かどうか評価するルーブリックを作成。現在AIで実行可能なのは約3%だが、そのコスト低下による「ファントムGDP」──産出は増えるがコストが急落するためGDPは理論上縮小する──という新しい概念と、2,000項目の独自ベンチマークを1人で構築した。「以前なら200人のエコノミストチームで1年かかる仕事だった」という。
2. トークノミクス──Anthropicの爆発的成長とマージンの構造Colossus
2-1. Anthropicの収益急増
Patelは、トークンの需給を「マクロレンズ」で俯瞰した。Anthropicの年換算収益(ARR)は、2025年末の約90億ドルから、2026年4月に300億ドルに到達し、約4か月で3倍になった。Patelの語り方からすると、ポッドキャスト収録時点では350〜450億ドルに達している可能性も示唆された。
2-2. 粗利益率72%以上の衝撃
Patelは独自の計算に基づき、Anthropicの粗利益率が、最低でも72%に達していると推定した。年初にリークされた資金調達資料では30%台の粗利益率が記載されていたが、需要の急増により利用制限(レートリミット)を引き締めることでマージンが急拡大したという。実際には、研究開発コンピュートにも投資しているため、真のマージンは72%を超えている可能性がある。
2-3. 「支払えばアクセスできる」世界
Patelは、「本当に重要なのはAnthropicの担当者がいること、エンタープライズ契約を結んでいること、必要なレートリミットの引き上げを得ること」だと強調した。トークンの需要は、供給を大幅に上回っており、支払い能力のある企業が優先的にアクセスを得る構造が形成されている。
3. Claude Mythos──「2年間で最大の能力ジャンプ」
3-1. Mythosとは何か
Anthropicの内部スポークスパーソンは、Mythosは、「ステップチェンジ」を表すAI性能の飛躍であり、「これまでに構築した中で最も高い能力を持つ」と述べた。4月8日の公式リリースでは、SWE-bench 93.9%、USAMO 97.6%という数字が確認された。
Patelは、「ベンチマークを見ると、Mythosはおそらく2年間で最大のモデル能力のステップアップだ」と評価した。
3-2. L4からL6エンジニアへ──2か月の飛躍
Patelは、興味深い比較を提供した。Anthropicの2025年の目標は、「年末までにL4ソフトウェアエンジニアレベルのモデル」であり、Opus 4.6でほぼ達成された。しかし、Mythosは、L6エンジニア(かなりの経験を積んだレベル)に相当するという。L4は、新人レベル、L6は熟練レベルだ。Anthropicによれば、Mythosは、社内で2月に利用可能になった。つまり、2か月でL4からL6への飛躍が起きた。
3-3. 公開されない理由
Anthropicは、セキュリティ上の脆弱性を発見・悪用する能力への懸念から、Mythosを厳選されたテック企業・サイバーセキュリティ企業のグループにのみ公開している。過去数週間で、Anthropicは、Mythos Previewを使用して、すべての主要オペレーティングシステムとウェブブラウザにおける数千のゼロデイ脆弱性を特定した。
Anthropicは、この取り組みに最大1億ドルの利用クレジットと、オープンソースセキュリティ組織への400万ドルの直接寄付を約束している。
Patelは、「彼ら自身、需要を満たすだけの供給がない。すでにソールドアウト。収益は月100億ドルペースで増加している。Mythosを公開する必要がない」と述べた。
3-4. Opus 4.7の位置づけ
Anthropicは、4月16日にClaude Opus 4.7をリリースした。同社は、Opus 4.7がOpus 4.6、ChatGPT 5.4、Google Gemini 3.1 Proを上回るが、Mythos Previewには及ばないことを公式に認めた。
Anthropicは、「Opus 4.7のサイバー能力はMythos Previewほど高度ではなく、トレーニング中にこれらの能力を差別的に低下させる試みを行った」と説明している。
Patelの見解では、Anthropicは、意図的に二重トラック戦略を採用している。一般公開モデル(Opus)とアクセス制限モデル(Mythos)を分離することで、安全性とビジネス上の希少性を同時に担保している。
4. 「アイデアは安く、実行は簡単」──経済の根本的再編
4-1. パラダイムシフト
Patelは対談の中で繰り返し、最も重要な洞察として次の点を強調した:
「以前は実行が非常に困難で、アイデアは安かった。今はアイデアは安く豊富だが、実行は非常に簡単だ。だから本当に良いアイデアだけが、超安価な実装へのコストを正当化できる」
これはAIモデル研究にも当てはまる。「実装が非常に簡単になったことで、より多くのアイデアを実装でき、トレッドミル(開発サイクル)がどんどん速くなる」。その結果、モデルのリリース間隔は、6か月から2か月に短縮された。
4-2. フロンティアモデルへの執着
Patelは、「人々がこれほど最先端の、最も高価なモデルに固執することに驚いていますか?」という質問に対し、自身がAnthropicの共同創業者に「Mythosへのアクセスをください」と懇願したエピソードを語った。
この背景にある経済的ロジックは明快だ。過去のモデル(GPT-4クラス)のコスト低下はDeepSeekの例では600分の1にまで達したが、「GPT-4クラスのモデルに誰も関心を持たない。フロンティアモデルこそが経済的に価値のあるものを作れる」。現在のOpus 4.6/4.7クラスのモデルは、1年後にはおそらく100分の1のコストで利用できるが、「それは無関係だ。はるかに優れたモデルを使っているから」。
4-3. トークンの価値連鎖
Patelは、「Anthropicが年間400億ドルのトークン収入を得ているが、それらのトークンは400億ドル以上の価値を生み出している」と指摘。情報サービスビジネスの基本原理として「私が1ドルで情報を売るなら、あなたはその情報で1ドル以上稼げるから買う」。トークンの価値はその使い方次第であり、フロンティアモデルを高付加価値タスクに向けられるかどうかが企業の命運を分ける。
5. 「AI永久下層階級」──トークンを使わなければ取り残される
Patelは、「トークンをもっと使わなければ、永久下層階級から抜け出せない」という挑発的な表現を用いた。その論理は3つのステップに分解される:
トークンをより多く使う
そのトークンから価値を生み出す
生み出した価値を捕捉する
「怠惰なやり方は、8時間の仕事をAIに任せて1時間だけ働くこと。クールなやり方は、8時間働いて8倍の成果を出し、5倍の収入を得ること」。
モデルの能力が急速に向上し、リソースの集中が進む中で、フロンティアモデルへのアクセスと活用能力が経済的格差の新しい軸になるとPatelは警告する。
6. 供給サイドのボトルネック──「あらゆるものがソールドアウト」
6-1. GPU価格と耐用年数
需要の急増に対し、供給サイドでは、価格上昇と耐用年数の延長が同時に起きている。H100の価格は上昇し、3〜4年前のHopperクラスターが、3〜4年の延長契約を締結している。A100クラスターもさらに数年の再契約が進んでいる。Patelは、「耐用年数は5年ではない。7〜8年かもしれない」と述べ、「クラウド層のマージンは拡大している」とした。
6-2. メモリ──価格は2倍・3倍に
メモリ容量は、年間20〜30%程度しか増やせず、2025年末に強い需要シグナルがあっても、真の追加供給が届くのは、2028年(早くても2027年末)。Patelは、「DRAMは現在からさらに2倍〜3倍になる」と断言。容量を確保するには他の用途から奪う必要があり、資本主義経済では「価格上昇による需要破壊」が唯一の調整手段だからだ。
6-3. TSMC──2028年にCAPEX $1,000億の可能性
TSMCは、2026年のCAPEXとして560億ドルを見込むが、SemiAnalysisの推計では574億ドルに達する可能性がある。Patelが注目するのはその先だ。「3年後、TSMCは、1,000億ドルのCAPEXを使うだろう。2年後かもしれない。2028年にCAPEX 1,000億ドルという可能性は本物だ」。
TSMCは、「良い人たち」であるため価格引き上げは一桁台にとどめているが、メモリメーカーは三桁台の値上げを実施している。Patelは、「TSMCは素晴らしい企業だが、すべての価値を取り切れているのか」と疑問を呈した。
6-4. サプライチェーン末端まで逼迫
ボトルネックは、チップだけではない。PCB製造に必要な銅箔、ガラスファイバー、レーザー──あらゆるニッチなサプライチェーンが逼迫している。ASMLは、ソールドアウトでCarl Zeissの増産が必要。前払い金(プリペイメント)が増加し、投下資本利益率が改善している。
6-5. CPU需要の急増
見落とされがちな論点として、Patelは、CPU需要の急増を指摘した。2つの理由がある:
① 強化学習(RL)環境: モデルのpost-trainingにおいて、環境シミュレーション(テキスト出力の検証、物理シミュレーション、CADモデルの編集など)はCPU上で動作する。モデルがGPU/ASICで推論し、出力の軌跡をCPUが評価・スコアリングする。環境が複雑になるほどCPU需要は増大する。
② 推論出力のデプロイ: AIモデルが生成するコードやアプリケーションは、最終的にCPU上にデプロイされる。「GPUからの出力は人間の脳に直接届くわけではない。デプロイされたアプリを通じて届く。そして、そのアプリはCPUで動く」。
さらに、Patelは「次世代AIラック1台あたり120個のFPGAが必要」というデータも紹介した。
7. ロボティクスとソフトウェアのみのシンギュラリティ
7-1. 「ソフトウェアのみのシンギュラリティ」は一時的
「ソフトウェアのみのシンギュラリティ」──AIがソフトウェア領域で特異点に達する一方、物理世界には到達しない──という概念について、Patelは、「一時的な現象にすぎない」との見方を示した。「ソフトウェアが超簡単になれば、ロボットの何が難しいか──マイクロコントローラーやアクチュエータの制御が難しいだけ」であり、この障壁もAIによって崩れる。
7-2. 6〜18か月でのブレイクスルー
現在主流のVLA(Vision-Language-Action)モデルは、データ効率が悪く、スケールに限界がある。しかし、Patelは、「6〜18か月以内に、ロボティクスにおけるフューショット学習(少数の例示で学習)を可能にする本格的なブレイクスルーが見られるだろう」と予測した。事前学習済みロボットモデルに数例を見せるだけでタスクを実行できる世界が近づいている。
8. OpenAI vs. Anthropic──コンピュートの非対称性
8-1. Anthropicの「コンピュート不足」
Patelの分析は、OpenAI対Anthropicの競争構図にも及んだ。「Anthropicが、Mythosを2月に社内で完成させ、公開する必要すらなかった。すでにソールドアウトだ。収益は月100億ドルペースで増加している」。
一方で、Anthropicは、2027年からのGoogleとBroadcomとの3.5ギガワットのTPU容量契約を確保しているが、現在のコンピュートには制約がある。Patelは、「Darioは以前、OpenAIのコンピュートへの過剰投資を揶揄していた。今やAnthropicは、『もっとコンピュートがあれば良かった』と思っている」と指摘した。
8-2. OpenAIの「コンピュート余剰」
OpenAIは、Oracle、CoreWeave、SoftBank、Microsoft、さらにAmazonのTraniumなど、複数のソースから大規模なコンピュートを確保している。
Patelは、「もし同じ能力レベルのモデルをOpenAIが次に達成すれば、50%の粗利益率で提供できる。Anthropicほど高くなくても、膨大な需要を吸収できる」と述べた。
8-3. 「Tier 2ラボもソールドアウトになる」
Patelの核心的な見解は、フロンティアモデルが生み出す経済的価値の成長速度が、トークンを供給するインフラの成長速度を上回っているというものだ。「Tier 1ラボ(最先端)はマージンが高い。Tier 2ラボもソールドアウト。おそらくTier 3ラボもほぼソールドアウト」。このギャップが続く限り、モデルラボのマージンは拡大し続ける。
9. 予測──3か月後に「大規模な抗議活動」
9-1. AIへの社会的反発
Patelは、「3か月後に何が起きるか」という質問に対し、意外な回答をした。「AnthropicとOpenAIに対する大規模な抗議活動が起きるだろう」。
その根拠として、PewリサーチによればAIは、「ICEよりも、政治家よりも不人気」であり、Anthropicの収益急増がビジネスの下流に変化をもたらし始めるにつれ、人々はより恐怖を感じ、既存の深い問題をAIのせいにするようになるという。Sam Altmanの自宅に火炎瓶が投げ込まれた事件のニュースコメント欄で「人々がそれを応援していた」ことを引き合いに出した。
9-2. AI業界への提言
Patelは3つの提言を行った:
Sam AltmanとDario Amodeiはインタビューに出るのをやめるべき──「カリスマがない。出るたびに一般人にもっと嫌われる」
AIで実現できるポジティブなことを見せる──脅威ではなく恩恵を前面に
将来の能力について語るのをやめる──「人々は自分とのつながりがない。使い方を知らない。5,000人の秘密結社が世界を変えて仕事を奪うと思っている」
