「テクノロジーへのアクセスが機会だ」——GoogleのCEO、サンダー・ピチャイの原点と10年後のビジョン
Salesforce主催のDreamforceで、Google CEOのサンダー・ピチャイ氏がMarc Benioff氏と対談した。南インドの幼少期から始まり、スタンフォード、Applied Materials、そして、Googleでの20年以上にわたるキャリア——その軌跡と、AIが社会に与える変化に対する考えが率直に語られた。
技術の進歩とビジネスへの応用を長期的視野で見てきた人物として、ピチャイ氏のビジョンは投資家・ビジネスマンにとっても参考になる内容だ。
1. 原点——「アクセスが機会をつくる」という信念
1-1. 南インドでの幼少期と技術への渇望
ピチャイ氏は、インド南部チェンナイ出身だ。家庭に電話が来るまで5年待ち、コンピュータに定期的にアクセスできるようになったのはスタンフォード入学後だった。
「電話が家に来たとき、近所の人たちが集まって家族に連絡をとっていた。テクノロジーへのアクセスが、いかに人の生活を変えるかをその瞬間に感じた」
この経験が、「情報を世界中に届ける」というGoogleの使命に深く共鳴した理由だと語る。
1-2. Chromebookから始まった「1人1台」への道
MIT・メディアラボのニコラス・ネグロポンテ氏が提唱した「1人1台のノートPC」構想は、途上国の子どもたちに安価なコンピュータを届けることを目指すものだった。ピチャイ氏は、この発想が、後のChromebookの開発に直接つながったと振り返る。さらに、Androidを通じてスマートフォンを世界中に普及させ、事実上「すべての人の手にコンピュータを届ける」ことを実現した。
「GoogleのミッションにあるThe phrase 'to make information universally accessible and useful'(情報を誰でも使えるようにする)という言葉、それが私がGoogleに入ったそもそもの理由だ」
2. Googleの「全スタック戦略」——チップから量子まで
2-1. 2017年の「AI First」宣言と積み重ねてきた基盤
ピチャイ氏が、GoogleのCEOとして最初に打ち出した方針の一つが、「モバイルファースト」から「AIファースト」への転換だ。2017年のGoogle I/Oで宣言し、同年には第1世代のTPU(テンソル処理ユニット)を発表した。
それ以前にも、Googleは、AIの基礎的な研究開発を長年にわたって積み重ねてきた。2012年のGoogle Brainによる猫の認識、2014年のDeepMind買収、2016年のAlphaGoによる囲碁世界王者との対局——これらを経て、AIが産業を変えるという確信を深めてきた経緯がある。
2-2. ChatGPT登場をどう受け取ったか
「ChatGPTが出たとき、外から見ていた人たちとは逆に、私は興奮した。私たちはずっとこの技術を構築してきた。モーメントがシフトしたのだ」
ピチャイ氏は、OpenAIへの脅威論に対して冷静な見方を示した。Googleは、すでにトランスフォーマー技術(2017年の論文「Attention is All You Need」を生んだチーム)を活用し、BERT・MUMといたモデルを検索改善に使ってきた。ChatGPTの登場は、Googleが長年準備してきた市場が本格化したシグナルと捉えた。
その後、Google BrainとDeepMindを統合し、Geminiとして統一されたAIモデルの開発を加速した。
2-3. Gemini 3.0と「2026年の進化」への期待
ピチャイ氏は、対談の中で、Gemini 3.0について言及した。
「2026年の進化は、2025年をさらに上回るものになる。AIエージェントがより堅牢になり、本当に知性を持つエージェントとして感じられるようになるだろう」
また、Googleの戦略の特徴として、チップ(TPU)からクラウド(GCP)、モデル(Gemini)、アプリケーション層、さらには、Waymo(自動運転)や量子コンピュータまでを自社で保有する「全スタック」アプローチが挙げられる。これは他の多くのAI企業にはない構造的な強みだ。
3. 量子コンピュータ——「3〜5年以内」の商用化と暗号へのリスク
3-1. 10年以上の投資が実を結ぶ
ピチャイ氏は、Googleが10年以上にわたって量子コンピュータの研究を続けてきたことを強調した。量子研究チームの主任科学者が、ちょうど対談の前週にノーベル物理学賞を受賞したことも紹介された(これはAlphaFoldのDemis Hassabis氏のノーベル化学賞に続く、Googleの研究者による2年連続の受賞だ)。
「量子コンピュータの商用化は、3〜5年以内に実現すると確信している」
3-2. 暗号・セキュリティへの影響
量子コンピュータは、現在の暗号技術を理論上は突破できる。ピチャイ氏はこの点についても率直に言及した。
「3〜5年のスパンで、暗号の観点から量子に対応しなければならない瞬間が来る。社会全体でそれを意識する必要がある」
この変化は、暗号資産を含む現在のセキュリティ基盤に影響を与えうる。ただし「脆弱性が生まれると同時に、新しい解決策を提供する機会も生まれる」という見方も示した。
4. 10年後のビジョン——「デジタル超知性が全員のコラボレーターになる」
4-1. 「超知性」とは何を指すのか
ピチャイ氏は、「デジタル超知性(Digital Super Intelligence)」という言葉を使い、10年後には「全員のコラボレーター」として機能するAIが現実になると述べた。これは特定の人工知能が人類を支配するという意味ではなく、知識・推論・判断の補助として誰もが使えるAIが広く普及するというビジョンだ。
4-2. 医療・生物学への応用
対談では、Yale大学との協働プロジェクトが紹介された。オープンソースのGeminiモデルを使って細胞モデルを構築し、がんに対する新しい治療アプローチを仮説として導き、生物学的な実験で実際に機能することを確認したという。
「AlphaFoldを使いこなす生物学者がいる。オープンソースのGeminiモデルを使いこなす研究者がいる。こうしたことがすでに起きている」
4-3. Googleグラスの復活とブレイン・マシン・インターフェース
ピチャイ氏は、Googleグラスが依然として開発中であることを明かした。AIが今の水準に達したことで、音声・ジェスチャー・視覚を組み合わせたマルチモーダルなインターフェースが初めて現実的になったという。
脳とコンピュータをつなぐブレイン・マシン・インターフェース(BMI)についても、「NeuraLinkの取り組みは非常に刺激的だ。障害を持つ人が再びコミュニケーションを取れるようになる事例を見るとき、最も感動を覚えることの一つだ」と述べた。
まとめ——「長期的な賭け」を重ねてきた企業の競争力
ピチャイ氏の対談を通じて浮かび上がるのは、一朝一夕には実現しない長期投資の積み重ねがGoogleの競争力を形成しているという点だ。Waymoへの10年以上の投資、量子コンピュータへの長期コミットメント、TPUの自社開発——これらはいずれも、短期的な利益より長期的なポジショニングを優先した選択だ。
投資家の視点からは、AIが「基盤技術」としての役割を持ち始めた現在、チップからアプリケーションまでの全スタックを保有するGoogleの構造的強みと、量子コンピュータ実用化という次の変曲点への備えが注目点となる。
「テクノロジーへのアクセスが機会をつくる」——南インドの幼少期からスタンフォード、そして、Googleへとつながるピチャイ氏の原点は、同社が世界規模で目指すものを一言で表している。
