Databricks CEO Ali Ghodsi氏、Stanford講義で「AGIはすでに存在する」と発言 ― 2009年UC Berkeley基準を根拠に
2026年春、スタンフォード大学の講義「MS&E435:Economics of the AI Supercycle」に、データ・AI企業Databricksの共同創業者兼CEOであるAli Ghodsi氏が登壇した。同社は、現在、2万社規模の顧客を抱えるデータ基盤企業として知られる。講義では、「AGIはすでに存在する」という挑発的な主張から始まり、企業導入の壁、ソフトウェア企業の存続可能性、そして、今後10年で価値がどこに蓄積するかという投資家にとって重要な論点が語られた。本稿では、その内容をビジネスパーソン・投資家向けに整理して紹介する。
1. 「AGIはすでに存在する」という主張
Ghodsi氏は、自身が2009年にUC Berkeleyの研究室「AMPLab」に在籍していた経験を引き合いに出し、当時のAI研究者たちが思い描いていた「汎用人工知能(AGI)」の定義に、現在のモデルはすでに到達していると述べた。当時同じ研究室にいた研究者たちに改めて確認したところ、「その定義であれば、確かに達成している」という回答を得たという。
一方で、多くの人が、「ストロベリーのRの数を数えられない」といった些細な失敗を理由に、AGIの定義を後から動かしていると指摘。「すでに多くの人より賢いモデルが存在する」という点そのものが、汎用知能の証left拠であるという立場を取っている。
2. なぜPOCの95%が失敗するのか
一方で、Ghodsi氏は、MITのテクノロジーレポートが指摘する「AI導入のPOC(概念実証)の95%が失敗している」という数字について、方向性としては正しいと認めている。
その理由として挙げたのが、「コンテキストの欠如」だ。どの組織にも、長年在籍し、あらゆる業務知識を持つ「聞けば分かる人」が存在する。その人物が持つ暗黙知は、現状のAIモデルには組み込まれていない。だからこそ、モデル自体がどれほど高性能であっても、現場では使い物にならないミスを繰り返してしまう、というのが同氏の分析である。
Databricks自身のサポート業務を例に挙げ、高度な専門知識を持つ顧客がすでにあらゆる解決策を試した末に問い合わせてくるため、既存のサポート自動化ツールでは対応できていない実態も紹介された。
3. ソフトウェアは死んだのか
「ソフトウェアは死んだ」という近年よく聞かれる主張について、Ghodsi氏は明確に反論する。もしソフトウェアが本当に無価値になるなら、OpenAIやAnthropicのようなソフトウェア企業、さらには、NVIDIAのような設計主体の企業もすべて無価値になるはずだが、そうはなっていないという論理だ。
そのうえで、実際に起きている変化は二つあると整理した。
3-1. 参入障壁の低下
AIによってソフトウェア開発コストが劇的に下がったことで、誰もが安価にソフトウェアを作れるようになった。ただし、この「武器」は、既存企業も同様に使えるため、必ずしも新規参入者だけが有利になるわけではない。
3-2. スイッチングコストの消失
エージェント経由での操作が一般化すれば、ユーザーはどのソフトウェアを使っているかを意識しなくなり、乗り換えのハードルが下がる。
ただし、経済学書『The Seven Powers』を引用しつつ、規模の経済・ブランド・信頼・データといった「ソフトウェア以外の参入障壁」は依然として有効であるとした。10年間イノベーションを怠ってきた企業は淘汰されるが、データや顧客基盤を持つ企業はAI活用によって十分に生き残れると述べている。
4. 「2日でできる」はずが、実際は9ヶ月かかっていた理由
象徴的なエピソードとして紹介されたのが、DatabricksのSalesforce向けデータコネクタ開発の事例だ。従来、本番品質のコネクタ開発には、3四半期(9ヶ月)を要していた。Ghodsi氏自身が、AIを使って試作したところ「2日でできた」と感じ、開発チームに疑問をぶつけたところ、チームの回答は、「AIを活用すれば1.5ヶ月短縮できる」、つまり、9ヶ月が7.5ヶ月になる程度だった。
しかし、その後別のエンジニアがゼロベースで業務プロセス自体を見直した結果、要件定義に1四半期かけていたプロセスを1週間に短縮し、外部委託によるテスト環境構築の並列化、担当者を1人体制から7人体制に変更するなど構造そのものを再設計。最終的に「1四半期で7本のコネクタを完成」させたという。
この事例が示すのは、AIモデルの性能向上そのものよりも、人間側の業務プロセス再設計こそが生産性向上の鍵になるという点だ。同氏は、電気モーターが工場に普及してから実際に生産性向上効果が表れるまで40年を要したという歴史的分析(「Dynamo to the Computer」)を引き合いに出し、AIの本格的な効果発現にも同様の時間を要する可能性を示唆した。
5. 資本はどこに向かうべきか
「エネルギー・半導体・インフラ・モデル・アプリケーション」という5層構造に100ドルを配分するとしたら、という問いに対し、Ghodsi氏は「アプリケーション層」に重点を置く考えを示した。
根拠として、インターネット黎明期に「マルチキャスト問題」という技術的難問に多くの研究者が注力していた一方で、実際に大きな価値を生んだのはUber(タクシー配車)、Amazon(書籍販売)、Airbnb(民泊)、Twitter(短文投稿)といった、当時は地味に見えたアプリケーション層だったと振り返る。
今後の有望分野として、医療(米国GDPの約17%を占める領域)と教育を挙げ、いずれも巨大な支払意欲があるにもかかわらず、AI活用がまだ十分に進んでいない領域だと指摘した。
6. オープンソースとフロンティアモデルの行方
講義の直前、中国のMoonshot社が、「Kimi K2.6」を発表した点にも触れ、オープンソースモデルの性能向上スピードの速さを強調した。その上で、フロンティアモデルを提供するビジネスは、今後、Amazonの書籍販売事業のような薄利多売型のビジネスモデルに収斂していくとの見立てを示した。つまり、今後この領域で生き残る企業は限られ、営業利益率も小さくなっていくという予測である。
7. 学生・投資家へのアドバイス
最後に、同氏は、AIブームによる焦燥感に警鐘を鳴らした。「AGIに乗り遅れるのでは」という不安から拙速な意思決定をする若手が増えていることを懸念し、良いアイデアは時間をかけて生まれるものだと述べる。Airbnbの着想が2001年から2009年まで9年を要した例を挙げ、短期的な流行を追うのではなく、長期的な視点で腰を据えて取り組むことの重要性を説いた。
