メモリ・評価・ストレージ再設計:Braintrust と Turbopuffer から学ぶAI実装の新標準
AIを活用したシステムやエージェントの開発が進む中で、「評価(evals)」と「メモリやストレージの効率」がますます重要になっています。モデルを更新したりプロンプトを改良したりする都度、結果が破綻する(望ましくない出力が混ざる、遅延が増えるなど)ことを防ぐためには、きちんとモニタリングし、評価のフィードバックループを備えることが不可欠です。
同時に、特に、ベクトル検索(vector search)や全文検索(full-text search)、大量のログ/トレースデータを扱うとき、ストレージコストとアクセス速度のバランスが大きな課題です。メモリ(RAM)、NVMe SSD、オブジェクトストレージ(例:Amazon S3 / Google Cloud Storage 等)など、それぞれのストレージ層の特徴・制約を理解して使い分けることが、性能・コストの最適化に直結します。
本記事では、Braintrust(特に Brainstore を含む evals & observability プラットフォーム)とTurbopufferの事例を中心に、「どのようにストレージ設計をするか」「評価ループをどう構成するか」「実際のトレードオフ/ベストプラクティスは何か」を整理します。
1. Braintrust / Brainstore による evals と observability
1-1. Brainstoreの設計思想と役割
Brainstoreは、AIワークロード(特に、エージェント的な複数ステップ、ログ・トレース・プロンプトなど複雑なデータが生成されるもの)を想定して作られたデータベース/ストレージ基盤です。Braintrustのプラットフォーム全体では、“evals & observability” を通じて、AI機能を「反復(iterate)→評価(eval)→出荷(ship)」するサイクルを強化することが目的とされています。
Brainstoreの主な特性:
高速なクエリ応答:数テラバイトのデータに対しても、中央値(median)クエリ応答時間が1秒未満。これはユーザーがインタラクティブに調査・デバッグを行うのに十分な速度です。
スキーマレス・フィールドの柔軟性:動的なフィールドでの検索や、全文検索や動的定義されたメタデータなど、従来の observability ツールでは対応が難しかったクエリをサポート。
セキュリティ/プライバシー:ログやトレースにはしばしば PII(個人を特定可能な情報)等が含まれるため、内部運用での管理、オンプレミスまたは顧客のクラウドの範囲での運用が選べるような設計。
1-2. Evalsとフィードバックループ
Braintrustの「evals」は、単にモデルの性能を測るだけではなく、プロンプト/モデル変更/ツール呼び出しなど複数の要素がどのようにユーザー体験に影響するかを可視化し、改善に繋げるものです。以下のようなポイントがあります。
オフライン vs オンライン評価
オフライン:プロンプトやモデルを、既存のデータセットに対してテストし、誤り率や精度、再現性などを測る。
オンライン:実際のユーザーが使っている状況での応答遅延、ツール呼び出し失敗、使われたプロンプトの分布などをモニタリングする。 Braintrust はこの両方を強調しています。
スコアラー(scorers)の重要性
評価をただ実行するだけでなく、「何をもって良い出力とするか」の判断基準(スコアラー)を用意することが鍵です。モデルによる hallucination(誤った情報生成)や、生成物の創造性、安全性など、用途によって“何が許されるか・何が問題か”が異なるため、汎用のスコアだけでなくユースケースに応じたカスタムスコアラーの設計が重要です。たとえば、タイポ/誤参照ライブラリ呼び出しをチェックする方法など。
診断性の高いログとトレース
LLM呼び出しだけでなく、ツール呼び出しとの相互作用を含めたtracing(呼び出し順序、時間、ツールエラーなど)を記録すること。これにより、どの部分で失敗が起きているかを詳しく追える。
UI/ダッシュボードで、個別ケースの差異(どのモデル・プロンプトがどのように良く/悪くなったか)を可視化。複数の実験(experiments)を比較できる機能。
1-3. トレードオフとベストプラクティス
Braintrustの経験から見える、評価/観測(observability)設計におけるトレードオフと良い取り組み例を以下に示します。

2. Turbopufferによる検索インフラとストレージアーキテクチャ
2-1. Turbopufferの基本設計と特徴
Turbopufferは、ベクトル検索+全文検索 (vector + full-text) を、オブジェクトストレージを第一ソース・トゥルース(source of truth) として設計された検索エンジン/データベースです。これにより、スケーラビリティ・コストの両面で従来の検索インフラとは異なるアプローチを取っています。
主な特徴:
ストレージコストの大幅削減
メモリ中心・SSD中心の構成と比べて、オブジェクトストレージを使うことで寒データ(cold data)の保存コストを大幅に削減。SSD キャッシュやメモリキャッシュを併用することでアクセス頻度の高いデータを高速化。キャッシュ層構成(Memory / SSD キャッシュ) + オブジェクトストレージ
オブジェクトストレージ(例 S3, GCS)をソースの真実(データの永続保存先)とし、頻繁にアクセスされるデータは SSD やメモリにキャッシュされる。これによりコスト・性能のバランスを取る。スケーラビリティと多租集約(multi-tenancy / namespaces / shards)
多数のネームスペース (namespaces)、テナント (tenants)、シャード (shards) を扱える設計。最初は小さいシャードから始め、現在はテラバイト規模のシャードもサポートする方向。
2-2. ストレージコストの比較と具体値
Turbopufferのブログには、ストレージコストの比較が具体的に出ています。主なポイントを整理します。

このようなアーキテクチャにより、「全体のストレージが肥大化してもコストが跳ね上がる」問題を緩和でき、かつアクセス頻度の高い部分だけを高速アクセス可能にするキャッシュ設計が鍵です。
2-3. シャーディング、ネームスペース、データ局所性(locality)の扱い
ストレージだけでなく、どのようにデータを分割・管理するかも性能とコストに密接に関係します。
シャード(shards):データをシャード単位で分けることで並列処理やキャッシュ効率を向上させる。初期段階では小さいシャードを前提としていたが、現在では Terabyte クラスのシャードもサポート可能に。
ネームスペース (namespaces):テナントごと/用途ごと/時間帯などで区分けすることで、クエリ・キャッシュ・ストレージ構成を用途に最適化できる。冷たいネームスペース(あまりアクセスされないもの)と温かいものを区別。
キャッシュの効果とデータ局所性:同じデータに対する複数のクエリや類似した集計・検索を行う場合、キャッシュが効果を発揮する。たとえば、最初にオブジェクトストレージから読み込まれたデータが SSD キャッシュに入り、その後の検索や集計に使われてレスポンスが速くなる。
3. メモリー、ストレージ、評価を組み合わせたシステム設計の観点
これまでBraintrust / Turbopufferの設計を見てきましたが、AIシステムを現実に設計・運用する際には、以下の観点での統合的判断が必要です。
3-1. データ温度(cold / warm / hot)に応じた階層ストレージ設計
ホットデータ (hot data):頻繁にアクセスされるプロンプト、ツール呼び出し履歴、最近のログ等。ここでは低レイテンシ・高速応答が求められるため、メモリや NVMe SSD キャッシュを使う。
ウォームデータ (warm data):アクセス頻度は中程度。過去数日~数週間のログやトレース、評価/比較用データなど。SSD キャッシュ+オブジェクトストレージの併用が有効。
コールドデータ (cold data):過去のログ全体、あまり参照されない履歴データ、アーカイブ。オブジェクトストレージに保存し、キャッシュしない、または非常に限定的なキャッシュのみ。
このような階層(tiered)ストレージの設計を行うことで、コストを抑えつつ必要な性能を確保できます。
3-2. レイテンシ vs コスト vs スループット
レイテンシを最優先する用途(例:リアルタイムの検索応答、ユーザーインタラクション)では、キャッシュを厚く/SSD やメモリを十分用意する必要あり。
スループット重視(大量のクエリ・書き込みを捌く必要があるバッチ処理、ログ集計等)の場合には、オブジェクトストレージ主体で設計し、キャッシュはヒット率を上げる工夫(データ局所性、予測キャッシュなど)が有効。
コストとのトレードオフ:キャッシュ層はコストが高くなる(利用中の SSD やメモリ)ため、アクセスパターンを観察してどこまでキャッシュするかを決める。
3-3. 評価(evals)の早期導入と Iterative な改善
プロジェクトの最初から「評価」インフラを設けること。最初は簡単なユースケースでよいが、何が問題になるかを可視化できるような evals を作っておく。 Braintrust の関係者は「Day Zero」で evals を始めることを推奨しており、プロトタイプ段階でもフィードバックループを備えておくと、後々の手戻りが減ると述べています。
評価指標(scorers)をユースケースに応じて作る。汎用的な正誤(accuracy)だけでなく、安全性、遅延、コスト、ツール呼び出し失敗率などを取り込む。
モデル/プロンプト変更を行うたびに、過去のケースとの差分を丁寧に見る。どこが改善したか、どこが落ちたか。
3-4. セキュリティ・データ管理・運用オプション
ログ・プロンプト・トレースに PII が含まれる可能性を前提とする。これらをクラウド外、あるいは顧客自身のクラウド環境/バケットで管理できるような設計を持たせること。 Braintrust はこの点を重視しています。
暗号化キー管理(顧客管理キー・BYOC (Bring-your-own-key) モデルなど)をサポートしているシステムを選ぶ。
運用観点では、オブジェクトストレージをソース・オブ・トゥルースとする場合、その信頼性/整合性の確保が非常に重要。整合性モデル(例:S3 の compare-and-swap、conditional writes など)のサポートを確認する。 Turbopuffer の設計でも、このような機能が重要視されています。
4. ケーススタディ/引用からの学び
ここでは、BraintrustとTurbopufferの具体的な事例・発言をもとに、実際にどのような問題が起き、それをどう設計で解決してきたかを学びます。
4-1. Turbopuffer のコスト削減の事例
Turbopufferを採用したある顧客 (Cursor 等) は、従来のベクトル DB/検索インフラから切り替えることで、コストを95%削減した例が報告されています。これは、オブジェクトストレージをソース・オブ・トゥルースとし、メモリ/SSD キャッシュを適切に設ける設計によるものです。検索対象となるデータ量が大きいほど、この差は顕著になります。
4-2. Braintrust の初期失敗と改善ループ
Braintrust の始まりは、プロンプトやモデル変更時にユーザー体験が崩れることがあったという話から。Ankur Goyalは、以前FigmaやImpiraにいた時に、モデルやプロンプトを更新すると「お客さんにとって壊れる」ケースが起き、それを回避するためにevalsおよびobservabilityを整備したと述べています。
また、BraintrustのPlayground(プロンプトを試す UI)では、エディタ的なインタラクティブ性を持たせ、モデル比較・スコア比較を簡単に行えるようにして、開発者がより早く改善点を見つけられるように設計されています。これも「評価を早期かつ反復的に」行うことの強調点です。
5. 実践ガイド:構築時に押さえるべきステップ
最後に、これからAIシステムを作る/改善する際に、Braintrust + Turbopuffer の事例から得られた「実践ステップ」をまとめます。
要件定義と初期評価の枠組みを設計する
どのような種類の出力が「正しい」と見なされるか、失敗とは何か、どの程度の遅延が許容されるかなどの基準を明確にする。
評価データセットを集め、最低限のスコアラー (accuracy, tool error, hallucination 等) を作る。
ストレージ階層を設計する
データの温度(hot / warm / cold)を理解し、メモリ/SSD/オブジェクトストレージをどのように使うか設計。
キャッシュ戦略を立てる(どのデータをキャッシュすべきか、キャッシュの期限・更新戦略など)。
シャーディング・ネームスペースを考慮する
テナント別・用途別・時間別で名前空間を切る。
シャードサイズが小さいと検索やキャッシュ効率で非効率になることがあるので、可能であれば大きなシャードを扱えるようにする。
評価インフラ整備
オフライン evals:モデル/プロンプト変更時に既存データで性能を測る。
オンライン監視(production monitoring):実ユーザーのフィードバック、ツール呼び出し失敗率、遅延などをモニタリング。
トレースを取り、どの部分で問題が起きているかを可視化できるようにする。
セキュリティと運用の設計
データ保存と暗号化ポリシーを明確にする。顧客が鍵を管理できるか、データがどこに保存されるかを選べるかなど。
オブジェクトストレージをソース・オブ・トゥルースとする場合、そのストレージの耐久性・整合性を前提とした運用体制を組む。
反復的改善と複雑性の制御
最初から過度に複雑な検索パイプライン・プロンプト構造・ランキングモデルを入れすぎない。最も単純なベースラインをまず確立する。
変更を加えたら必ず evals で測定し、変化点を観察する。複数の実験比較を行う。
チーム内で評価基準を共有し、誰もが「何が重要か」を共通理解できるようにする。
結論
AIシステムの信頼性・パフォーマンス・コストを最大化するためには、「評価を早く導入すること」「ストレージとメモリ/キャッシュの階層化」「アクセス頻度に応じたデータの扱い」「シャーディング・ネームスペースの最適化」「セキュリティと運用の選択肢の設計」が鍵となります。
Braintrust / Brainstoreは、evals/observabilityの整備により、モデル変更やデプロイ後の予期せぬ問題を早期に検知し改善できる枠組みを提供しています。Turbopufferは、検索/ベクトル検索のためのストレージコストと性能のトレードオフを良くとらえた設計をしており、大量データを扱う現代の AI 製品インフラにおける優れた実例です。
