なぜ今、『アナログAIチップ』が投資家・起業家にとって注目すべきなのか — デジタルAIの限界を超える新基盤の可能性
近年、AI研究はモデルの巨大化とともに、消費電力・計算効率・スケーラビリティというハードウェア的な限界に直面しています。こうした課題を受けて、従来のデジタルコンピュータに代わる新しいコンピューティング基盤――特に「アナログ」「物理の原理に近い」システムをベースにしたAIチップの研究・開発が注目されています。中でも、Naveen Raoが率いるUnconventional, Inc.は、まさにその「次世代の知性基盤」を構想する挑戦的スタートアップとして注目されています。今回は、その意義と可能性、そして直面する課題を整理します。
1. なぜ「新しいチップ」が必要なのか — 背景と問題意識
1-1. AIモデルの巨大化とエネルギーコストの増大
近年の大規模言語モデルや画像生成AIなどは、数十億〜数千億のパラメータを持ち、それに伴ってメモリや演算リソース、そして電力消費が膨大になっています。これにより、デジタルGPU/CPUベースのデータセンターは、スケーラビリティとエネルギー効率の両面で限界に近づきつつあります。
実際、ある研究では「AIの急増に伴って、データセンターの電力負荷および温室効果ガス排出が急拡大している」と指摘され、AIの普及が“社会の持続可能性”と衝突する可能性も浮上しています。
1-2. 生物の脳の効率性に学ぶ:なぜ“物理ベース”なのか
Naveen Raoは、自身の神経科学のバックグラウンドを引き合いにこう語ります――「人間の脳は約20ワットで動き、極めて少ないエネルギーで複雑な認知・判断を行う。にもかかわらず、我々のコンピュータは高精度・高消費電力のデジタル回路の上で動いている」という対比です。
つまり、高精度・高消費電力のデジタル表現よりも、物理現象をそのまま使うような“アナログまたは物理的計算”のほうが、AIの“知性らしさ”と“効率”の両立に近い可能性がある――という問題意識です。
2. アナログ/物理ベースAIチップの可能性
2-1. アナログ/インメモリコンピューティングとは
最近の研究では、メモリと計算ユニットを融合させた「アナログ in-memory computing(Analog-AI)」が注目されています。これは、重み行列(weights)と入力データの行列演算――ニューラルネットワークの中心処理――を、メモリセル内で直接かつ並列に行う方式です。
このアプローチの利点は大きく三つです:
エネルギー効率が高い:データ移動を最小化するため、消費電力が大幅に削減される。実証チップでは、従来のGPU比で TOPS/W(ワットあたりの演算性能)で非常に高い効率を報告。
高速かつ並列処理:多くのメモリセルが並列に演算を行うことで、行列演算やニューラル演算のスループットが従来より向上。
物理的・生物的な計算の再現性:連続値やノイズ、物理のゆらぎを利用できるアナログは、実世界の「時間・因果・確率・連続性」に近い処理に適している――つまり、従来の離散デジタル論理では捉えづらい「知性らしさ」に近づける可能性がある。Rao自身も「ニューラルネットワークはそもそも確率的・分散的な機械。厳密なビット精度や決定論的なシステムで構築するのは、本質から遠い」と述べている。
2-2. 最近の技術的な進展
こうした理論だけでなく、実装面でも進展が見られます。たとえば、フェーズチェンジメモリ(PCM)や抵抗変化メモリ(ReRAM)といった「アナログ/不揮発性メモリ」を用いたニューラル演算の研究が進み、実際のAIモデルの行列演算で高い効率を発揮するプロトタイプが報告されています。
また、こうしたアナログチップは、必ずしも「デジタルPCを置き換える」ことを目的にしておらず、「重いAIワークロードの加速」「エッジ/組み込み用途での低消費電力AI」「リアルタイム処理」といった補完的役割を果たすことが想定されています。
さらに、最近報道された内容では、RaoのUnconventionalは、「物理系、アナログ回路設計、システムアーキテクチャ、アルゴリズムまでを一貫で設計する“フルスタック”アプローチ」を掲げており、「たぶんこれまでで最大級のアナログチップをつくることになるだろう」として、そのスケーラビリティへの意欲を示しています。
3. なぜ今、この挑戦が現実味を帯びているのか
3-1. AI需要の急拡大と社会的コスト
AIの普及およびモデルの巨大化は止まらず、その影響でデータセンターの電力需要、炭素排出、インフラ拡張が深刻な社会課題になりつつあります。ある研究者は、「今後数十年で、もしこのままデジタルAIを膨張させ続けるなら、世界のエネルギー消費の大部分が計算に費やされる可能性がある」と警告しています。
こうした背景から、「持続可能なAI」「省電力で高性能なAI基盤」として、アナログや物理ベースのチップへの関心が高まっています。
3-2. 技術成熟と市場機運
アナログAIのコア技術であるPCM、ReRAM、その他不揮発性メモリは、以前は「安定性」「精度」「製造の安定性」の点で課題が多かったものの、近年は材料科学・回路設計の進歩により実用レベルに近づいてきました。
加えて、ベンチャー資金の流入も活発です。Unconventionalをはじめ、多くのスタートアップがこの領域に参入し、既存の大手チップ企業に対抗する新たな波が起きつつあります。
さらに、「AIチップ=GPU/デジタルASIC」という固定観念が見直され始めており、ハードウェア設計の多様性が求められる局面に来ているのです。
4. とはいえ、簡単ではない — 技術的・実装上の課題
4-1. 精度と信頼性の問題
アナログは、「連続値」「揺らぎ」「ノイズ」を扱うため、デジタルのようなビット単位の精密さや決定論的な動作を保証するのが難しい、という根本的な問題があります。これは特に、医療画像処理や金融モデル、法的判断など“高精度・高信頼性”が求められる用途では、簡単には受け入れられません。
たとえば、アナログインメモリチップで高効率を実現したという報告はありますが、まだ「デジタルと同等のソフトウェア精度(SW-eq)」を大規模モデルや複雑モデルで実証するには、いくつかのハードルがあるとの研究者の指摘もあります。
4-2. 製造・スケールの難しさ
アナログ回路や不揮発性メモリを大量生産するには、プロセスのばらつきや経年劣化への耐性、動作の安定性など、製造工程・設計技術ともに高いハードルがあります。特に「安定したアナログ動作」を保証しつつ、デジタルチップ並みに量産可能な形で作るには、まだ技術が成熟途中です。
また、既存のデジタル中心のソフトウェア/システムスタックとの互換性や、開発ツール・エコシステムの整備も必要であり、単なるチップの開発だけでなく、全体の再設計が求められる可能性があります。
5. なぜUnconventionalの挑戦は特に注目されるのか
フルスタック設計への挑戦:Unconventionalは、物理層(デバイス・メモリ)、回路設計、システムアーキテクチャ、さらには、AIアルゴリズムに至るまで一貫して設計する「フルスタック」アプローチを採っており、単なる“新しいチップの試作”ではなく、本格的な“新しい知性基盤”の構築を目指している。
資金調達と市場の信頼:2025年10月報道では、約10億ドル(約5ビリオンドル評価)での資金調達を目指しており、先進ベンチャーキャピタルからの期待が大きい。
“生物的知性”への挑戦:Raoは、単なる高速演算や省電力を目的とするのではなく、「知性とは何か」「物理世界の因果や時間、ノイズを含んだリアルな知性に近づくにはどうすべきか」という根源的な問いに取り組んでいる。これは技術だけでなく哲学・基礎科学にまたがる大きな挑戦です。
結論
AIの急速な発展は、多くの恩恵をもたらす一方で、エネルギー消費、スケーラビリティ、ハードウェア効率という大きな技術的・社会的課題を浮き彫りにしています。その限界を乗り越えるために、今、再び「アナログ」や「物理に近いコンピューティング」が注目されているのです。
Unconventional, Inc.のようなスタートアップが示す「理論 × デバイス × システム × アルゴリズム」の統合アプローチは、単なる技術革命ではなく、「知性」を再定義する試みとも言えます。もちろん、課題は多く、実用化までには様々なハードルがあるでしょう。しかし、もし成功すれば、AIはこれまでとは桁違いに、効率的で、持続可能で、より「知性的な」ものに進化する可能性があります。
今後、この分野の進展を追うことは、AIの未来と、私たちの社会の未来を考えるうえで非常に意味がある――そう私は考えています。
