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【実録】24時間の交換日記(前編)


【舞台背景と登場人物】
​​■本村 準:体験談の共通語り手 (わたし本人です)
​■南 知佳:大谷市の工業高校へ通う建築科の女子生徒
■藤井 綾華:夜間部の級友、お姉さん気質
■​島山県 大谷市:県都、盤州地方の最大都市
​■大谷工業高等学校:全日制と定時制を併せ持つ歴史ある工業高校
​■島山県 立花市:古い町並みを残す県内第二の都市。企業城下町としての顔を持つ。

1990年代の半ば、俺がまだ故郷の島山県で暮らしていた時の話です。

これはインターネットがまだ普及する前の時代
まだ20代半ばであった俺が、一番純粋に人間の言葉というものを信じていた頃の物語です。



当時、島山県第二の都市である立花市の建設会社に勤務していた俺は、在来工法の伝統建築の仕事に従事していた。

仕事で経験を積むにつれ、それなりの技術は身に付いてきたものの、この世界で生きていく為には「建築士」の資格も必要だなと感じるようになっていた。

そして資格取得への道を調べ始めるうちに、大きな壁にぶつかった。

試験を受けるためには実務経験のほかに、「建築科の学校を卒業していること」という学歴の条件が必要だったのだ。

俺は実務経験の年数こそ十分に満たしていたが、建築科卒業という学歴の条件が不足していたのです。

建築系の某有名専門学校へ通うのが、資格取得への最短ルートだと分かったものの、その専門学校の授業料は恐ろしい程の高額だった…

当時の俺には とても手が出せる金額ではなかった。

そんなある日、会社の社長に俺は呼び出された
「本村、聞いたぞ!おまえ建築士の資格を取りたいんだってな?」

「はい。そうなのです!
早目に勉強を始めたいと考えています」

すると社長は、思いがけない提案をしてくれた。

県都・大谷市にある「大谷工業高等学校」の定時制夜間部、その建築科へ通ってはどうかと言うのだ。

『大谷工業高等学校、定時制 夜間部 建築科』

そこに2年間通って卒業できれば、晴れて建築士の試験を受けられる条件が揃う。

しかも社長は

「学校に通うためなら、2年間は規定の時間より早く退社してもいい」

とまで背中を押してくれた

「どうだ本村、春から通ってみるか?」
「はい!ありがとうございます」
俺は迷いなく返事をした!

そして願書を提出し、定時制高校の入学試験を受けた。

結果は合格!
俺は大谷工業高校夜間部へ途中入学することに決まった。

別の物語にて話しますけども、実は俺にとって、これが生涯二度目となる定時制高校への入学でもあった。



■ 昼と夜が交差する教室

それからは、昼間は現場で働き、夜は学校へ通うという二重生活が始まった。

前述の通り、俺は過去にも定時制高校に通った経験があったおかげで、すぐにこの生活リズムにも慣れることができた。

夜間のクラスには男女30名ほどの生徒が集まっていた。
皆、昼間はそれぞれの仕事を頑張り、夜はここへ勉強に来ている。

同じ境遇で高みを目指す彼らとは直ぐに強い絆で結ばれた。
学校へ行けば友だちと会えるという楽しみも増え、充実した学校生活が始まった。


とはいえ俺の勤務先は立花市にあったので、40km離れた場所にある大谷市の高校へ通う道のりは決して楽ではなかった。

雪が降り積もる日も、疲労で体が重い日も、学校では必ず授業は行われる。

オレは毎日、愛車であるディーゼルエンジンの日産サファリを走らせ職場から学校へ直行した。


時には疲れのあまり授業中に意識が遠のきそうになる事もあったが、「建築士になる」という確固たる目標が俺の気力を支えていた。



定時制高校の夜間部には、一つ面白い側面がある。
夜間部の教室は、昼間は全日制の生徒たちが使っているのだ。

昼は全日制建築科の教室
夜は夜間部建築科の教室

同じ教室、同じ黒板、そして同じ机と椅子を、全く顔を知らない昼と夜の生徒が共有しているのである。

たまたま普段より早く登校した日には、まだ全日制の生徒たちが校舎に残り、賑やかな声を響かせていることもあった。

定時制高校とは、そんな不思議な時間差の交差点のような場所でもあるのだ



■ 机の上のささやかな声

そんなある日のこと…
俺は日中の激しい疲労から授業についていけない日があった…

先生の話も頭に入らず、ふと自分の机に製図用のシャープペンシルで落書きをしていた。

建築科の生徒らしく、立派な天守閣の絵を机に描き込んだ記憶がある。

のちに この些細な落書きが、ある一人の人物と俺の運命を繋ぐことになるとは、この時は想像すらしていなかった。

次の日もまた、重い四輪駆動のサファリを走らせ 仕事場から学校へ向かった。

いつもの自分の席に着いた時だ。机の上に小さな違和感を覚えた…

よく見てみると、昨夜俺が描いた天守閣の落書きのすぐ隣に、見知らぬ文字が記されている。

「上手ですね!!」

丸みを帯びた丁寧な文字だった。

「!?」
俺はハッとした!

昼間の全日制の生徒もこの机を使っているので、俺の絵を見てコメントを残してくれたのだ。

それにしても、この可愛らしい筆跡はどう見ても女の子の物だよな?


この教室が昼間は全日制の建築科として使われていることは、もちろん知っていた。

そういえば、早目に登校した時に、教室に数人の女子生徒が残っているのを見かけた事があるよな

建築を志す女の子も増えているのだなと感心しつつ、俺はそのメッセージを無視することができなかった

返事を書かなければ、なんとなく申し訳ない気がしたのだ。

俺は彼女の文字の下に短く書き足した

「ありがとうございます!」



■ 密かな楽しみ

翌日、仕事場から登校して机を見ると、彼女からの新たな返事が記されていた

「眠いですよね」

俺は再びペンを手に取り また返事を書く

「頑張ってね!」

さらに次の日には、弱音のような彼女からのメッセージが残されていた。

「私はもう帰りたいです」

俺は笑みをこぼしながら、彼女を励ます言葉を机に刻んだ。

そんな、机の表面をキャンバスにした彼女との短いやり取りが、いつしか俺の日課となっていた。

次第に俺は胸の高鳴りを感じるようにもなっていた。

今日は彼女から、どんな言葉が届いているだろうか…

そんな事を考えてばかりいたので、俺はクラスの級友たちから 不思議に思われていたようである。



そんなある日の放課後のこと
夜の駐車場を歩いていると、クラスの歳上お姉さんである 藤井綾華さんが声をかけてきた。

「本村くん!」

​この人は女子のリーダー的な存在で、どこか姉御肌な雰囲気を纏っている人だ。

「本村くん、最近なんだか楽しそうだね?」

「えっ、そうですかね」

「何か嬉しい事でもあったの?」

「いや別に、何でもないですよ!ハハハ」

​俺が誤魔化すように笑うと藤井さんは

「ふぅん……そうかなぁ」

と意味深に首を傾けながら俺の顔を覗き込んできた。

「ねえ、机の上のメッセージの事かな?」

「ええっ!いや… それは、、その……」

図星を突かれ うろたえる俺に対し、お姉さんはさらに一歩 踏み込んでくる。

「えぇ~っ なに?なに?教えて!」

「ちょっと!めちゃ顔が近いじゃないですか!離れてくださいよ!」

​俺が慌てて身を引くと、藤井さんはクスッと笑って愛車80スープラのドアを開けた。

​「あはは、冗談よ 冗談!じゃあまた明日ね」

そう言い残すと、藤井さんはスープラのエンジン音を響かせ走り去って行った。

「いいなぁスープラ…俺も速い車に乗り換えようかな…」

俺は格好良いお姉さんの車を見送りながら、大きく深呼吸した。



顔も知らない昼間の彼女とのやり取りは、いつしか俺の日常における密かな楽しみへと変わっていった。


■机の中の小さな手紙 

ある日のこと
いつものように仕事場から学校へ登校する。
自分の席に着くと、なんと机の上には

「手紙あり」と書かれていた。

​手紙があるということなのか?

俺は半信半疑で、自分の机の引き出しの中を探ってみた。

​すると、奥の方からいかにも女子高生が選んだような、可愛らしい便箋が出てきた。

​「ホントかよ」

​俺は誰にも聞こえない声で小さく呟いた

​(彼女からの手紙だ!)

​女子から手紙をもらった経験など殆ど無かった俺は、動揺を隠しきれなかった。

クラスの仲間に見つからないよう手紙をこっそりと教室から持ち出し、校舎の隅に隠れて読んでみることにした。


手紙には、これまでの机の上でのやり取りのことや、彼女自身のことが丁寧に綴られていた。

彼女はやはり、昼間の全日制建築科に通う女子生徒だった

​便箋の最後には

『南 知佳』

という名前が書かれている

こんにちは! いや、夜だからこんばんは、ですね、、

私は大谷工業高校の全日制 建築科に通う、「南知佳」と申します。

いつも机にメッセージを書いてくれて、本当にありがとうございます。

毎日お仕事をしてから夜の学校で勉強している夜間部の皆さんの姿を見ていると、私も昼間の授業をサボってはいられないなって、すごく励まされているんです。

もしよかったら、これからもお話ししてくれませんか?

「これはえらい事になったぞ…」と俺は息を呑んだ。

動揺しながらも、俺は急いで彼女への返事を書き始めた!

手紙ありがとうございます。
夜間部建築科の本村 準と申します。

こちらこそ、いつもメッセージありがとうございます。

毎日の机のメッセージが仕事の疲れを吹き飛ばしてくれていました。

俺にとっても知佳ちゃんからの手紙はすごく嬉しいので、ぜひこれからも手紙の交換を続けてください。

お互い、建築の勉強を頑張りましょう!!

​俺は少し高鳴る胸を抑えながら、クラスの友達にバレないよう手紙を机の中という秘密のポストに忍ばせ、下校した。



次の日の夜

​登校してすぐに机を確認すると、彼女からの返信が届いていた!

​「やったぜ!」

俺は心の中で大きく歓喜した。

​その日から毎日、彼女との手紙のやり取りが始まった。

お互いに顔を知らない生徒同士の、不思議な手紙の交換だ。

​彼女は全日制での学校生活の楽しさを語ってくれることもあれば、時には勉強の悩みなどを打ち明けてくれる事もあった。

​手紙の交換を続けてゆくうちに、俺の中では南知佳という顔も知らない彼女の存在が、日を追うごとに大きくなっていった。

​昼と夜で同じ机を共有するという奇妙な接点から生まれた二人の関係は、毎日のように深まっていく。

仕事が終わってから学校へ向かうのが、ただただ楽しくて仕方がなかった。

(後編へつづく)


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