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葉桜のホット アイスコーヒー

今日、怒鳴り声を上げている人に出会った。

昼休み、美緒は会社近くの公園を歩いていた。
満開だった桜は散り、落ちた花びらも姿を消した。
美緒が入社してから三週間がたつ。
PCのデータ入力に四苦八苦。
苦手だ、この仕事は向いていない。
今日だけで三回もミスをした。
指導役の先輩は叱りはしなかった。
ただ、小さなため息が聞こえた。

オフィス街の公園にはキッチンカーが並んでいた。
美緒は、その中のコーヒーショップに立ち寄った。

「アイスコーヒー、ホットで」
「えーと、ホットコーヒーでよろしいですか?」
「あ、いえ。アイスでお願いします」

美緒は、顔が熱くなるのを感じた。
スタッフさんはニコリと笑い、コーヒーをドリップしはじめた。
新人なのだろう、手つきがぎこちない。
まるでキーボードの上の自分の手のようだ。
それを、奥からおじさんがジッと見ている。
美緒の後ろには列ができはじめていた。

「ゆっくりでいい。丁寧にやれよ」
おじさんは腕組みをして見ている。

コーヒーの雫が落ちきった。
若手はホットコーヒーをシェイカーに移し替えた。
カラカランと中の氷が返事をした。
それを合図に、彼はシェイカーを振り始める。
大きく、小さく、シャカシャカカラン。
リズムはやがてグルーブへと育っていく。
おじさんは目尻の皺を増やし、満足気だ。

「お待たせしました、アイスのアイスコーヒーです」
「ありがとう、またきます」

美緒は笑いをこらえ、備え付けのベンチに座った。
ストローに口をつける。
軽い酸味、適度な苦み、鼻をぬけていくコーヒーの香りは豊かだ。
おいしい。あの若手すごい。
もしかしたら、奥のおじさんは名人なのだろうか。

「おせぇえよぉお!! 昼寝でもしてんのか!」

突然、怒鳴り声が響き渡った。
客のひとりが若手に文句を言っているようだ。
若手はドリップの手を止め、おじさんを見た。
おじさんは何も言わず、新しい氷を補充した。
そして、若手を見つめ返した。
美緒は、おじさんのラベルを書き換えた。
『スパルタさん』と。

若手は怒鳴られながらも、丁寧にシェイカーを振った。
美緒は、見ていられなくてベンチを立とうとした。
しかし、若手の必死な姿が美緒を思いとどまらせた。

「お待たせしました。アイスコーヒーです」
「遅すぎる、急いでるって言ったろ」
客は投げるようにお金を渡すと、オフィス街へと走っていった。

息をついた若手の肩に、スパルタさんの手が置かれた。
「手を抜かずにやりきったな」
「はい」
「ああいう客は教材だと思うといい。仕事は金をもらって学ぶ場だぞ」
「はい」
若手は何度か頷いて、またコーヒーを作り始めた。
スパルタさんは、また腕を組んだ。

美緒はベンチを立ち、オフィス街へ向かった。
ふと見ると、公園の葉桜が青空へと伸びていた。
美緒は、若手と自分に『葉桜さん』とラベルを付けた。

(了)


夜桜めぐり山田さん のフォーマットが気に入ったので、同じ主人公でショートショートを書いてみました。うまく書いていけそうなら、この話作りでショートショート集を作ろうかなと思います。

こちらの企画に参加させていただきました。

■セリフ
「やるなら今だよ」
■三題
・アイスコーヒー
・葉桜
・昼寝

▼投稿ルール

#ショートショート #小説 #短編小説 #読書好きな人と繋がりたい
#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

https://note.com/valley_/n/nb9133221fe73


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