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叱れる人の育成。

あるレッスンでの休憩中の時のことです。ちょっとこんな話題になりました。
「怒ってくれる人がいない」
ここで言う怒る人とは「叱る」ことと同義語として受け取ってください。そもそも怒ることは感情が入っているもので、叱っているのは本人のためのものなので別物ですが、ほとんどの会話では叱るという言葉はあまり出てきません。
「叱る」ことは相手のためを思ってやることですがものすごくエネルギーを使います。なぜなら感情を出さずして言い聞かせるようなもので、伝わらなければどうしても語気も強くなるし長くなります。
ある有識者は「言えばわかる」「そのうち分かってくる」と表現します。私の中でそれは無いと思っていて、その理由は「未熟な子供」だからです。例えば10歳の子供ならこのくらいでわかると判断して会話しているとして、その判断は大人の目線と思考でしているものです。つまり10歳ならわかると大人が思って言っていることは、大人になってない10歳からしたらわからないことかもしれません。それにいずれわかるというのも「いずれ」がいつ来るのか、いつまで待つのか、待っても来なかった時に叱っておけばよかったでは遅いということです。
よく私の思考は「昭和の考え」と言われることもあります。しかしその昭和で育った私たちの時に起きなかった事件や問題が起きてることを見れば、昭和のいい部分が「古い」と一緒くたにされて失われているのではないでしょうか。必要な「叱る」、そして「叱れる人」を育てていかなければならないと思います。

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