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表ばかり出るコイントスと、失敗が続く人生【今日の余録】

何度やっても同じ結果しか出ない。そういう時期がある。仕事でも、人間関係でも、何か行動を起こしてみても、なかなか結果がでなかったり、悪い結果ばかりが続いたりする。「次こそは」と思っても、また同じ。そういうときは、人生のシナリオが、最初から決まっているかのように感じる。それが長く続けば続くほど、その閉塞感に押しつぶされそうになる。

きょうの余録は、先月末に88歳で亡くなった英国の劇作家トム・ストッパードさんを追悼していた。シェイクスピア『ハムレット』の脇役を主役に据えた代表作『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』から、「世の不条理性、決められた死に向かって生きる人間存在」というストッパード作品の本質を読み解いている。英米の劇場街がその照明を落として追悼したのは、この劇作家がいかに大きな存在であったか、そして最後の戯曲『レオポルトシュタット』に見る自身の人生観の探究がいかに深かったかを示唆している。

その代表作の冒頭、主人公であるローゼンクランツとギルデンスターンがコイントスで賭けをする場面がある。表か裏か。確率は2分の1のはずなのに、なぜか「表」ばかりが出続ける。仮に100回連続で表が出たとすれば、宝くじの1等を3回連続で当てるより、遥かに低い確率だ。普通なら「ありえない」で片付く話。だが戯曲の中では、それが現実として起きている。2人は困惑しながらも、目の前の結果を受け入れるしかない。確率論が通用しない世界に迷い込んだことを、どこかで悟っている。

戯曲では、表ばかりが出ることが運命の象徴として描かれる。だが現実のコイントスは、純粋な確率論ではない。同じ角度、同じ力、同じ回転で投げれば、毎回同じ結果が出るはずだ(もっとも、それは実際には極めて難しいが)。1回のコイントスの確率が「2分の1」に収束してしまうのは、条件をコントロールできないだけのこと。人生も似ているかもしれない。失敗が続くとき、「運が悪い」と感じがちだが、実際にはやり方を変えていないだけだったりする。同じやり方で同じ結果が出るのは、当然のことだ。本当に同じ失敗を繰り返しているなら、それは失敗から何も学んでいないことになる。もしくは、成功に導くための行動を起こせていない

戯曲の2人は表が出続ける理由を知らない。知っているのは作者だけだ。作者の支配から逃れられない彼らが、その理由を知ることは決してない。だから彼らは、「ハムレット」の世界で処刑される運命から逃れられなかった。もしその支配から逃れられたとき、彼らはどんな道を選ぶのだろう。物語の脇役に甘んじ、その運命を受け入れるのか。あるいは――。

今日の余録と参考資料

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