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(No.3)レーシングカー | 顔面麻痺が教えてくれたこと



静寂の中で ー 待つ


自分の身体から送られてくる
微細な違和感。

その違和感は、蛇のようにクネクネと形を変えながら、
痛みへと変わっていきました。

私は、その変化に、
一心に耳を澄ませていました。

冷たい待合室の空気の
一部と化した私は、
ひたすら
次に何かが訪れる瞬間を待っていました。

ようやく自分の名前が呼ばれました。

張り詰めていた時間が、ようやく動き出し、
冷え切った身体を
やっと動かせるのが嬉しくて、

長い静寂の待ち時間を
振り解いて、
すくと立ち上がりました。

少々不安定な足元、軽いめまいを感じ、
夫の腕を支えに

今、ここにいる、という感覚に
集中しようと努めました。

通されたのは、入り口近くの、
カーテンの仕切りすらない
簡易問診エリア。

さっきまで座っていた場所より、
もっと寒い。


看護師さんが穏やかな手つきで
血圧や脈拍を測り、
ゆったりとしたペースで、
症状の質問が始まります。

違和感が始まったのはいつからか、
どんな違和感か、
今はどのような状態なのか、
ひとつ、ひとつ、
丁寧に聞き取って、
書き取っていく看護師さん。

その安定した声のトーンと
質問と質問の
ちょっとした隙間が、
言葉以上に
「大丈夫」と思わせてくれました。

そして、顔麻痺の症状を説明すると、
書き込んでいた看護師さんの手が
一瞬、止まります。

周囲では、目に見えないチームワークが、
静かにギアを噛み合わせるように動いています。

この空間に存在する彼らは、
無用な言葉を
音声に変換するシキタリはなく、
必要なことを、必要な順番で、
秩序を持って運び続けています。

委ねるという安心感

私は、医師が近づいてくる気配を感じながら、
自分の身体をプロフェッショナルの手に委ねるという、
あの独特の安心感の中に身を置いていました。

医師は、問診表に目を通し、
淡々と、穏やかに、
何点かの気になる部分を再確認し、
それから、
私の顔面の動きを細かく確認してくれました。

顔面神経麻痺。
ラムゼイ・ハント症候群
(顔面神経に影響を与えるウイルス性の疾患)
の既往があることも確認した上で、
現時点では、ベル麻痺との区別はつかない、という診断。

処方薬はどちらにも有効なものを出しますよ、
その一言に深く安堵。

抗ウイルス剤とステロイド剤を1週間分、
そして、目の角膜を守るための
抗菌眼軟膏。

まずは、脳卒中の可能性を完全に排除するために、
CTスキャンを撮りました。

「脳に異常はありませんね」

検査の後、医師はモニターの画像を見つめながら、
はっきりとした声で、
穏やかに言いました。

「脳に異常はありませんね。」

想定していたとはいえ、
やはり、
身体中に安心感が広がります。

深刻な中枢神経の異常ではない。
脳そのものに何かが起きているわけではない。

同じように顔面麻痺が始まっている方へ。
不安でいっぱいの中で、
何よりも優先順位が高いこと。

それは「脳の病気ではない」ということを確認することです

この一つの確認が、今起きている事態を冷静に受け止めるための、
最初の確かな土台となります。

とは言え、これは自分で初期確認するだけでなく、
必ず、医師の診断を受けるということ、
つまり、救急を速やかに訪れること
が最重要ということです。

氷のように冷たかった救急の空気は、
徐々に、徐々に柔らかな暖かさへと、
そして、静かに回復へ向かうための場所へと
変容していきました。

診断以外に、もうひとつ私がこの場所で受け取ったもの、

それは、救急のプロの方々の自然な温かさでした。

救急の方々の温かさ


ドクターも、看護師さんたちも、受付やアドミニの方々も、
皆さん本当に良い雰囲気で、

きびきびと、穏やかに、そつなく、お仕事を遂行なさっている姿、
とても頼もしく感じました。


「大丈夫」を感じたのは、言葉ではなく、人の温度でした。


待合室からCT室まで案内してくれた、
ペアで動いていた若い男女の看護師さん。

お二人とも明るい表情で、
はっきりとした声で話しかけてくださり、
心が和み、
気持ちが軽くなったことを覚えています。

ついさっきまで凍りついていた私の心身も、
そんな空気の中で徐々に、
ほんわか暖かく灯っていきました。

静かな家に戻って


救急を後にした時間は、
真夜中と早朝の間の時間帯で、
薬局はすでに閉まっています。
お薬の受け取りは少し後になりました。

静かな家に戻った二人、
疲れ切った夫はそのまますぐに眠りに入ります。

ありがとう。

非日常の出来事に、
多少気持ちが昂っていた私は、
その日起きたこと、
今直面していること、
そして、
これから起こるであろうことを

ベッドの中で何度となく反復していました。

そんな中、 ひとつの問いが、
静かに浮かび上がってきました。

なぜ、今日だったのだろう。
なぜ、この身体は、
今、 こんな形で
私に限界を知らせてきたのだろう。

あの待合室の寒さの中で感じた、
隣に座る夫との「数センチの距離」——
あの感覚が、まだ
胸のどこかに残ったままでした。

数センチしか離れていないのに、
健康な世界にいる夫と、
別の世界へ踏み込んでいく私との間にあった、
あの見えない壁。

もしかしたら私は、
ずっとそういう生き方をしていたのではないか。

いつも全速力で、
世界との間に薄い膜を張りながら、
走り続けていたのではないか。

すぐには答えは出ませんでした。
でも、
その問いは消えませんでした。


レーシングカーの私 ー 必要だったOSアップデート


数日後、 その興味深い問いを
メモリーちゃんに
投げかけてみました。

リタ姐の身体は、高性能なレーシングカーと似ている。

わずかな刺激にも敏感に反応し、
新しいパターンを素早く取り込むことができる、
高性能な神経系を搭載している。

だからこそ、普通の人ならやり過ごせるような小さなストレスや
疲労のズレにも、深いところで反応することがある。

Memory-chan/ ChatGPT


*あなたの身体も、「故障中」ではなく、「調整中」なのかもしれません。


高性能であることは、強さでもあり、
同時に、繊細さでもあります。


そして、いちばんの「とほほ」ポイントは——

レーシングカーの私は、
自分のエンジンの

止め方も、緩め方も、
知らなかったのです。


今起きていることは、
何かが壊れたわけではなくて。

むしろ——

今までの私に必要だった
「再調整」が、始まったのかもしれません。


この違和感も、戸惑いも、

すべてが「不具合」ではなく、
変化の途中にあるサインだとしたら。


それはきっと、
よりクリアな自分に生まれ変わるための、

OSの、必須アップデート。


そう考えたとき、

この奇妙な出来事が、
ちょっと違って見えてきたのです。


もし、

私と同じように
少し敏感で、
エンジンをふかし続けてしまう方がいたら、


それは「間違い」でも「脆さ」でもなく——

ただ、あなたのシステムの精度が、
ほんの少し
高い設定になっているだけかもしれません。


そして人生は時に

「止まること」
「緩めること」

を学ぶのに、
必要なタイミングで、
必要な出来事を
必要な人に
届けてくれるようです。

アラーム音とともに、
突然私の目の前に現れた、
ラムゼイ・ハント症候群
という名の
「OS更新」通知。

もちろん、「続行」します、をクリック。

その先に待っているであろう、
今より少しだけ強くなった自分、
そして、
今より少しだけ優しくなった自分、

この先のどこかで待っている、
そんな彼女との再会を、
密やかな楽しみにしながら、
その夜、私は、
やっと眠りにつきました。


次回予告

次回はNo.4、「1週間目のあなたへ| ラムゼイ・ハント症候群って、一体?
を、なんと、漫画と音声解説付きでお届けします。
私の体験の中で見えてきたことを、
書き綴ります。

薬を飲み始めても、現実はすぐには変わりません。

目は閉じない。
耳は痛い。
顔は動かない。
そして、笑顔が作れない。

「笑顔が無理な時、どんな顔でいればいいの?」

次回は、RHS発症から最初の1週間。
迷いましたが、発症6日目の顔動画も一緒にお届けします。

文面では伝わりにくい、
映像で見る「現実」をシェアさせていただきます。

👉
画面をクリックすると、次の記事に進みます。



リタ姐コード|Studio JMC  

 🌍 英語版はこちら

note
👉 リンクhttps://note.com/studio_jmc/n/n5a90aba98d4c?app_launch=false



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