Kの向くままにおススメ映画『沈黙 SILENCE』ネタバレあらすじ感想日記
こんばんは。博愛主義者のKです。今回は『沈黙 SILENCE』。一言で表すと「ユダの贖罪の映画」です。
こんな人におススメ
◎日本の歴史に興味がある人
◎宗教に興味がある人
要注意点まとめ
▲宗教観に依っては鑑賞注意かも
こんな映画です
原作は遠藤周作、日本の歴史に基づく物語。
島原の乱の直後。ロドリゴ神父とガルペ神父は遠い日本で布教中の師であるフェレイラ神父が棄教したとの報せを受けた。
もう少し詳しく
二人は真相を確かめるべく長崎・五島列島に密航し、隠れキリシタンたちに歓迎され身を潜めていたが、やがて裏切りと密告によりガルペは殉教、ロドリゴは長崎奉行所の役人に捕らえられる。奉行所でロドリゴは師のフェレイラと再会するが彼は報せの通り棄教しており、その経緯を語ると共にロドリゴにも棄教を迫る、、、。
観た後はこんな気分になりました
《神の沈黙》てテーマの映画や物語に触れる度に思うのは「宗教は本来の目的を果たしていない」という事。それどころか逆をやってる。
自身の信仰は絶対に正しい?他宗教は断固受け入れない?何故他人を改宗させようとする?
宗教ってそういった強い信念・強い心を持つ者よりも、弱者や迷える子羊のためにあるものではないの?人類を幸せにするためにあるんでしょ?
本作でキチジロー(ユダ)がみすぼらしい下衆に映るかもしれませんが、人間て元来そんなものでは?ああいう人たちを宗教で救わなきゃ。
しかしカトリック教会は遠藤のメッセージに対して非情に厳しく非難しており、こんなやり取りをしていたとか。
カトリック教会 :「人間は日々、色々な踏絵の前に立たされている。あなたが正しき事を選ぶか、欲望や個人の利益を選ぶか、日々試されている。この場合、弱い人間として選び易い方を選んでも良いなら、キリスト教は人類の崇高な道標とはならない。」
遠藤 :「踏絵を踏んだ者は後悔と恥とで身を震わせなかったと言えるだろうか。彼等がその後も泪を流し、ひたすら指を合わせ、言葉にならぬ祈りを唱えなかったとどうして言えよう。こうした弱者たちは教会にとって語りたくない存在となり、その心理や後の生き方も顧みられず、政治家や歴史家からも黙殺された。だが弱者たちもまたあなた方と同じ人間なのだ。」
、、つまり教会は「踏絵を踏むのは間違いだ」と言っており、本作は「事情に依っては踏んでも仕方ないじゃないか」と。強き者と弱き心の平行線。どちらも間違っていないように思えるが、、宗教の存在意義という観点ではKは遠藤の側です。
別に崇高じゃなくてもいいから弱者の心を癒してよ、て思いますね。
「踏んでもいいんだよ」てなれば殉教もなくなるしユダも救われます。ラストでロドリゴは棄教したというより《博愛》を獲得したのですよ、Kの解釈では。
心に残ったセリフ
井上筑後守 :「あの城下町に行くと昔耳にした話を思い出す。公には4人の側室がおられたが、互いに妬み合い争いが絶えなかった。公はつくづく困られて4人とも城より追い出されたのだ。
、、生涯女とは無縁な神父に、このような話はいけなかったかな?」
ロドリゴ神父 :「その殿様は大変賢い方でございます。」
井上筑後守 :「そう思われるか、それで安心致した。この日本は丁度その公のようなものだ。日本と言う男を巡って、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリス、それぞれ名乗る4人の女たちが互いに争って憎しみ合う。
公の処置を賢いと申すならば、神父は日本がキリスト教を禁制にした理由をあながち愚かとは思われまい。日本と申す男は、わざわざ異国の女性を選ばずとも同じ国で生まれた日本の女を選ぶのが最上と思わぬか?情のみで夫婦の道が成り立つなら、浮世の苦しみもあるまいに。
神父は、どうやら日本を存ぜぬようだな。」
ロドリゴ神父 :「井上様も、キリスト教をご存知ではありません。」
こちらも平行線、、だが井上様に分があるか。既婚者に他の女性を勧めるのはチョットね。日本には既に根付いた仏教があるのに他の宗教をおススメするのはお節介だよねぇ。風土に合わない教理や連帯は弾圧の対象となり、弾圧は乱を生む。乱を生む宗教や思想は考えもの。
宗教観は人それぞれ。けど他人が信じているものを否定しない方がいいのは間違いなさそう。宗教に限った話ではないけどね。因みにKは色んな考え方を受け入れますよ、信仰心があまりないのでね、、。
《Kの関連note》
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