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院長の20マイル日誌 vol.5~医療と経営のクロスポイント~

「評価制度と現場力」―中央集権と分権の狭間で、“平等”と“公平”をどう設計するか

1. 評価制度をつくるたびに感じる“違和感”

評価制度をつくる――。
この言葉を聞くと、多くの人は「公平な仕組みを整えよう」と思うのではないでしょうか。しかし実際に制度設計に携わってみると、それだけでは済まない現実があります。
制度というものは、人を測る・比べる・管理するための装置のように見えます。けれど私が設計の過程で感じたのは、むしろ逆でした。評価制度は「公平」を実現する仕組みではなく、「平等」を担保するための枠組みなのです。
医療現場には、同じ努力をしても同じ成果を得られない構造的な差が無数にあります。患者の重症度、疾患の重なり、チームの熟練度、スタッフ配置、当直の有無……。それでも、どんな職種の人にも共通して「同じ物差し」で測られる安心・納得感を提供したい。それが私の言う「平等性」です。
一方で、公平という言葉は、個人の事情を考慮する「個別最適」の思想です。もちろんそれも大切ですが、制度そのものに“人の事情”を無制限に取り込もうとすると、組織の一貫性や透明性が失われていきます。
だからこそ私は、制度設計を進めながら何度も考えました。「評価制度は何を守り、何を育てるべきなのか?」そして辿り着いたのは、次の問いでした。
管理と現場力(現場主義)、そのバランスはどこにあるのか。


2. 「公平」と「平等」は似て非なる概念

まずはこの二つの言葉を整理してみましょう。
公平(Fairness)
意味:状況や個人差を考慮し、それぞれに応じた判断を行うこと
評価制度における例:「○○さんは家庭の事情で勤務時間が限られているため考慮する」

平等(Equality)
意味:すべての人を同じ基準・条件で扱うこと
評価制度における例:「職種ごとに定めた指標を、同じルールで評価する」

どちらも正しい価値観ですが、ベクトルが異なります。公平は「人を見て調整する」視点であり、平等は「仕組みを守る」視点です。
私は評価制度においては、平等の原則を強く位置づけるべきだと考えています。なぜなら、制度が機能するためには「誰が評価しても同じ結果になる」ことが大切だからです。公平性を完全に追求しようとすると、主観的判断や個別配慮が増え、評価の整合性が崩れます。逆に平等性を担保すれば、制度の安定性と納得感が高まり、組織としての信頼が積み重なっていきます。
つまり、制度設計ではこう考えるのです。
制度は平等をつくり、運用で公平を補う。
制度そのものは平等を担保し、評価面談や1on1など“対話の場”で公平を再構築していく。この二段構えが、現場の信頼を守りながら組織を動かすための要です。


3. 中央集権型マネジメントの“安定”と“硬直” ― 識学の論点から

中央集権型マネジメントとは、トップが方針を示し、組織全体を統一的に運営するスタイルです。この型は「平等性の担保」に非常に優れています。
たとえば、識学(安藤広大氏による組織マネジメント理論)は、まさに中央集権のメリットを最大化する思想です。識学では「役割と責任を明確に分離し、組織の誤解を排除する」ことを原則としています。
安藤氏は著書『リーダーの仮面』でこう述べています。

「リーダーに必要なのは感情ではなく、ルールに基づく判断である。」

つまり、上司や管理者が“優しさ”や“思いやり”で判断をゆるめてしまうと、組織は秩序を失い、努力の平等性が崩れるという考え方です。リーダーは感情ではなく、制度を媒介にして組織を動かす。これが識学の核心です。
この考え方の強みは、組織が大きくなるほど発揮されます。誰が判断しても同じ基準で動く。「曖昧な善意」や「上司の気分」で人の運命が左右されない。それは多職種が協働する医療機関においても、極めて重要な基盤になります。
ただし、同時に大きなリスクもあります。中央集権的なマネジメントは、制度の「安定性」を保つ一方で、
現場の柔軟性を奪う危険性があるのです。
現場で起こる出来事の多くは、マニュアルや指標だけでは裁けません。「患者さんの表情」「チームの空気」「状況の緊急性」など、数値化できない要素が多いからです。
識学の思想をそのまま医療現場に適用すると、ルール遵守と人間的配慮の間に亀裂が入る可能性があります。制度としての「平等性」を守りながらも、現場での判断に「公平性」を回復させる――その両立が求められるのです。


4. 分権型マネジメントの“温度”と“ばらつき” ― 遠藤功氏の現場力

中央集権が「秩序」を生むなら、分権型は「熱量」を生みます。遠藤功氏の著書『現場力を鍛える』(東洋経済新報社, 2004)は、この分権型マネジメントの本質を極めて的確に表現した一冊です。
遠藤氏はこう述べています。

「現場は、戦略を実現する唯一の場所である。」

つまり、どれほど立派な経営理念があっても、それが現場で具現化されなければ意味がないということです。経営とは“現場で起きている現実”を通じて初めて完成する。この発想は、まさに分権型マネジメントの根幹にあります。
遠藤氏はまた、「現場力」を支える三要素として、①当事者意識、②改善志向、③チームワークを挙げています。これらは医療現場にもそのまま当てはまります。現場が自律的に考え、判断し、改善を積み重ねていく力――これがある組織は、少々のトラブルでは崩れません。
しかし、分権型にもリスクがあります。裁量を広げすぎると、基準が個人や部署の感覚に依存し、 組織としての方向性が揺らぐのです。それが「現場力のばらつき」という問題です。遠藤氏は『現場力の教科書』の中で、このジレンマを「現場と本社(経営)の対話不足」によるものだと指摘しています。
「本社が戦略を描き、現場が実行する。 その“あいだ”に立つのがミドルであり、彼らの対話が組織を変える。」
現場の自律を尊重する分権型は、トップダウン型に比べて温かい。しかし“温かさ”だけでは、制度としての再現性を保てません。中央の設計思想と現場のリアリティ、その“間”に立てる中間層を育てることが、組織のレジリエンスを左右します。


5. 「平等な評価」と「公平な対話」を両立させる

中央集権の強みと分権の強みをどう統合するか。その答えの一つが、「評価制度を“対話の起点”として設計する」ことだと考えています。
評価制度の役割は、

  1. 平等性の担保(制度の骨格)

  2. 公平性の補完(運用の対話)

の二層構造であるべきです。
制度は、誰が評価しても同じ基準で成果を測れるようにする。その上で、評価面談や1on1で「なぜこの結果になったのか」を丁寧に話す。つまり、平等に判定し、公平に理解する。
この“理解のプロセス”こそが、制度を生きた仕組みに変えます。評価を下すことではなく、評価を媒介に価値観を共有することが本来の目的です。制度が冷たく見えるのは、「点数」で終わってしまうからです。点数の裏にある背景をすくい上げ、対話を重ねる。そうすれば、評価は「裁定」ではなく「共育(共に育つ)」のための装置になります。


6. 現場を信じる制度設計 ― “同じルール”と“異なる尊重”

平等な基準は、現場を縛るためのものではありません。むしろ、「誰もが同じ条件で挑戦できる」環境を整えるためのものです。評価制度における平等性とは、全員に同じ機会と期待を与えることです。公平性とは、その結果の差を理解し、次の成長へとつなげることです。

公平に助け合い、平等に競い合う。

このバランスが、組織の健全さを支えます。
私は管理職や現場と面談を重ねるたび、こう感じます。

「公平であることを求めるほど、主観が入り、誰かが不満を抱く」
「平等を貫くほど、個の情熱が見えにくくなる」

だからこそ、制度設計者は“間”を設計しなければなりません。つまり、制度は平等に、運用は公平に。そして両者をつなぐのが、対話と信頼です。現場の声を尊重しながらも、全体を俯瞰して調整する。それが「中央集権でも分権でもない、第三のマネジメント」だと思います。


7. 結び:「整える制度」と「育つ組織」

評価制度とは、組織の「正義の形」を映す鏡です。完璧な公平は存在しません。しかし、全員が同じルールで試される平等性は守れる。
そして、そのルールの上で一人ひとりが成長を重ね、互いの努力を認め合うことができれば、それは“管理”ではなく“共育”へと昇華します。
羽生善治さんはこう語っています。

「決断とは、考え抜いた末に出すものではなく、考え続けながら修正していくもの。」

評価制度も、現場のマネジメントも同じです。一度決めて終わりではなく、考え続けながら磨き続けること。それこそが、組織を“生きた仕組み”へと育てる唯一の道だと思います。制度を整えることは、終わりのない改善であり、現場を信じ続けるという意思表明でもあります。完璧を求めるのではなく、考え続けること。その姿勢こそが、チームと組織の未来を支えるのだと思います。

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