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『コンサル(部下代行業)』の生産ラインで3年間、反復横跳びをしていた話」


この記事を読んで、しばらく動けなくなった。
「部下代行業」——このたった5文字が、自分がやってきた仕事の正体を装飾なく言い当てていたからだ。

自分はベンチャーのコンサルファームで、採用・組織開発・研修・オンボーディングを担当していた。

つまり、この記事で言う「部下代行」に最適化された人材を調達し、育成し、現場に送り出す仕組みを設計していた側の人間だ。

この記事を書くかどうか、正直迷った。
ただ、書くことにした。書かずしては前に進めなくなってしまった。


「プロをつくれ」と言われながら、「理想の部下」を探していた

当時、経営からのオーダーは「プロフェッショナル人材の強化」だった。人材要件をプロフェッショナル寄りに引き上げて、人が先に変われば組織も後からついてくるはずだ——という仮説で動いていた。

しかし、組織の重力はそう簡単に変わらない。

どんなにプロフェッショナル志向の人材を採用しても、目の前のクライアントが求めているのは「問題解決のプロ」ではなく、「理想の部下」だった。現場からは静かな戸惑いが返ってきた。「なんか、採用ずれてませんか」と。

結果的に、自分が面接で見ていたのはこういうことになっていく。

面接を完全にブッチした候補者を、その後合格にしたことがある。

理由は、その後のリアクションが「理想の部下」そのものだったからだ。ブッチしたことに気づいた瞬間に最速で連絡してきて、全身全霊で平謝りし、「まず謝罪の場をいただけたことに感謝します。チャンスをいただけるならありがたいです」と切実なトーンで言い切った。

なぜこれが「合格」なのか。

こちらが「いやいや、誰しも人生の中で一度や二度あることですから、全然気にしてないですよ」と言った時に、「ありがとうございます!」と即座に切り替える人間は、クライアントのステークホルダーからは確実にキレられるからだ。「いいですよ。よくあることですから、大丈夫ですよ。」の言葉の裏にある温度を読めるかどうか。そういう目線で見ていた。

プロフェッショナル性? もちろん大事だ。ただ、「現時点でプロフェッショナルである必要」は実はなかった。コミュニケーションのお作法——謙遜の間合い、声かけのしやすさ、PC操作がもたつかない程度のITリテラシー——つまり「課長をイラつかせないスペック」が満たされていれば、あとはなんとかなった。


反復横跳びの3年間

経営は「プロフェッショナルファームを目指す」と言う(右に行く)。
でも売上を実際に支えているのは「理想の部下」の供給(左に行く)。
頭では「プロフェッショナル」と念じつつ、手は「部下代行」を量産している。この矛盾を抱えたまま2〜3年走り続けた結果、自分がやっていたことを一言で表すなら、「反復横跳び」だった。

一歩、右(プロフェッショナル方向)に進む。「ここだ」と確信して動く。
次に考え直して、1歩、左(部下代行方向)に戻る。「こっちが現実だ」と修正する。
トータルではほんのわずかだけどちらかに進んでいる。それを1年かけて繰り返す。

反復横跳びをやったことがある人なら分かると思う。始めた場所と終わった場所は、だいたい同じだ。ちょっとだけ右か左にズレた位置で、ゼーゼー息を切らして倒れ込んでいる。3年間、それをやっていた。

しかもこれは、ヘラヘラしながらやっていたわけじゃない。毎回、真剣に考えて、「これが正解だ」と思って動いていた。全力で反復横跳びをしていた。それが余計に笑えない。


なぜ反復横跳びは止まらないのか:コンサル大宇宙

ここが最も恐ろしい部分だ。

反復横跳びをしていたにもかかわらず、会社の売上も利益も伸びていた。社員の給与も全体的に上がっていた。成功体験と報酬が与えられ続けていた。

これは、地球の自転と公転の関係に似ている。

地球は太陽の周りをぐるぐる回っているだけに見える。でも実は、太陽系全体が銀河の中をものすごいスピードで移動している。地球自身は「同じ場所」を回っているつもりでも、宇宙規模で見れば途方もない距離を動いている。

コンサル業界も同じだ。社内では反復横跳びを繰り返しているだけなのに、業界全体が全産業の中で引き上がっているから、反復横跳びをしていても数字は伸びる。「反復横跳びをしていたら正しいんだ」という錯覚が、構造的に生まれてしまう。
(そのあたりの構造については、冒頭の記事によくまとまっている)


さらに示唆的な話:クライアント側も反復横跳びをしている

そしてこれは自社だけの話じゃない。

コンサルへの発注が多いエンタープライズ企業の部長や課長も、一生懸命に反復横跳びをしている。ただし、クライアント側は業界自体が成熟期に入っていて、コンサル業界のように地盤が引き上がっていない。反復横跳びをしていても右肩上がりにはならない。むしろ右肩下がりになる。

すると何が起きるか。

一緒に反復横跳びをしているのに、部下代行の「部下」ポジションにいるコンサル側の方が、年々給与が伸びていく。その原資はどこから出ているかというと、エンプラ側の予算から出ている。

コンサル側は反復横跳びで報酬が上がり、クライアント側は反復横跳びでジリ貧になっていく。同じ動きをしているのに。


「反復横跳びが上手い人」を「プロ志向の人」と呼んで採用していた

自分がやっていたことを正直にまとめるとこうなる。

「プロフェッショナルな人材を採用します」と言いながら、「反復横跳びみたいな不毛なことはしたくないですよね?」と共感する候補者を集め、その中から反復横跳びのポテンシャルがある人を見つけて採用していた。

本人は気づいていない。(私も残念なことに気づいていなかった)
「この会社は伸びている。だからここでの仕事には意味がある」——そう信じて入ってくる。(私も信じていた)
実際、数字は伸びている。でもそれは太陽系が動いているだけで、自分たちは同じ場所を反復横跳びしているだけかもしれない。

これを分かっていて意図的にやっていたのなら、悪意のある搾取だ。

でも違う。全身全霊で、世の中を良くしようと思ってやっていた。本気でよい企業創ろうと思っていた。本気でやっているのに、構造的に反復横跳びになってしまっていたことが、本当に情けない。


この記事を書くのが怖かった理由

正直に言うと、この記事を書くのは怖かった。

冒頭で共有した記事の著者はまさに反復横跳びの指揮者であり、元上司である。「内側にいた人間」として応答するということは、自分の3年間の実態を晒すということだ。「あなた何してたんですか」と聞かれたら、「3年弱反復横跳びをして、疲れ切って、結局辞めました」と答えるしかない。

反復横跳びを総括している元経営者の記事に、「自分も一緒に反復横跳びしてました」と書いている元・採用組織開発担当。笑えるような、笑えないような構図だと思う。


おわりに:反復横跳びをやめた後は「出版」?

反復横跳びにも相当疲れていたが、それに加えて自分には到底コントロールできない様々なことが降りかかり、結局昨年末に疲れ果てた状態で辞めた。

実は去年の6月、まさか年末にこんなことになるとはつゆ知らず、出版塾に申し込んでいた。

講義が始まったのは11月。当初は興味半分で飛び込んでみたものの、「あなたは世の中に何を語りかけたいですか?」と全身全霊で問われる場所だ。

何も出てこなかった。でも何かを出さなければいけない。

講義の度に「Who are you?」を問われ続ける。だが、まさにそのさなかに、現在進行形で自分の「Who am I」が崩壊していった。
「自分が価値があると思ってやってきたことは、どうやらそれほど価値がなかったみたいだ」と薄っすら気づき始めていたから。3年間、全力で反復横跳びをしていた人間に、「世の中に届けたいメッセージ」なんてあるわけがない。

その出版塾は2月28日に終わりを迎えたのだが、そこでの取り組みがどういう顛末を迎えたかは、次の記事で書こうと思う。

情けない「反復横跳び」について、ここで書くつもりはさらさらなく、出版塾のことを書きたかった。ただ書こうとすると、まったく手が動かない。

この話と出版塾での体験はコインの裏表のようなもので、片面だけのコインはこの世に存在できない。

書きたいことをかくために、書きたくないことを書かなければならないというのは、本当に困った話だ。

ただ、それでも出版塾の話は書きたいと思った。それくらいの体験だった。

この記事を書くのにも、エネルギーを振り絞る必要があったが、呪縛が1つ外れたような爽快さもある。

次回、とんでもない出版塾の話を楽しみにしていただければと思います。

読んでいただいてありがとうございました。

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