獲物の分け前〜浅野ゆう子『ゴールデン・ベスト』
昨日、取り上げた河合奈保子さん『ゴールデン・ベスト』とまとめ買いした中の一枚です、これは。
浅野ゆう子さん単独名義の作品も例によって初めての購入になりますね。
どう考えても、リアル・タイムじゃ、浅野ゆう子さんの作品買わなかっただろうな、と思っていたらオムニバスに入っていた「セクシー・バス・ストップ」のこと思い出しました。
作曲のクレジットは変名が使用されてましたが、筒美京平さんということは雑誌で知ったんです。
まー、お小遣いが小学生の頃は月2000円だったんで、気軽にシングル盤買えなかった私でした。
浅野ゆう子さんをテレビで見てもワクワクしなかったのは大きかったですね。すみません。
じゃ、行ってみよー。

・浅野ゆう子『ゴールデン・ベスト〜RCA/FUN HOUSE YEARS』(BVCR-38107/BMGファンハウス)
浅野ゆう子さんの印象なんですが、とにかく背が高くて足が早いというものでした。
当時、レコード会社対抗運動会があって、浅野さんが活躍していた記憶があるんですよね。
歌番組での印象は「恋はダンダン」というタイトルになんじゃ、こりゃと思った小学生の私でした。
その曲でのテレビ出演の映像です。
当時14歳だったんですね!そんなに私と齢変わらなかったんだー。結構意外。
で、「セクシー・バス・ストップ」なんですが、まずは当時のテレビ出演映像をご覧いただきましょう。
素晴らしい!
今なら何を狙っていたか、はっきりわかるんですけど、理解するには当時の私は幼すぎたな、と。
実はこの曲、競作も発売されていてラジオ・リスナーだった私はこっちの方が好きでした。
DR.DRAGON&ORIENTAL EXPRESS名義だったということで、既に中日ドラゴンズのファンだった私のお気に入りナンバーだったのでした。
こちらのシングルは買ってしまったというのが私らしいといいますか(苦笑)。
後に演奏はティン・パン・アレー系の方々が担当していたことを知って、その偶然にひたすらビックリしましたねー。
浅野ゆう子さんのこの路線は数枚続きましたが、大ブレイクまでとはいかず(失礼!)、浅野さんは活躍の場をグラビアに求めて大成功したのでした。
その時期にリリースされた「サマーチャンピオン」です。
素晴らしい。
けど、今ではシティ・ポップの文脈で語られているんですね。
当時の私は浅野さん苦手でした。真面目な話。
日焼けした女性はほとんど苦手だったんですよね。
グラビアの圧が強くて冷静に判断できなかったというか、する気もなかったのでした。
私が大学入学した頃には、浅野さんはトレンディ・ドラマの常連となって、歌やかつてのグラビア雑誌や写真集が人気になったのでした。
ダブル浅野(もう一人は浅野温子さん)で大ブレイクして、やっぱりこの人はすごい!と思ったのでした。
浅野ゆう子さん単独名義のCDとアナログ盤は買ってませんが、そういえば田中美佐子さんとのユニットの短冊は持っているのでした。部屋のどこかにあるはずです。
勿論、聴いてませんが。
まとめ買いはこんなことがあるから止められまへん。
ではまたー。
