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夜食に何を食べているかで、その国の本音がわかる

深夜の食べ物には、その国の本音が出る。

昼はだめだ。
昼の食べ物には、ちょっとよそ行きだ。
名物です。
伝統です。
人気です。
観光客にもわかりやすく、美味しさも説明しやすい。
もちろんそれはそれで楽しい。
でも、本当にその国の食文化が見えるのは、もう少し遅い時間だと思う。

夜が深くなって、みんな少し疲れていて、酒も入っていて、もうおしゃれな説明なんてどうでもよくなっている時間。
あの時に何を食べているか。
そこに、その国の食の本性がかなり出る。

深夜は、理性が少し薄い。
だからこそ本音が出る。
健康のためではない。
映えのためでもない。
今、この身体に何を入れたいか。
何を食べると落ち着くのか。
何ならこの一日を気持ちよく終われるのか。
そこに、その国の欲望と現実と優しさが全部出る。

たとえば、アメリカ。

アメリカの深夜メシには、あの国のわかりやすい力強さがそのまま出る。
バー帰りでも、ゲームを見たあとでも、夜遅くに人が集まって食べているのは、だいたい重い。
バーガー、ピザ、チキン、フライドポテト、ナチョス、そういうものが強い。
しかも、遠慮がない。
一日の終わりにまで、ちゃんとカロリーで押してくる。
そこがアメリカっぽい。

でも私は、あれを雑だとは思わない。
むしろすごく正直だと思う。
疲れている。
腹が減っている。
酒も入っている。
だったら、ちゃんと塩気と脂で回復しよう、という思想がある。
変に美しく終わろうとしない。
レタスで締めたりしない。
深夜まで「食事は食事」として本気で向き合っている感じがある。

アメリカは、食べることをどこかエンタメの延長として扱う国だと思う。
深夜でもその姿勢が崩れない。
夜中なのに、まだちゃんと「うまい・多い・嬉しい」をやろうとしてくる。
あれはかなりアメリカだ。

次に、タイ。

タイの深夜メシは、もう少し生活に近い。
アメリカみたいな「夜中でも勝ちにいく食べ物」という感じではなく、もっと自然に夜の中へ溶け込んでいる。
屋台がある。
麺がある。
ごはんものもある。
スープもある。
夜中に食べることが、特別な背徳というより、普通に生活の延長線上にある。

ここがすごくタイらしい。

タイは、暑さのせいもあるのか、食と時間の境目が少しやわらかい。
昼ごはん、晩ごはん、夜食、みたいにきっちり分かれているというより、
お腹が空いたら、その街のどこかにちゃんと食べるものがある。
その柔らかさが深夜にも続いている。
夜中だから急にジャンクに振り切るのではなく、深夜でもちゃんと麺だったり、スープだったり、ごはんだったりする。
ここが好きだ。

しかもタイの深夜メシは、ちゃんと回復の思想がある。
辛いだけじゃない。
しょっぱいだけでもない。
熱、香り、汁気、米、そういうもので身体をもう一回整えようとしてくる。
夜中なのに、食べることがどこか生活のメンテナンスに近い。
そこがかなりタイっぽい。
食がイベントじゃなくて、呼吸みたいに街に組み込まれている。

そして、イタリア。

イタリアの深夜メシは、アメリカとタイのあいだにあるようで、でもやっぱりイタリアだと思う。
あの国は、夜が長い。
食事の時間そのものが遅いこともあるし、夜遅くまで人が動いている。
だから深夜に食べるものも、「もうどうでもいいから腹を埋めよう」だけでは終わらない。
ちゃんと美味しく終わりたい感じが残っている。

ここがイタリアっぽい。

夜遅くても、食べるならちゃんと食べる。
雑に胃へ突っ込むというより、遅い時間まで食べることを人生の延長として扱っている。
ピザでもいい。
パニーノでもいい。
場所によっては甘いものやジェラートだって入ってくる。
でもそこには、ただの背徳感だけではなく、「夜の楽しみ方の一部です」という顔がある。

イタリアの深夜メシって、どこか色気があるのだ。
疲れた身体に無理やり押し込む回復食というより、夜そのものを最後までちゃんと機嫌よく過ごすための食べ物。
そこに美意識が残っている。
深夜なのに、まだ食べることを少し雑に扱わない。
それがかなりイタリアらしい。

こうして並べると、かなり違う。

アメリカは、深夜になっても食べ物でしっかり勝ちにくる。
タイは、深夜でも食が生活の延長線上に自然にある。
イタリアは、夜遅くまで食べること自体にちゃんと文化がある。


つまり、深夜メシは、その国が食べ物をどう位置づけているかの答えなのだと思う。

ただ埋めるためのものなのか。
回復するためのものなのか。
夜を楽しみ切るためのものなのか。
そこが、深夜にはかなり正直に出る。
昼みたいに格好をつけていないぶん、むしろ本音が見える。

私は旅先で、夜遅くに何が食べられているかを見るのが好きだ。
観光名物より、そっちのほうがその国の「素」に近い気がするからだ。
酔った人が何を食べているか。
仕事終わりの人が何を持ち帰るか。
屋台で最後に残っているものは何か。
そのへんを見ると、その国が人をどう満たしているのかが少し見える。

深夜に食べられているものを見ると、その国の本当の食文化が見える。
私はわりと本気でそう思っている。
名物料理は、その国の表札かもしれない。
でも深夜メシは、その国の寝る前の本音だ。
そして本音のほうが、たいてい少しだけおもしろい。

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