現実と想像を行き来する密やかなぬくもり
創作大賞がこれほどのカオスだとは思っていなかった。
2万字をわずかに超える小説をひとつ書きあげるのが精いっぱいだった自分は、周りの熱量にただただ圧倒された。
あまりの作品数に、あの人のも読みたい、この人のも読みたいと思っているのだけど、読むのにかなりの集中力を要して、仕事して家事して娘の勉強を励まして妻とお互いの悩みとか考えとか言い合ったりなんかして、一日の終わりに、あまりnoteを読む力が残っていない。
読めないことが最近すごいストレスになっていることに気付いた。感想をたくさん投稿している人もいて、ただただすごい、と思って眺めている。
こういう時は開き直り。
読める時に読めばいい。
その記事の深いところまで掴めなくても、それはそれでしかたない。
そんなことを思いながら気になるけど読めていなかった作品を読み始めたのだが、三條さんのこのエッセイを繰り返し読むことに。
エッセイ、とはこういう作品を言うのかな、と、すごいものを読んだ感触が抜けない。
卵スープがちゃんと作れず涙がこぼれる最初の場面に、言葉にならない共感が湧いてくる。
時間がない。
うまくいかない。
些細なところで孤独。
上手く言えない不安に体全体が包まれること、生きてるとあるよね。
その後、
ひとりの時間ができたら、なにをしよう──。
の後から書かれる7つのこと。
これが、想像なのか現実なのかが分からない。
もっとちゃんと読まないと。
何度か読んだけれど、想像なのか現実なのか、分からない。
ごめんなさい、三條さん、と心の中でつぶやく。
自分のリテラシーのなさを呪いたくなりながらも、その文章に魅了されていく。
ゆっくりと本屋で時間をかけて本を選ぶ。
のんびりとカフェで過ごす。
花を育てる。
美術館に行く。
海に行く。
映画に行く。
旅行をする。
子育て。生活の優先順位ががらりと変わって、あんなに簡単に出来ていたことが出来なくなる。
「今を大事に」出来ない。
時間があれば、疲れ切った体と頭を休ませたい。
娘の小さな頃の写真を見ると、そんな頃を思い出す。妻は僕の何百倍も大変だっただろう。
保健師に夫婦で相談にいったこともあった。
「今、10分座ってコーヒーを飲む時間ありますか?」と言われた。
(あるわけないだろ…)と心の中で思いながら、そうですね…と頷いた。
このエッセイは、ちょっと切ないけれど温かい。
ぬくもりが心地よい。
卵スープがメタファーなのか、僕には分からないけど、ほんの少し、自分の大切なものが心の真ん中に戻ってくるそんな夜に、
僕も卵スープをつくってみようと思う。
三條さん、素敵なエッセイ読ませていただきました。いつか、僕の頭にもう少し余裕が出来たら、もう1回読ませてください。
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arji
