物語のような日常エッセイ#1 【もしも、ソファがしゃべったら】 ── 帰ってきた私を、いちばん最初に知っている場所
ソファは、見ている。
ずっと、見ている。
この家の真ん中に、どっしりと腰を下ろして。
帰宅して、私がソファの後ろを通りかかる。
すると彼は、すぐにこちらの気配に気づく。
「どこ行くの」
今度は、すぐ横に立ってみる。
座ってもいないのに、クッションが心なしか少し沈む。
「座らないの?」
ソファの願いは、いつだってとてもシンプルだ。
「座って」
ただ、それだけ。
でも、私はすぐには座らない。
仕事から帰ってきたあとの家には、片付けなきゃいけない現実が山積みだからだ。
夕飯を作って。
洗濯機を回して。
あちこちを片付けて。
その間もずっと、ソファの視線を感じる。
「まだ?」
「もういいでしょ」
「ほら、座っていいんだよ」
何も言っていないはずなのに、驚くほどはっきりと聴こえてくる。
知っている。今座ったら、二度と立ち上がれなくなることを。
彼はただ、じっと待ち続けている。
「疲れてるよ」
「休んでいいよ」
「もう、十分に頑張ったよ」
甘やかすようなその言葉だけが、静かな部屋の中にずっと満ちている。
──よし、やっと全部終わった。
私は、ようやくソファの前に立つ。
愛おしい特等席を前に、少しだけ間をあけて、
どっかり。
体重を預けた瞬間、ソファがふっと深く沈み込む。
「遅い」
呆れたような声。でも、背中から伝わる感触は、少しだけ嬉しそうだ。
「おかえり」
私は一言も発していないのに、全部の気持ちを先回りして言われている気がする。
結局、このソファが私のことを一番よくわかっている。
そして私は今日も、
“座ることにすら、少しだけ心の準備が必要な自分”のままで。
心地よくて、ちょっとうるさい我が家に、どっぷりと身を委ねている。
この家の中で、静かに、でも愛おしくおしゃべりをしているモノたちの物語を、ひとつのマガジンに全部まとめてあります。
家事の合間に、あるいは夜眠る前のひとときに。
いつでもこの扉を叩いて、彼らに会いにきてくださいね。
前回のお話です↓物語のような日常エッセイ
