木次線を走ったSLが埼玉・草加に!
今回は木次線に興味がある鉄道ファンやSL(蒸気機関車)が好きという方に特にお届けしたい情報です。先日、こちらのアカウントを運営されているだるまさんから拙noteにコメントを頂戴し、教えていただきました。
島根県から遠く離れた埼玉県の草加市に、なんとかつて木次線を走っていたSLが保存展示されているというのです。だるまさんに共有していただいた画像を見ると、いくつかの集合住宅らしきビルを背景にした一角に、黒光りした車体が堂々と鎮座しています。


SLの型式はC56110。案内板と思われる画像の「あらまし」によれば、昭和12(1937)年に製造され、その年に木次機関区に配備。昭和44(1969)年まで木次線を中心に活躍していたようです。昭和47(1972)年に廃車となり、「この氷川中公園に設置保存された」とあります。
木次線ポータルサイト(地元の木次線利活用推進協議会が運営)で探したところ、確かに木次線を走っていた頃の写真が掲載されていました。

ちなみに映画『砂の器』(1974年)に出てくるSLは実際には木次線を走っていなかった「D51620」です。そのあたりの事情についてはこちらの記事をお読みください。
SLが置かれている場所は、草加市の氷川中公園(氷川第1児童遊園)。東武伊勢崎線(スカイツリーライン)・草加駅の西口にほど近い場所で、すぐそばには草加の総鎮守、草加神社があります。

「氷川」という名前にピンときた方もいらっしゃると思います。埼玉や東京には氷川神社と名のつく神社が多数あり、スサノオノミコト(須佐之男命)や妻のイナダヒメノミコト(稲田姫命)といった出雲の神様が祀られています。
実は草加神社も元々は氷川神社でした。明治の末に周辺の神社を合祀したため「草加神社」に改称された歴史があり、今もこの地区の住居表示は「草加市氷川町」です。
「氷川」の名前の由来ですが、一説によると、かつてこの地域(武蔵国)を開拓したのが出雲出身の人々で、「氷川」の名前は出雲を流れる大河、斐伊川(ひいかわ)から来ているとも言われています。

斐伊川は、神話に出てくるスサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治の舞台でもあります。木次線沿線の奥出雲町にある船通山(せんつうざん)に源を発し、下流の出雲市から宍道湖、中海を通って日本海に注いでいます。
木次線を走ったSLが、なぜ草加市の公園で保存されることになったのか、その経緯はわかりませんが、もしかすると、神様に関わる何かのご縁があったのかもしれません。だるまさんによると、SLは長年風雨にさらされている割にはきれいな保存状態で「地域の方が大事にされているのかも」とのことです。
草加市近辺にお住まいの方はもとより、遠くの方でもお出かけになる機会があれば、ぜひ氷川中公園にお立ち寄りいただき、SLが木次線を走った往時に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
★木次線の歴史を知りたい方にもぜひ!映画『砂の器』を生んだ風土、人、時代を探る1冊です。
