「早く大きくなって」と思っていた私が、2歳の息子との時間を惜しく思った日
私は普段、
日本の祝日が来ると、少しだけ身構える。
夫は仕事。
娘は学童。
だから祝日は、
私と2歳の息子が二人で過ごす日になる。
息子と一緒にいたくないわけではない。
むしろ、
二人で過ごす時間は大切だと思っている。
ただ、2歳児との一日は、
ほんの少しだけ勇気がいる。
朝から、
「今日は何をしよう」
と考える。
外に出ようか。
家で過ごそうか。
どこかへ連れて行こうか。
そんなことを考えながら、
私はいつも、心の中で少しだけ準備をする。
「よし、今日は息子と二人だ」
と。
いつもと違う。
夫もいない。
娘もいない。
いつもなら四人で過ごす時間が、
私と息子の二人になる。
だから祝日の朝は、
ほんの少しだけ気合いを入れる。
2歳児は、
何をするにも時間がかかる。
言うことを聞いてくれない。
急に泣く。
かんしゃくを起こす。
急に怒る。
「イヤ」と言われる。
そして、こちらが急いでいるときに限って、
なぜかゆっくり歩く。
一日中一緒にいると、
「早く大きくなってくれたらいいのに」
と思ってしまうこともある。
私も、そうだった。
今日は山の日。
娘を学童へ送ったあと、
息子を近くのモールに連れて行った。
そこで少し時間を過ごした後、
息子がずっと手に持ったまま離さず、
欲しそうにしていた
ゴミ収集車のトラックのおもちゃを買った。
息子は嬉しそうに、
小さな手でトラックを握りしめている。
その姿を見ていると、
「かわいいな」
と、私まで嬉しくなった。
そのあと、公園へ向かった。
買ったばかりの収集車を持って、
息子は夢中になって遊んでいる。
私はその姿を眺めていた。
公園は暑い。
とにかく暑い。
私も息子も汗だくだ。
「暑いなぁ」
と思いながらも、
不思議と嫌ではなかった。
しばらく公園で遊んでいると、
息子が珍しく、
「あっち行きたい」
と車を指差した。
暑すぎたのだろう。
私は、
「じゃあ、図書館に行こうか」
と、息子を連れて近くの図書館へ向かった。
図書館には子ども向けのスペースがある。
コンピューターで遊べたり、
迷路のような場所があったりする。
息子はそこで楽しそうに遊んでいた。
私も一緒になって遊んだ。
かくれんぼをすると、
少しでも私の姿が見えなくなると、
「ママ?」
と探す。
「ここだよ」
と顔を出すと、
安心したようにまた遊び始める。
その姿を見て、
私はなんだか嬉しくなった。
そのあと、スーパーへ行った。
私はゆっくり買い物をする。
息子は、その後ろをちゃんとついてくる。
走り回らない。
勝手にどこかへ行かない。
私が商品を見ていると、
そのそばで待っている。
たまには私の前を歩いて、
まるで私をリードするように歩く。
そして突然、
店内に流れている音楽に合わせて踊り出す。
私は思わず笑った。
そんな息子を見ながら、
「大きくなったな」
と思った。
私はずっと、
「2歳児は大変だから、
二人きりで過ごすのはきついな」
と思っていた。
でも今日、
二人きりで過ごしてみて気づいた。
私は、息子の成長を
ちゃんと見られていなかったのかもしれない。
家族四人でいると、
どうしても私は息子を、
「大変な2歳児」
として見てしまう。
泣く。
怒る。
走る。
「イヤ」と言う。
手がかかる。
でも今日、
二人きりで過ごしてみたら、
そこには、
私が思っていたより
ずっと大きくなった息子がいた。
ちゃんと私について歩く。
私がいなくなると探す。
自分の行きたい方向を示す。
音楽が聞こえたら踊る。
そして、
「ママ」
と呼ぶ。
2歳なら、
当たり前なのかもしれない。
誰にとっても、
特別なことではないのかもしれない。
でも私にとっては、
とても嬉しかった。
私は、息子はとてもパパっ子だと思っている。
パパが大好き。
お姉ちゃんも大好き。
二人の後をついて回ることも多い。
私は家族の中で、
あまり気に入られていないような気がしていた。
「私よりパパのほうが好きなんだろうな」
そんなことを、
勝手に思っていた。
でも今日、
「ママ?」
と私を探してくれる息子を見て、
私は少しだけ安心した。
ちゃんと私も、
この子の世界の中にいるんだ。
そう思った。
そして、
もっと二人の時間を作りたいと思った。
特別なことじゃなくていい。
公園に行くだけでもいい。
図書館に行くだけでもいい。
スーパーで買い物をするだけでもいい。
今日みたいに、
二人で歩くだけでもいい。
子どもは、
本当にあっという間に大きくなる。
今はまだ、
「ママ?」
と私の姿を探してくれる。
少し離れると追いかけてくる。
私の後ろをついて歩く。
手をつなぐ。
抱っこを求める。
音楽が流れれば、
突然踊り出す。
小さな手で、
お気に入りのおもちゃを握りしめる。
でも、
いつかそれをしなくなる。
「ママ?」と呼ばなくなる日が来る。
私の姿を探さなくても平気になる。
スーパーでは、
私の後ろではなく、
自分の行きたい場所へ歩いていく。
手をつなぐことを嫌がる日も来る。
抱っこだって、
「もういい」
と言われる日が来るかもしれない。
今は、
「早く大きくなってほしい」
と思うことがある。
早く一人でできるようになってほしい。
早く手がかからなくなってほしい。
早く楽になりたい。
そう思ってしまう。
でも今日、
その「早く」が、
少し怖くなった。
早く大きくなってほしいと思っているうちに、
本当に大きくなってしまうから。
子どもが成長するということは、
嬉しいことなのに、
同時に、
「私のところから少しずつ離れていく」
ということでもある。
子育てって、
子どもを大きくすることだけじゃない。
少しずつ、
自分の手から離していくことなのかもしれない。
そう考えると、
今の「大変」は、
いつか私が恋しくなるものなのかもしれない。
今は、
「ママ、ママ」
と呼ばれることが、
少し面倒に感じる日もある。
「ちょっと一人にして」
と思うこともある。
でもいつか、
どれだけ呼んでもらいたくても、
もう呼んでもらえない日が来る。
そう思うと、
今のこの声を、
もっとちゃんと聞いておきたいと思った。
今日の、
「ママ?」
という小さな声。
あの声は、
今しか聞けない。
今日しか聞けない。
2歳の息子が、
2歳の今だからこそ呼んでくれる、
「ママ?」
だから。
今日、息子と二人で過ごしてよかった。
暑かった。
汗だくだった。
少し疲れた。
でも、
そんなことはどうでもよくなるくらい、
大切な一日だった。
きっと私は、
今日のことを全部は覚えていない。
何を買ったのかも、
何を食べたのかも、
図書館で何をして遊んだのかも、
いつか曖昧になっていく。
でも、
小さな手でゴミ収集車を握っていたこと。
汗だくになって公園で遊んだこと。
図書館で私の姿を探して、
「ママ?」
と言ってくれたこと。
スーパーで突然踊り出したこと。
私の後ろを、
ちゃんとついて歩いてくれたこと。
そんな何でもない一日を、
私は忘れたくない。
いつか息子が大きくなって、
私の手を必要としなくなったとき。
私の姿を探さなくなったとき。
「ママ」と呼ぶ回数が、
少しずつ減っていったとき。
私はきっと、
今日のことを思い出す。
そして、
「あの頃に戻りたい」
と思うのかもしれない。
でも、
戻ることはできない。
だから今、
この小さな手を握れるうちに。
「ママ?」と探してくれるうちに。
私の後ろをついて歩いてくれるうちに。
もっとちゃんと、
この時間を覚えておきたい。
2歳児との時間を、
「大変な時間」だけにしたくない。
いつか私が恋しくなる時間なのだと、
忘れないでいたい。
今日の山の日は、
家族四人で過ごした休日ではなかった。
夫はいない。
娘もいない。
息子と私、
二人だけだった。
でも、
その二人だけの時間の中で、
私は初めて気づいた。
息子は、
私が思っていたよりずっと大きくなっていた。
そして私は、
思っていたよりずっと、
この子との時間を大切に思っていた。
帰りの車の中。
息子はもう眠っていた。
お昼寝もしないで、たくさん遊んだ一日。
疲れたのだろう。
ただ、それだけなのに、
なぜか少し寂しくなった。
この子は今日も、
昨日より少し大きくなった。
明日もきっと、
また少し大きくなる。
私が気づかないうちに。
私が「大変だな」と思っているうちに。
私が「早く大きくなって」と願っているうちに。
そしていつか、
この後部座席から、
小さな寝息が聞こえなくなる日が来る。
その日になって私はきっと、
今日の暑さも、
汗だくになった公園も、
ゴミ収集車のおもちゃも、
図書館の迷路も、
スーパーで踊る小さな背中も、
全部、
宝物だったのだと気づくのだろう。
だから今は、
少し大変でもいい。
少し疲れてもいい。
もう少しだけ、
「ママ?」
と呼ばれる毎日を、
味わっていたい。
いつか、
どれだけ耳を澄ましても聞こえなくなる、
その小さな声を。
今の私は、
ちゃんと聞いておきたい。
そして、あなたも。
もし今、
2歳の子どもとの時間を
「大変だな」と思っているのなら、
どうか、その時間を
大切にしてほしい。
今しか見られない小さな姿が、
きっとそこにはあるから。
