かくして、僕は今日も昭和映画館に足を向ける。
今より、ずっと混沌としていた時と街で、
僕は映画の森の中を彷徨い、何かを探し続けていた。
何を、って?
それが分かっていたら、あんなに映画に夢中になれるわけない。
けれど、求めているものが、そこにあって、いつか見つかる気がした。
だから僕は今日も、ポケットの中の期待と不安が溶け合った感情を握りしめて、昭和映画館に足を運ぶ。
第2回「さらば友よ」Part1
愛だとか、絆だとか、友情だとか。
そんな得体の知れない、不確かなものを声高に叫ぶほど、それらが安っぽく聞こえ、あからさまに、隠すことなく拒絶する僕がいた。
けれど、それを心の奥底では求め、与えられたいと願っていたのも僕だ。
二律背反。
まったく、若いというのは厄介だ。
その映画をどこで見たか、いつ頃だったか、まったく思い出せない。
大学にもいかず、就職もせず、バイトに明け暮れ、だから友達と会うこともなければバイトで友達を作ることもなく、家族からも放ったらかしにされていた僕が逃げ込む場所といえば映画館しかなかった頃の話だ。
けれど、観ようと思った動機は覚えている。
チャールズ・ブロンソンが出ていたからだ。
「んー、マンダム!」
この一言で丹頂は資生堂から男性化粧品のシェアを一気に取り戻した。
それまで国産の男性化粧品といえば資生堂のMG5一色。
黒と銀のギンガムチェックで統一されたブランドこそが若い男たちのルールだった。CMだって英国人とのハーフでモデルとしての人気急上昇中の団時朗。相変わらずリーゼント組は髪が油でベトベトになる丹頂チック(ポマードではない、チックだ!)を使っていたが、女の子の目を気にする男の子たちはサラサラの髪で少しだけ香る柑橘系のMG5こそ、新しくカッコいい男の子の化粧品だと受け入れた。
女の子たちの目にどう映っていたのかはともかくとして。

そこへ殴り込みをかけたのが丹頂の「マンダム」シリーズだった。
CMキャラクターに採用されたのはチャールズ・ブロンソン。
すでに「荒野の7人」や「大脱走」などでバイプレーヤーの名声は得ていたものの、それは映画ファンの間で、という注釈つき。
団時朗に比べれば中年だし武骨だし髭だらけでテンガロンハットで汚い水を汲んで頭から浴びちゃうし、と男性化粧品とは思えないCMだった。
そして最後に一言だけ。
「んー、マンダム!」
男の子たちはみんな、うすうす気がついていた。
どんなに頑張ったって団時朗にはなれないんだよ、と。
そこへ登場したのがブロンソン。
中年?それは成熟した男のことだろ。武骨?ワイルドでいいじゃないか。清潔で爽やか?うん、それだけは必要だ。
かくして、けっして若くもなければ美男子ではないのに堂々と、なにひとつ隠すことなく登場したブロンソンの姿に衝撃を受けた男の子たちは、こっそりとMG5からマンダムへと鞍替えしていく。
「荒野の7人」も「大脱走」もリアルタイムでは観ていない。CM公開当時の「狼の挽歌」はピカデリーで封切られた時に観に行ったがつまらなかった。やたらとパンフレットが豪華で高かったのを覚えている。
アラン・ドロンと共演した「さらば友よ」もブロンソンが主役の「雨の訪問者」も、まだCM前だったので当然、観ていない。
たぶん、当時の僕はCMのブロンソンだけが、好きだったのだろう。
成熟した大人、武骨でもカッコいい、と単純に憧れだけを抱いていた男の子だったのだ。
20歳の頃、特別な1冊の本に出会った。
それは私の中の鍋に特別な材料を入れて、熱く煮立たせるのに十分な重みがあった。
本は映画と同じくらい好きだった。といっても純文学などの類えはなく、日本の推理小説ばっかり。松本清張とか高木彬光とか西村京太郎とか。それからたまにドキュメンタリー。
その本は雑誌「プレイボーイ」の書評でわずかに触れられていただけだったけれど、冒頭の書き出しが洋画のファースト・シーンを思わせるイメージだったので、すぐに書店へ行った。
それはギャングやマフィア、ヤクザや刑事、私立探偵が主役ではないハードボイルド小説だった。当の作家はハードボイルドに括られることを嫌ったけれど、ハードボイルドの定義に掠っていることは間違いなかった。
その本の影響だろうか、指向する映画もハードボイルド系の内容が多くなった。といっても日本の任侠物はまったく肌に合わず、ゴッド・ファーザーに始まるマフィアものも馴染めなかった。
僕が好んで観に行ったのはフィルム・ノワール。日本映画よりもアメリカ映画よりも、フランス映画が好きだった頃だ。
アラン・ドロンはたいして好きでもない俳優だったし、ブロンソンはその後、リバイバルの「大脱走」や「荒野の7人」を観たけれど、そこにいたのはCMで憧れたブロンソンではなかった。
けれど「さらば友よ」のストーリーを読んだ時、そこにはCMのブロンソンがいるような予感が、した…。

Part2に続く
