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北海道の廃線跡探訪 第120回 江差線廃止区間(1/4)木古内~吉堀間


1.ごあいさつ

ご訪問ありがとうございます。

北海道の廃線跡探訪 第120回 江差えさし線廃止区間その1 木古内きこない吉堀よしぼりです。

江差線は廃止からそれほど時間が経っていないので、駅舎以外の線路や鉄橋などの施設はまだ多くが残っています
これから施設の撤去や路盤の改変が予想され、上ノ国かみのくに町内では線路撤去が進んでいます。

なお、これからの投稿予定路線などは、初回記事にありますので、そちらをご覧ください

2.江差線小史

江差線は1913(大正2)年9月15日五稜郭ごりょうかく上磯かみいそ上磯軽便線として開業、1922年9月ほかの軽便線と同時に「軽便」がとれ、上磯線となる。なお、「軽便線」といっても、岩内線や万字線などと同様、ナローゲージではない
上磯からは鉄道敷設法に定められた木古内線として着工、1930(昭和5)年10月25日上磯~木古内間1935年12月10日木古内~湯ノ岱ゆのたい上磯線として開業した。
最後の湯ノ岱~江差間は1936年11月10日開業、同時に五稜郭~江差間江差線と改称されている。

江差線は国鉄再建法による特定地方交通線指定を免れたが、津軽海峡線の開業により、五稜郭~木古内間が電化のうえ一体運行されるようになった一方、木古内~江差間の輸送量は減少が続き、2011(平成23)年度の輸送密度は41人と、JR北海道の路線で最低となる。
これは全国の特定地方交通線で、最低かつ唯一の2桁台の輸送密度だった美幸線の82人のちょうど半分であり、2014年5月12日木古内~江差間42.1㎞は廃止された。

3.木古内

1/5万地形図「木古内」平成20年修正に加筆

木古内駅舎北海道新幹線開業にともない改築され、北口も設けられている。
道南いさりび鉄道の待合室には、展示スペース「きこない鉄道コレクション」があり、JR北海道時代の木古内の駅名標や江差線、松前まつまえ線のサボなどが並んでいた(なぜか上砂川線や石勝線の複製サボも並んでいる)。

メインの南口正面には道の駅「みそぎの郷 きこない」ができ、閑散としている駅とは対照的に観光客のクルマで賑わっている。

①木古内駅舎 JR北海道は北海道新幹線の駅 2023年5月撮影
①道南いさりび鉄道の待合室の展示スペース 2024年10月撮影

立派になった駅舎とは対照的に、木古内を通る在来線の定期列車は、五稜郭~木古内間の第三セクター道南いさりび鉄道のキハ40とEH800牽引のコンテナ貨物列車だけになってしまった。

駅舎と道の駅の間にあるバス乗り場には、ちょうど松前行きと江差行きの代替バスが来た。

5人以上の乗客を乗せて出発した通常型バスの松前行きに対し、江差行きはコミュニティーバスによく見られる小型のマイクロバスで、乗客は旅行客と地元客の2人だけだった。車体正面には直接「木古内・上ノ国・江差間運行バス」と書かれていたから、この区間専用らしい。

①左は「みそぎの郷 きこない」側に停まる松前線代替バス、右は駅舎側に停まる江差線代替バス 2019年5月撮影
①江差線代替バス 2019年5月撮影

取材途中で見かけたバスにも1人か2人しか乗っていなかったから、江差高校行きの3便以外はマイクロバスで充分な需要しかないのだろう。

4.木古内~渡島鶴岡おしまつるおか

江差線第1木古内川橋梁を渡った先、道道5号江差木古内線の踏切手前で津軽海峡線から分岐、次第に離れていく。

かつては複線状に松前線と江差線が並んでいた第1木古内川橋梁は、現在は複線の津軽海峡線の橋になっている。

②踏切から木古内方(第1木古内川橋梁)を望む 左手に分かれる灰色のバラスト部分が江差線
2019年5月撮影

踏切にはまだ線路を撤去した跡も生々しく、バラストだけになった路盤が北海道新幹線の高架へ向け続いている。

②同地点から渡島鶴岡方を望む 2019年5月撮影

やがて高架の手前で線路が復活、撤去された踏切以外は、営業当時とあまり変わらない姿で、一直線に農地の中を進んでいる。

③踏切跡から木古内方を望む 2019年5月撮影
③同地点から渡島鶴岡方を望む 2019年5月撮影
④北海道新幹線高架下から渡島鶴岡方を望む 2019年5月撮影

鶴岡地区の踏切先には、北海道夢れいる倶楽部の運営する道南トロッコ鉄道「平成鶴岡駅」があり、駅名標や枕木を重ねた簡単な乗降台、トロッコ(軌道自転車)用転車台も設置されていたが、近年は運行されていないらしい。

⑤道南トロッコ鉄道「平成鶴岡駅」

2019年には、ここから渡島鶴岡を経て、吉堀手前の「キーコの郷」までトロッコ列車が運行されていたので、線路は「生きて」いた。

5.渡島鶴岡~吉堀

1/5万地形図「木古内」平成20年修正に加筆

渡島鶴岡は1964(昭和39)年12月、宮越みやこしと同時に設置された旅客専用駅(無人)で、ホームと待合室のみの、仮乗降場クラスだった。

廃止後は道南トロッコ鉄道「鶴岡公園駅」となり、待合室も切符売場に転用されている。

⑥道南トロッコ鉄道の切符売り場に転用された渡島鶴岡の待合室 2019年5月撮影

道南トロッコ鉄道では、ここから江差方の「キーコの郷」まで、軌道自転車が運行されている。

ホームもそのまま(ただし立ち入り禁止)だが、駅名標は書き換えられている。

⑥渡島鶴岡のホーム 2019年5月撮影(タイトル写真も同じ)

「キーコ」とは木古内町の公式キャラクターの名で、道南トロッコ鉄道の案内やパンフレットにもよく使われている。

渡島鶴岡から「キーコの郷」までは道南トロッコ鉄道の「営業路線」だから、線路も江差線営業当時のままになっており、かつては道道5号に近づくあたりまで線路は残っていた。

⑦踏切跡 渡島鶴岡方を望む 2019年5月撮影
⑧踏切跡から渡島鶴岡方を望む 前方線路上の白い板は「キーコの郷」 2019年5月撮影
⑨残っていた線路の終端 渡島鶴岡方を望む 2019年5月撮影

線路が撤去された路盤はカーブした道道にいったん取りこまれるが、すぐに復活、ここには土留め擁壁が残っていた。

⑩復活した路盤と擁壁 2019年5月撮影

今回はここまでです。

おしまいまで読んでくださり、ありがとうございました。

次回は、吉堀から神明しんめい向かいます。


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