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蘭 第3話 桜は香って季節はめぐる

 中学三年生は、少し真剣に物事を考えていく、そんな時期だった。クラスの友達が女の子と初めてちょっと真剣に付き合って、自分のことをなんでもかんでも友達に話していると聞き、その女の子と別れた。それもまた春だった。出会いと別れは大抵春にあるものみたいだ。だだっ広い遊具も何もない校庭には桜が並んで咲いている。学生服を羽織るだけ着てるやつが教室にはちらほらいて、シャツだけを着てる友達が校庭を笑って走っている声も聞こえた。うつ向いてポケットに手を突っ込んで何かを考え歩いている人がいて、頬杖をついて静かに窓の外を見てる人もいた。時に風がさっと冷たく吹いて、開け放たれた窓のある新しいクラスに何かさびしさが残っていた。カーテンの揺れる窓辺に僕は友達といて、ただぼうっとしていた。彼は頬づえをついて何やら考えていた。僕は窓にもたれて外をみていて、野球部の掛け声がテンポよく聞こえていた。

「女って、面倒くさい。」と彼はうんざりしたようにぼそっと言い、それにひどく違和感を覚えて振り返る。彼は本当にうんざりしているようで、けだるそうな顔をしていた。女って?僕は頭を回る違和感について、窓からグラウンドを見てしばらく考えていた。外から聞こえる野球部の掛け声がいつもと違って聞こえてきて、もうすぐ春季大会があるのだとクラスメイトが言っていたことを思い出した。
蘭といるとものの見方がぐんと変わるなと僕は思う。女だからとか男だからとか、そんなふうなものの見方をして人に何かを押し付けたり意見を言ったりしたことはなかったけど、蘭といると本当にそういう考え方って馬鹿らしいと思うようになる。閉鎖的で、なにかで塗り固められた考えはどこにでもあることに気がつく。そしてそういう閉鎖的な考え方が、本当に人を傷つけてしまう可能性を秘めるということも知った。その考え方に見方にうんざりして、苦しんでいる人がいるということも想像できた。僕の感じる小さな違和感はすっと過ぎるのではなく僕の中に異物として残るようになった。からからと音をたてて、正体を見せていった。僕はそれを見る、知ろうとする。目で見て尋ねて、知り考える。

蘭といて僕はなにかとても大切なことに気がついていくのだ。僕の中にぽんぽんと何かが満ちていくように。僕らはちっぽけな基準で、小さな箱の中だけでみつけた基準で物を見ているんだから。その中にある景色を全てだと思って生きている。きちんと、ここだけではない場所が在るのに。それを知らずに、あるいは知ろうともせずに、そしてそんな場所から抜けようとしない人は沢山いる。そうして大人になっていく。その中にある世界だけを見て、離れず、何かを判断し、嫌い、批判してみたり、けなしてみたりする。こんなに若いのに、こんなに世界は広いのに、どうして決めてしまうの。どうしてもっと見ないの。蘭が言うのが聞こえた気がした。

 風がひゅっと舞って僕の髪をくすぐり、窓に近い桜が僕を誘う。手が届きそうな距離にあるその桜は、綺麗な淡いピンク色で、風になびいてさらさらと揺れていた。
 
 
 ある夜、僕は「アイスを買いに行こう」と窓を開け放しても扇風機をまわしても暑くて仕方のない部屋の窓から蘭を呼んだ。外に出ると濃いピンクと青が、互いに色を混ぜることなく空をつくっていた。歩いて10分のコンビニへ行き、蘭はジュースを、僕はソーダ味のアイスを買った。コンビニを出てすぐ、蘭はジュースをゆっくりと飲む。僕らの横を通り過ぎてく何台もの車、このまま真っすぐ車の行きかうこの道路を真っすぐに帰れば早いけど、ぼくらはいつも途中で曲がって、大通りを歩いて帰る。

 僕は一瞬でなくなったアイスの棒をくわえたまま、ぼうっと前を見ている蘭の腕を引いて角を曲がった。彼女はこの頃いろんなことを考えていた。自分自身に関してか、誰かのことか。不貞腐れた顔などせずただどこかを見て考えている。むりやり急な成長を強いられているみたいだなとおもって、僕はそれを見ていた。前とは違う表情。蘭の良さが、魅力なはずのものが急速に、ものすごい強い力でなくされていくみたいだった。それくらい、これまでとは違う顔。どこかを見る、キュッと厳しい顔をして考えこむ。そういうときの僕の顔をみて、ただ蘭はハッと我に返るか、困ったように笑った。きっと肝心なことだろ?という出来事は言うことができない人だ。傷ついていても、新しい傷をつけていても、無意識的に隠して「なんでもない。」と鼻にしわを寄せて笑う。そういう時、僕は傷ついていた。
 彼女を助けたいと思う人が、僕以外にも多くいるということを彼女は信じてないみたいだから。蘭は信じている、と真剣に言う。そして僕は違う、と思う。彼女は大好きだ、彼女の周りにいる人が。だけど信じるというのではないそれは。それは彼女が思っている以上に根深く、難しいことになっている。蘭は自分の中にある助けてほしいと切に願っていること、もしくは期待が多く含まれている話を人に広げて見せることは出来ないと思っている。それを助けられる人は、受けとめられる人は凄く少ないと察知している。あるいは拒絶されることをあまりにも怖がっているのかもしれない。それを見せて、それがただ空間に漂うだけになる可能性を。蘭は信じきるということができないんだろう。それはきっと、僕らにはどうしようもできない逆らうことのできない力で、時で、蘭にそう思わせたんだろうから。きっと長い時間を、いくつもの瞬間を超えて。蘭の持ってるその一部はどぷんと音を鳴らし、その存在を彼女に示し続けていて、とっても重たすぎるから、感情は心は彼女自身は、容易にバラバラと、レンガががらがらと音をたてるように、大きな魚の虹色の鱗がぼろぼろとおちていくみたいに、予期せぬ涙のようなとりとめなさでただただ流れ落ちてってしまうと思うんだろう。自身の何かが、あるいは全てが弱くなっていくと思うのだ。僕にはそれがわかる、僕もそうだったから。

何を怖がっていたのか、何故あんなにも一人に慣れていたのかもわからなかったけど。ぼくと同じ考え方をする彼女に会って知る。
どうしてこんなにも考えることが同じなんだろう。一人でいくしかない状況を受け入れるんだろう。
 
 僕らはぐるりと歩き、だだっ広い駐車場のところにいた。蘭は下を向いて歌を歌っていて、僕はフェンスに寄り掛かって風に身を任せていた。歌い終わり、行き交う車を睨みつけて音をたててジュースを飲んで不貞腐れた顔をする。

「僕に話したいことはないわけ?」
「ないよ。険しい顔してたんだ。ごめんごめん」ぼくを振り返って涼しい顔でそういった。
「それおいしい?」僕は軽く息をついてそう聞く。
「うん。」
「最近やけに静かだ。」という僕の横で、しばらく蘭は何も言わずぼうっとしていた。
「ただ無防備でぽかぽかしたものをもって生きるなんてことはできないみたいだ。」独り言のように、静かな温度で僕に言った。

僕は蘭のことを見た。彼女はライトブルーの小花柄のスカートをはためかせて、車の通る様子をまた見ていた。外を誰よりも広く見て、全て吸収するかのように見るあの目で。僕ら皆が持つあの淡い光の存在に気がついた蘭が、それを捨てると選択したことを知った。だってそれは僕らを助けないだろうから。その淡い光が、それのもたらす弊害と威力が本当に強いことを僕らは知っている。僕も彼女も、僕らの環境でそれを持ち放って置けば、いずれつるのように根を張り、恐ろしいまでのエネルギーを放つことになると予感することができた。そういうことを予感するのに長けている。笑ってしまうくらい悲しくて皮肉な能力だ。だから自分の中にある確かな可能性、そういうのの存在を認めて見つめ始める蘭は、それを丸めて捨てることを選択する。冬眠に入る前の生き物たちが本能的にそれを始めるみたいに。きっと僕ら子供の方が、こうやって物事を見つめて認めることに秀でているんじゃないだろうか。それはこの世の悲しい常識かもしれない。

 蘭がたまに何かをぽろっとこうして僕にこぼす、すっとした目をしてふっと口にだす。まるでベルーガが呼吸するみたい。そしてその言葉で、蘭が大きな鱗を一つ捨てたことを僕は知る。何かを決めてパラリとそれを落とすけど、虹色の鱗は僕らのここから現れるんだろうか。


 


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