蘭 第6話 ピアス
時はめまぐるしく過ぎていった。でもたしかにいくつものことが過ぎていったのだ。行事とか、嫌な夜とか、わけのわからない朝とか。冬になり、僕らがコートを着てマフラーをグルグル巻きにして学校へ通う季節になったから、雪が降るんじゃないかなんて天気予報では言われていた。そんなころに彼女はピアスを開けた。いつの間にか。
ぼくはそれに気がついた日、ああそうかと思った。僕の胸がチクッと痛む、自分の無力さを感じる出来事ではあったけれど。
だってそれは楽しくて、蘭が笑ってやったわけではないだろう。僕はそれがわかってしまうから。それは蘭にとって切ない、必要な感覚みたいなもんだった。ばかげているとあの人だったら言うんだろう。でもこういうどうしようもない感覚が僕らにはある気がする。どうしても忘れたくないことを、感覚を残すために何かするのは、忘れて大人になっていくよりよくないかな。そしてそれは蘭が決めることだから。だから、少し切ない蘭の決意という以外何も思わなかった。そういう意味で、その行為は悲しいと同時に自然なことだった。
だっていくつものことが起こり、そのいくつものことが誰かにとっては当たり前で、誰かにとっては心をねじられるようなことだったから。いくつものことを蘭は変えたから。
だけどこの一つの出来事を、周りがきちんと知ることも放っておくこともなく、なにどうしたのあいつ、と興味を持たれているということを、練習試合のために蘭の学校へ行った時に知った。
なんでこんなにせまっくるしいんだろう、どこもかしこも。どうして放っておいてくれないんだろう。そんなのが蘭に何言ったってどんどん色を失うだけなのに。その場で何もかも蹴り飛ばしてめちゃくちゃにしてやりたい熱く煮えるような衝動に気がついて、それを吐き出すように僕ははーっと強く息を吐いた。
街中で僕がそれを見るとき、真っ白で冷たい凍るような空気にその動作は何かを芽吹かせることができる。だけどそれは何の色も動きも加えなかった。冷たくて、本気で何もかも思うままに破壊してしまいたいという衝動の現出を見ただけだった。
強く熱い、ぬぐっても残る嫌な感覚が僕の中にできた。これを持つのはしんどいことだ、と思った。
子供のままでいることに一体価値なんてものあるだろうか?
そんなことを願うやつの気が知れない。
僕の顔が酷く苦し気に歪んでいることに、ぼくは友達の驚いた顔をみて気がついた。
「なんでもないんだ。」と僕は言った。
一週間ほどたったある日、夜中に雪が降るという予報通り見事に雪が降っていくらか積もっていた。朝起きたら窓からはささやかに軽い雪が降っているのが見えた。雪はたまにしか降らないから蘭は喜ぶ。僕はそれを想って、蘭を起こすことにした。
「蘭。」僕は窓をあけて、窓のふちにたまる雪を軽く握って隣の家の窓に投げる。跳ねた雪が少し僕の顔にかかった。
「なにさしゅん。」と眠たそうな顔のらんが窓を開けながら僕に聞く。
「雪降ってる。」外を指さし言った。
「あ、ほんとだ。」蘭が空に目をやって、ふっと笑う。
「夜外行こっか」
「うん。蘭本読んでたろう?」蘭の部屋から覗くオレンジ色のあたたかそうな光。それにちらっと目をやって笑い、尋ねる。
「うーん。今は本読むというかぼーっとしてた。」部屋を振り返りながら答えた。
「昨日からずっと本読んでた?明かりがもれてた。」
「うん。今読んでる本すごくいいの。泣いてしまった、少し。」蘭は窓枠に頬づえをついて言った。
「次貸すね。どうしよ、そっち行こうかな。うーんもう少し寝る。」こっちに飛び乗ろうか窓に足をかけかけて、あまりの寒さに身震いし部屋に足を素早く戻した。蘭の部屋からは暖かい暖房の風が吹いている。
「じゃあまた夜ね。」
「ん。」蘭が窓を閉め、ベッドに倒れるのが分かった。僕も窓を閉めて勉強机に向かった。
コンと窓をたたく音がして、僕は外が暗くなっていることに気がついた。机に向かってノートをまとめていて、気がついたら外は暗く、部屋の明かりは机の上の電灯だけだった。机の上の電気を少し明るくして眼鏡をはずし、机におく。部屋全体の電気を消しにドアの近くまで行き、そこから暗い部屋に机の上の電灯だけの部屋を見ていると、なんだかその光景は絵画みたいに見えた。窓の方へいきベッドの上から窓に手を伸ばす。カーテンを開けると蘭の姿が見えた。
窓を開け窓際の雪を払う。雪はまだ降っていた。蘭もまた、勉強用の細い丸い黒縁の眼鏡をかけていて、あたたかそうなパジャマに分厚いカーディガンを羽織っていた。
「散歩いこう。」楽しそうに言う。
「うん。今何時?」
「うーんと、8時。しゅんの部屋寒。大きい窓開けてたの?」ぼくの部屋を覗き込むように前のめりになって尋ねる。
「うん。気持ちよくて。」
「うーほんと?想像しただけで寒い。」
「いつもじゃないよ。」と僕はいう。
「着替えるか。」と蘭は言って部屋に戻った。
ぼくは部屋義のスウェットのまま、分厚いニットを上から重ねて着て、クローゼットの奥に眠っていた一番あたたかいジャンパーを引っ張り出した。マフラーをぐるぐる巻きにして、分厚い靴下をはく。階段を降りると、リビングからいい匂いがしてオーブンでなにか作っているような音がした。
「ちょっと外行ってくる。」オーブンから何か取り出している母さんに声をかける。
「あ、そうなの。気を付けて。」
「うん。」と僕は頷く。ドアを開けると、雪がまだ朝と同じように、軽く舞うように降っていた。ガチャっという音がして、蘭が出てくると、僕は急に寒さを感じた。蘭は分厚いロングのカーキのジャンパーに、スウェットのパンツにブーツという姿で、ニットの帽子と同じ色のマフラーをぐるぐると巻きつけ、ニコニコしてこっちへ向かってくる。
「窓開けてたくせに、すんごいあったかそうな恰好してるじゃん。」といってケタケタ笑う。
「わっかんないよ。蘭と話したあと窓閉めたら、自然と準備してたんだ。出て来てみたらしっかり寒いし。」といって睨む。
「あはは。いこ」と笑って、招くように手を振った。
僕らは並んで歩いて暗がりに出て、彼女はマフラーと帽子とブーツやらの完全装備のおかげで寒さを感じないから、ヒャッホーと叫んで走り回っていた。走って行って、振り返って僕をみる。髪が揺れて、顔の前で跳ねる。満面の笑みで、幸せそうな顔が僕のまえで熱を発した。僕はなぜかほっとして、ジャンパーの首元に顔をうずめ笑う。そのままゆっくり歩いていると、前の方で彼女が歌いながら、何かを作ろうと奮闘し始めているのが見えた。外灯の下で、彼女がぼんやりと照らされている。僕は少し立ち止まった。周りに人は見えなくて、なんだかスノードームの中にいるみたいな気分になったのだ。僕は再び蘭の方へ歩いていって、横にしゃがむ。蘭は歌いながら雪だるまを作っていた。
「鼻と腕がいるねー。鼻はちゃんと人参にしたいな。」と蘭が言う。
「そんなでかいの作んの。作ったことあるの?」と僕は聞いた。
「んー。あったかなー。」と蘭は言って、手袋を取ってポケットに突っ込んでからきゅっきゅっとボールを作り始めた。そしてたったっと遠くへ走って行って、その雪玉を僕に向かって投げた。それは見事に僕の鎖骨下に命中した。
「へっへー。球技はできるもんね。」と言い笑う。僕はすぐに雪玉を作って高く高く投げる。それを蘭が上を見上げてよけようとしている間に、蘭のとこへ走っていってすくった雪を頭にかぶせるようにしてふわっと舞わせた。「きゃははは」と声をあげて蘭は笑っていた。犬みたいに頭をぶるぶるとふり、それを落とそうとする。僕の方に飛んできて、ほてった頬に跳ねる。僕が笑っていると、蘭がジャンパーにかかった雪を払い、手をはたく。
「小学生低学年くらいのころ、大雪が降った日に、家の前の公園に行ったの。その時に、大きな雪だるまを作ったんだよ。本当に大きな雪だるま。」
「そう。」
「うん、一生懸命転がして、妹もいて三人で。それで帰るときに、わたしが前を歩いていたの。すごく雪が積もっていたんだよ。それであの人が、わたしをとんて前に押したの。それで私は思いっきり前に倒れて、靴の中に雪がたくさん入って顔も冷たくて、びっくりしたの。それで、なんかわからないけど、笑われてるのも雪がたくさん入ったのも全部なんかびっくりして嫌で仕方なくて、急いで一人で家に帰ったの。歩くたび少しずつ泣きながら。それで一人で帰ったらさ、お母さんがチョコレートのホットケーキを作ってたんだよね。たまたま。チョコレート味のホットケーキなんて、その日が初めてだった。びっくりして、とっても嬉しくて、嫌だったことすぐ忘れたんだよね。あまりにも完璧で、うれしくてぴったりと心に幸福がとどいて。なんでだろう。」ポケットに手を突っ込み、一気に沢山しゃべった
子供のように、ハーっと息を吐く。そしてなんだかすっきりしたような顔つきをした。
「しゅん、そろそろ帰ろう。しゅんの家から今日すごくいい匂いがしたよ。」こっちを向いて笑い言う。
「今日オーブン使ってなにか作ってた。」
「いいなー。なんだろうね、いつもおしゃれだよね。パイとか?もしそうだったら一切れ取って来てね。そういうのって食べたことない。」
「分かった。窓のとこで渡すよ。」蘭を見ていった。
「うん。」蘭が頷いて、帽子を脱いでぱたぱたと振った。
「帰るんでしょ。」また遅くなっても蘭の父親がうるさいだろうなと思って僕は蘭の腕を引いた。少し急ぐ。
「うん。今日お鍋―」蘭は帽子を握りしめて、横を向いていった。
「明日、も雪降ってんのかな。明日はやんでよもういらない。」遠くを見た。
「そうだね。」僕はそう言って、蘭の手を引いて歩き始めた。玄関の前まで着くと、蘭を前から見て言った。
「明日も雪降ったら僕の部屋で本読もう。今気に入ってるやつ、持ってきて読めよ。僕今読んでるんだ新しいやつ。あったかくして、寝っ転がって一日中本読もう。」
「うん」と僕のことをぼうっと少し見てから息を吐くようにして言った。そして下を向くから、雪がまつげに重なっていく。ふいに家の明かりがともる方を向いてとっとっと、段差を上り明かりのつくドアの前へ行く。
「じゃあね。」と蘭が言い、
「うん。」とぼくは微笑んだ。
その日の夜ご飯はグラタンだった。
朝起きると雪は昨日よりも重たげに降っていて、グレー色の空だけど空気がすごくすごく澄んでいた。空気が冷たすぎるからそう感じるのだろうか。僕は起き上がってグリーンのニットに着替え、ジーンズをはいた。凄く分厚い靴下をはいて、下へ降りる。母さんはまだ起きていなくて、僕はシリアルと牛乳を出して冷蔵庫を足で閉めて机の方にもっていった。机の上に紙の切れ端が置いてあって、「今日は10時から出かけるので、好きにしてね。」と書かれていた。シリアルをすくって食べ、冷蔵庫からリンゴを取ってかじった。食べ終えると、手早く支度をすまして蘭を起こした。蘭はついさっき起きたと言い、パジャマにカーディガンを羽織っていた。
蘭は窓に肘をつき身を乗り出して
「ねっ、雪降ってんだ。あーあすんごく嫌な気分。お母さんがホットサンド作ってた。それもってそっち行くね。しゅんもいる?私つくるけど」雪を見て変に笑ってみせてからそういった。
「うんいる。お腹すいてきた。」
「おーけい。」と言うと走って部屋から駆けて出て行った。
ぼくは部屋の窓から身を乗り出して蘭の部屋の窓を締めて、僕の部屋の窓を開けたまま、ベッドに寝っ転がって本を読み始めた。しばらくすると窓のあく音がして、蘭がひゃーといいながら部屋に飛び込んできた。
「あーー冷たい。いやんなっちゃう。」といってしかめ面で紙にくるまったサンドイッチを僕のベッドのうえにおいてクローゼットから小さな毛布を引っ張り出す。それは少し色の褪せたサーモンピンク色で、大きな魚が描かれている。彼女が部屋から持ってきて僕の部屋のクローゼットに置いているやつだ。彼女はピンク色が好きではないけど、それは凄く気持ちよくて、懐かしい良い気持ちになって好きなんだと真顔で言い、窓から運ぼうとするからあわてて止めて玄関まで取りにいったことを覚えている。
それにくるりと包まって、本を開く。しばらく読んでいると、だんだんと表情が落ち着いていくどころか、ニヤニヤした顔で本から目を離さないままサンドイッチを手に取る。僕は笑いをかみ殺して、まだ少し暖かいホットサンドを手に取った。
僕らはただ寝っ転がって本を読みふけって、転がって、座っていて、気がついたら夕方になっていた。蘭は3食食べないとやっていられないタイプだから、お昼には僕は椅子に、蘭は地べたに座ってカップラーメンを食べた。そうして時間はあっという間に過ぎ去って、蘭は今二冊目の本を読んでいた。何度か声をかけたけど気がつかないから、僕も寝っ転がって足を壁にかけて新しい本を読み始めた。それはミステリーで、表紙に惹かれて学校で借りたものだった。図書館でこれを借りた時、カウンターに持っていくと後ろの棚と棚の間で誰かがクラスの男の子に告白していた。驚いて思わずおおと少し声をあげてカウンターの生徒に本を差し出したら、カウンターの学生が気づいて少し笑って、2人してその男の子を軽く冷やかしたことを思い出した。この本は季節の表し方とか、景色とか感情描写がとてもきれいだと思ってふと空の方を見たらいつのまにか雪はやんでいて、外はすっかり暗かった。蘭は窓に手をついてその空を見ていた。本をおなかに乗せて僕も外を見る。雪はやんでいた。空気が澄んでいるから、そこにはいつもよりはいくらか多くの星があった。僕は思わず「わ。」と小さな歓声を上げた。空気は澄み、星が浮かび肌はぴりりとする。空を見上げている彼女の目に映る光は、いつも以上に透明で澄んでいた。
薄暗い中でピアスが光る。ぼくは少し切ない気持ちになって、
「星のピアス」とつぶやいた。
「うん。星みたいなやつ。」彼女が先のとんがった小さな惑星のようなピアスに触れる。それは彼女にとてもよく似合っていた。きらっと光って、夜空に浮いてみえるようだった。僕らは寒さを忘れて、空を飽きることなく見ていた。
「星の名前とか場所とか覚えたいんだ。めっちゃ有名なやつとかでさえ、今はわからないんだけど。」ふいに蘭が言う。
ぼくは体を起こして「方向音痴だしな、蘭は。」困った顔でそう言う。
蘭は笑って、ぺたんと座って邪魔そうに髪をおだんごにまとめた。そのまま肘を窓枠にのっけて、ぼうっとしていた。
「最近は何か新しいことあったの?」そんな蘭を見て、ぼくは聞く。
「ん」彼女がこくんと頷いた。頬づえをついたまま一息つき、平らな声で話した。
「とってもケンカしたんだよーお母さんと。」頭を腕に押し付けるようにする。
「泣きながら叫んで私。なんで助けてくれないのって。なんで助けてくれないんだよって言ったの。そんなふうに思ってたんだな。そういうことを直接言うのは初めてだったよ。」そうか、と僕は静かに言う。蘭が母親に抱く気持ちは、他の誰に対するものとも異なっていた。あったかくて強くて、最もピュアで真っすぐだった。二人は何もかもすべてが似ていなくて、愛はあるのに不器用に交わらない、そんな感じ。
「わたしと妹が一番大切だっていうんだ、これまで何度か父親のこと聞いた時にいつも。」
ぼくは何も言わずただ彼女を見ていた。
「ここにずっといたら何かがおかしくなっちゃうって思ってるの、疑問にも思ってるこの環境を。いつもただあの人に言っていた。そんなふうにお母さんといないでくれって、そういうふうに私に接して、そうやって在らないでくれって。私だけが、何かを察知したり感じたりする能力が強いのだろうね昔から。でも間違っているとは、だめだとは思わないんだよ。ちゃんと知って、好きでいれるはずだし、私はやっぱりここがおかしいと思うから。だからあんなふうにお母さんと話したけどさ、話たけどさ」涙が出そうに目元が震えて、はっとしたようにきつい目をしていった。
「ん。」と僕は言う。蘭は泣いていないよ、と彼女に言うように。
「ごめんねっていうずっと。ごめんねって。何さ。そんなのいらないんだよ。いろんなことを、あるいは一つなのかな、それを認めてさ、それでちょっと助けてほしい。それだけなのに。それがいるんだけどな。自分があの人に似てるって分ってる。凄くあの人の嫌なところが、わたしの中にもあるってもうわかってるんだよ。ごめんね、とか言って誤魔化して欲しいわけじゃないんだ。もう知ってるんだ。早く離れないとさー似ちゃうだろう?」困ったように泣きそうに寄せた眉で、僕を振り返る。
「私の大嫌いな言葉が、頭に刷り込まれていくのをちゃんと感じるんだよ。どんどん。もうなんかすごい威力なんだよあれは。言い方とか目つきも、言葉も、入ってくるんだ。だから焦ってる、それであの人みたいな話し方でお母さんといるなら最悪だ。分からないんだ、お母さんの考えていることが。わたしにはあるこれが、この嫌なものの威力が、分からないみたいなんだ。それで前よりも疑問に思う、焦って怖くて強く話してしまうようになる?」苦し気に自分に尋ねるよう言った。しんとした冷たい空気が熱で震えた気がした。
「知ってるよ。」そう目を見てつぶやいた。
今みたいな生活なんてどうでもいいから、何かが減ったっていいから、そんなことを理由にしなくていいから、どっか行こうって言ってほしいって。そういう勢いと笑っちゃうような誰かにとってはバカみたいな、大きくてシンプルな愛がほしい。離れて、蘭だけの心を好きなように育てたいこと。自分の心を不安なのと同じくらい信じていること。だから母親にもそれを信じて欲しいとどうしても願ってしまうのだということ。温かい場所だと思いたいこと。
「なあ蘭。ほんとに君あの人に似てないんだけどな」ぼくは体を起こしてそういった。僕のすぐ横に本が落ちた。どうしてもやっぱり違うのだった、こんなに僕を彩ってしまう蘭は違うのだと分かってほしかった。
「違う、違うよ、しゅん。そんなの確かじゃない。意味がないよ。」まどろっこしそうに頭を振って、僕を見て言う。
「何をしたかだ。何をしてしまったかが全てになるんだよ、どこかで。原因、背景とかも関係なくね。だってそれで私は自分を許せないから。自分が自分をどう思うか。何を、したか。言ったか。それが全てだ。ね、私は、あんなに嫌がっていたことと同じこと、もしくは似たことをし始めているんだよ。信じられる?追いこまれて、焦って、そういうふうになっていっている。そしてそれに自分が酷く苦しんでるのに、苦しみながらも同じやり方しかできなくなっていってるんだったら。誰かをひどく傷つけるようになってしまうかもしれないんだったら。少しずつだろうとなんだろうと重ねていくもの、それが全てなんだ本当にね。そしてそうやって重ねていく物は消えない。少しだろうとたくさんだろうと。絶対にどこからも消えない。消えてはいけないものだもの。だから、」蘭が振り返って僕を見ている。
僕は息を吐いて少しうなずいた。
夜空が放つ光で彼女の髪が黒く、シルバーのように見えていた。前に向き直り肘をついた指の間から、ピアスが夜の光を反射して少し光ってみせ、僕をまた切なくさせた。こういうふうに何かをものすごい圧で不安がり、何かを強く望んでいる人に、ぼんやりとしたものを伝えるのはすごく難しいことだよな。もっとこの気持ちを、この僕の中にある事実を、蘭に圧倒的なもので伝えられればいいのに。蘭は大丈夫だよって。そういうことが出来ればいいのに。悔しくて、悲しい。僕は彼女を知っていって、考えてまた動くけど、早く伝えられたらいい。蘭が蘭でいられるように。僕らがぼくらの正しい方向に進んで笑っていけるように。それが少しでも早いことを自分に願いながら、彼女を見ていた。
