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短編:再会

 ◉風まかせ文芸部【再会】参加作品


 再会した彼女は、信じられないことにあの頃と同じ姿をしていた。

 パワハラ、セクハラ、モラハラ、あらゆるハラスメントが跋扈ばっこする職場で、僕、高山たかやま航太こうたは歯を食い縛りながら八年間勤めてきた。
 後輩たちには同じ思いをさせたくなくて、厳しく接しないように心がけていたが、それがあだとなり後輩指導のミスに繋がってしまう。
 都会での生活に疲れていたのもあるが、そのことがきっかけで仕事を辞め、家族を連れて逃げるように故郷へと帰って来た。
 実家はこの町に古くから続く「ひいらぎ館」という観光宿を営んでいて、長男の僕は当たり前のように跡継ぎとして育てられた。両親の反対を押しきる形で大学入学を機に上京し、そのまま都内の企業に就職し結婚もした。
 だからどんな事情であれ、僕が帰ってきて家業を手伝うことに両親は大賛成だ。妻も理解を示してくれてるし、四歳になる娘を育てていくには申し分ない環境が揃ってる。
 二、三日はのんびりと過ごし、その後は家業に本腰を入れるつもりだ。

 半月ほど経った頃、挨拶回りの合間に子どもの頃よく遊んでいた公園に立ち寄ってみた。娘を連れて来るために下見をするのが目的だ。
 市の管理するそこそこ大きな公園だから、手入れが行き届いていて今でも利用者は多い。
 公園を縁取るように並んだ街路樹の内側は当時のままだった。逆に向こう側の景色は高層マンションや再開発のビルが建ち並んで一変している。
 そのせいで、あの頃ここからよく見えていたこの街のシンボルである真っ白な展望タワーが見えなくなっていた。

 今日は平日ということもあって、ベビーカーで散歩する親子がちらほらいるだけで静かなものだった。遊具の方へ向かうと、三段階の高さで並んでいる鉄棒がある。
「こんなに低かったっけ?」
 懐かしくて思わず触れてみると、鉄特有の匂いが手についた。この匂いが淡く切ない記憶を呼び覚ます。
 あれは小学四年生の時、苦手な逆上がりの練習をしていると、いつも現れる白いブラウスの女の子がいた。
 名札の校章が自分のものとは違っていたが、五年生で浅田さんという名前だった。
 僕は彼女が来ると鉄棒の練習をやめて隣のブランコに移動する。逆上がりが出来ないのを知られたくなかったからだ。
「こんにちは」
 会話はいつも挨拶だけだった。ほぼ毎日会ってたのに、挨拶以外の言葉をかけられなかったのは、出来ない逆上がりの話題になるのが嫌だったからだ。
 彼女は一番高い鉄棒に片足だけかけてくるくる回ったり、事も無げに逆上がりをやってしまうような子だった。
 回るたびに踊る長い髪から、ふわりとシャンプーの香りが漂ってきたっけ。
 思えばあれが僕の初恋だった。恥ずかしくて想いを伝えることは出来なかったけど、彼女に会いたくて毎日ここに通っていたのは確かだ。
 でもある日を境に彼女は姿を現さなくなり、僕の初恋はそれきりとなった。

 ノスタルジーにひたる僕の背後から初夏の爽やかな風が覚えのある香りを運んできた。
「えっ?」
 振り向いた僕は驚きのあまり言葉を失う。記憶の中にある白いブラウスの女の子がそこにいた。名札にはあの校章と浅田という文字。しかも五年生だ。
「こんにちは」
 僕に向かって挨拶をする彼女。しどろもどろになりながら、何とかこんにちはと言い返す。そんな僕を気にとめた様子もなく、彼女は逆上がりを始めた。
 後ろで束ねた長い髪もあの頃と何ひとつ変わっていない。
 僕にはあの頃と全く同じに見えているが、単なる記憶違いなのだろうか。漂うシャンプーの香りは紛れもなく記憶の中にあるものだが、もしかしたらこの子は浅田さんにそっくりな彼女の娘なのかもしれない。
「久しぶりだね」
 いつの間にか目の前で僕を見上げてくる彼女。その言葉が意味するのは……
「前に会ったことある?」
まさかとは思うが聞いてみた。
「毎日会ってたよ、ここで」
「僕と?」
「そう、君と」
 予想通り。間違いではない、僕の記憶も同じなんだから。
「でもそれは僕にとって、二十年も昔の話だよ」
 彼女がにっこりと笑った。
「不思議でしょ? 私にはつい昨日のことだもん」
「どういうこと?」
「そういうことだよ。君は昨日もここで鉄棒してる私を見てた」
「そうじゃない。何で君は年をとっていないのかを聞いてるんだ」
「私ね、時の流れの中に迷い込んだのかも。だから君には二十年前でも、私には昨日のこと。たった一日で年なんてとらないでしょ」
 あえて核心には触れないようにはぐらかされているのか、彼女の言葉はなんの説明にもなっていなかった。
「じゃあ、私行くね。会えてよかった」
 そう言って彼女はくるりときびすを返して、束ねた髪を揺らしながら走り去っていく。
 狐につままれたように立ち尽くしていた僕は慌てて彼女を呼び止める。
「浅田さん!」
 あの頃、好きだったことは伝えられなかったけど、せめて今の思いだけは伝えよう。
「また会えるかな!」
 振り返った彼女が笑顔で手を振る。答えは聞けなかった。

 二十年後、娘が結婚を前提に付き合ってる彼氏を連れてきた。彼は浅田という名前だった。

このお話は「昼下がりに繋がれた未来」の後日譚となっています。
↓併せて読んでいただけると幸いです。

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