短編:昼下がりに繋がれた未来
◉風まかせ文芸部【昼下がり】参加作品
引っ越しは無事に終わり、荷解きも落ち着いた。今日からは新たな気持ちで頑張れると思う。
就職して四年、職場の人間関係に疲れていた私、鈴代有希は、大学時代の友人に誘われ、彼女の実家の「蓮見不動産」を手伝うことになった。
前職は元々やりたかった仕事ではなかったし、病みかけた心がこの先もずっとすり減り続けることに終止符を打つにはいいタイミングだったと思う。
地元を離れることにはなったが、新たな土地で心機一転できることは清々しくもあった。
出社は三日後から、準備はすべて整えてある。
新しい職場までは徒歩十分ほど。友人が私のために近くにいい物件を探してくれていた。築十年ほどのマンシヨンの七階で、ベランダからの眺望が素晴らしかった。
都会とは違って周囲に高い建物が少なく、街を囲うように連なった山の切れ間から海を望むこともできた。一際目を引くのは海沿いにある真っ白な展望タワーだ。おそらくこの街のどこからでも見えるだろう。
眼下を見渡せば蓮見不動産も見える。直線距離なら三、四百メートルくらいか。
そこから視線を左にやると、古びたアーケード街の屋根が東西に延びていて、廃れた繁華街の様相を呈していた。そんな景色の中にぽつんと、穴が空いたように何もない場所がある。
低い街路樹に囲まれ、その規模や平坦な土の色から公園か運動場のように見える。なぜだか妙に行ってみたくなった私は、ベランダからの景色を写真に撮りプリントアウトした。それを持って新たな地を散策をしてみようと思い立ったのだ。
夏の終わりの昼下がり。まだ気温は高いが肌を撫でる乾いた風が気持ちよかった。街の匂いは都会のそれとは明らかに違っていて、埃っぽさもなく爽やかだ。
だがアーケード街の近くまで来ると爽やかさは吹っ飛んだ。商店や民家が隙間なく軒を並べている古くからの街並みは、三割程度がすでに空き地で、シャッターが下りたままの店舗がほとんど。
軒の下を建物に沿って流れる水路には、薄い鉄板がかけられているだけで、変形した場所を歩くとガタガタと音が鳴った。
その水路で、どこかの家の流したお風呂の水が入浴剤の匂いを撒き散らしていた。
空き地には所々「再開発反対!」と書かれた看板が、半ば朽ち果てそうになりながらその役割を遂行している。
階段の錆びた古いアパート、蔦がからまった空き家、よれて色褪せた洗濯物、動くことのない車。古き良き時代を偲ばせるこの場所は、今にも事切れそうであった。
目的の場所に着いた。街路樹に囲まれたそこはやはり公園で、入り口に立てられた看板には市の管理下にあることが記載されていた。
遊具や噴水、トイレの場所などを記した見取り図をひと通り眺めた後、公園の中心に向かって歩いた。正面の街路樹が先ほど通ってきた古びた街並みを隠しているお陰で、とても自然を感じられる場所だった。
左手にある遊具の方を見ると、小学生くらいの男の子が逆上がりの練習をしていた。何度も何度も繰り返すが一向に回れない。私にもあんな時期があったなあと、懐かしい気持ちになる。
少し離れた木陰にあるベンチに腰を下ろし、しばらくその様子を見ていると背後で物音がした。
枝打ちされた街路樹の下を潜るように白いブラウスの女の子が現れる。この先に裏口でもあるのだろうか。
「こんにちは」
元気よく挨拶する女の子に挨拶を返す私。
「お友だち?」逆上がりの練習をしている男の子を指差しながら彼女に尋ねると「家族です」と答え、彼のもとへ颯爽と駆けて行った。
長い髪を束ねたポニーテールを揺らし、ふんわりとシャンプーの香りを漂わせながら。
姉弟? そう思ったが、女の子が近づくと男の子は逆上がりをやめて、逃げるように隣のブランコに座ってしまった。空いた鉄棒で女の子が見事な逆上がりを披露する。
ただ、二人の間に会話らしきものがないことを不自然には感じていた。
十分ほど経っただろうか。女の子が一人でこちらに向かってきた。笑顔で会釈をし、私の横を通り過ぎようとする彼女を引き留める。
「あれ? 弟さんは一緒に帰らないの?」
「弟じゃないもん」
「じゃあお兄さん?」
「う~ん……おじいちゃんかな?」
「え?」
何言ってんだろう、この子は。それとも私がお兄ちゃんとおじいちゃんを聞き間違えたか……
「あなたはおばあちゃん」
「おば……」
その後は言葉にならなかった。おばあちゃんと呼ばれたショックで。
ふと目に入った彼女の胸の名札には浅田琉花とあった。五年生だ。彼女は現れた時と同じく、隙間なくびっしりと並んだ街路樹の下をくぐって姿を消した。
そんな何てことのない日の昼下がり、仰いだ九月の空は高く、ひつじ雲が秋の訪れを告げているようだった。再び遊具の方に視線を戻すと、男の子はまた逆上がりの練習を始めていた。
家に帰り、今日の出来事を振り返る。あの女の子と男の子の顔を思い出すと、とても奇妙な感覚が沸き上がってくる。あの子たちとは目には見えない何かの縁で繋がっているような、会うべくして会ったような、そんな不思議な感覚だった。
でもこの時の私はまだ、その感覚の答え合わせをできるのが、ずっとずっと未来になるということを知らない。
この日から数年後、私は生涯のパートナーと出会い、二人の息子を授かる。
私の姓は浅田になった。
このお話は過去作「再会」の前日譚となっています。
↓併せて読んでいただけると幸いです。
