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短編:支配された三秒

◉風まかせ文芸部【3秒後】参加作品

 時間が止まった。それは静止ではなく、引き延ばしだった。
 その影響で地球での五秒は、約五年に引き延ばされた。後に「クロノファージ」と命名される地球外知的生命体は、時間と同調することで、時の流れを操る術を持っていた。
 どのような理由があったのかはわからない。ただ実験的に、時の流れを超緩慢にした。
 都市を破壊する必要はない。人を殺す必要もない。地球時間で五年に引き延ばされた五秒後に、時間の流れを一気に元へ戻す。
 その瞬間、慣性の法則と同じように、すべての粒子が一斉に前へ進もうとする。この時、人体は神経信号を暴走させ、細胞は分裂を誤るなどの異常をきたす。
 地中の鉄分が熱を持ち、海水が蒸発を始め、大気が震え出す。生命や文明が一瞬で崩壊する現象を引き起こすのだ。

 すべてはクロノファージたちの計算通りに、事が進むはずだった。
 だが、ほぼ止まっている世界の中を、何事もなく歩く者たちがいた。
「オフセット」と呼ばれる、時間に遅れる者、時間に合わない者という意味を持つ者たちだ。
 彼らは選ばれたわけではない。進化の途中で偶然、世界からはみ出しただけなのだ。
 時間にルーズなその特性から、規律のある生活には馴染めず、人としての能力が足りていない知的な欠陥を持つ者として、一般社会からは長く差別されてきた。
 クロノファージは彼らを認識してはいたが、重要視していなかった。五秒後には、消える存在だったからだ。それが誤りだと気づくのは、三秒後だった。引き延ばされた三秒は、すでに三年分の時間を刻んでいた。
 その間、オフセットの戦いは音もなく続いていた。
 クロノファージを相手に、攻撃を仕掛けるわけでもなく、抵抗するわけでもなく、引き延ばされた時間に存在する人類に触れ続けた。肩に、指先に、まぶたに。
 そうやって触れるたび、ほんのわずかな“違い”を残す。それは傷でも、変化でもない。自分たちだけの特性である、測定できないほどの小さな時間のずれだ。
 クロノファージには理解できなかった。彼らは時間と完全な同期によって存在していて、時間のずれという概念の外にいたからだ。
 三年目が終わろうとするころ、何かの違和感に気づいたクロノファージは、時間復帰を決断した。

 時間の流れが戻る──その瞬間、世界は一斉に前へ進む。

 本来なら、すべてが同時に動き、すべてが同時に壊れるはずだった。だが、今回は違っていた。
 心臓は、わずかに遅れて鼓動する。脳もわずかに間を置いてから目覚めた。
 自然も都市も同時にではなく、一拍ずつ置くようにして、波のように再起動していった。
 人類は生き残り、世界は救われた。
 そして、時間のずれを認識したクロノファージは、時間との同期を失い、存在できなくなった。悲鳴も爆発もなく、ただ、消滅してしまった。

 時の流れは元に戻り、世界は平常を取り戻した。信号が青に変わって、車が動き出し、人々も歩き出す。
 誰かが立ち止まり「今、何か変じゃなかった?」と首をかしげる。
 彼らの体感ではほんの三秒しか経っていない。三秒の間に目に映ったものは、ただの既視感デジャヴのようなものとして脳内で処理された。

 オフセットの静かな戦いは世界を守った。だが、彼ら自身は守られない。
 時間が元に戻った瞬間、彼らは再びずれた存在になる。反応が遅く、理解が遅れ、社会に適応できない。
「役に立たない」
「気味が悪い」
 感謝など微塵もされることなく、差別は続く。クロノファージとの戦争は終わったが、差別との戦いは終わらなかった。

 三秒後の世界を守った者たちは、今日もまた、守ったはずの世界に居場所を持てず、不要な存在として生きている。

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