なぜ「ウソ」は拡散し「事実」は届かないのか?SNS時代の情報汚染とその先に待つ未来
正直に告白しよう。
ここ1〜2年、気候変動に関する投稿をするたびに、明らかに空気が変わった。
「気候変動は詐欺」
「CO2で温暖化なんて嘘」
「利権に騙されるな」
こうしたコメントやDMが届く頻度が、肌感覚で言えば以前の比ではない。
一つひとつは匿名の短い文章だ。
しかし、それが波のように繰り返し押し寄せてくるとき、何か大きな地殻変動が起きていることを感じずにはいられない。
私はサステラという環境メディアを5年間運営してきた。
おかげさまで18万人にフォローしていただけるようになった。
論文を読み、データを確認し、図表を作り、キャプションの一語一語を吟味して発信している。
それでも、3日かけた投稿のコメント欄が、ソースも根拠もない一行の断言に呑み込まれる光景を、私は何度も見てきた。
最初は「変な人もいるな」くらいに思っていた。
だが、もうそういう話ではない。
これは特定の誰かの悪意の問題ではなく、情報空間そのものの構造が壊れつつある兆候だと、今の私は確信している。
2018年、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、Twitterにおける約12万6千件のニュース拡散を分析し、衝撃的な結論を出している。

虚偽の情報は、正確な情報よりも70%高い確率でリツイートされ、約6倍の速さで1,500人に到達する(Vosoughi, Roy & Aral, 2018, Science, 359(6380), 1146–1151)。
しかも、この傾向はボットではなく人間の行動によるものだった。
6倍。
私がコメント欄で感じ続けてきた無力感には、科学的な裏付けがあったのだ。
そして、この「6倍」という数字が示す力学は、この1〜2年でさらに加速しているように思えてならない。
なぜ、「ウソ」は拡散し、「事実」は届かないのか?
この記事では、その構造を、人間の脳の仕組みから、SNSのアルゴリズム、AIの進化、そして国内外の具体的な事例まで、できる限り丁寧に解きほぐしたい。
そして最後に、私がいまこの問題に対して始めようとしている「一つの答え」についても、少しだけ書かせてほしい。
なぜデマは広がるのか?人間の脳と、アルゴリズムの共犯関係
「驚き」と「怒り」に反応する脳:サバンナの本能

まず、私たちの脳の仕組みから考えてみよう。
人間は進化の過程で、「新しくて驚きのある情報」に敏感に反応するようになった。
かつてアフリカのサバンナで暮らしていた時代のことを想像してほしい。
見慣れない物音がした。
草むらが不自然に揺れた。
そのとき、「まあ大丈夫だろう」とのんびり構えた個体は、ライオンに喰われて遺伝子を残せなかった。
一方、「何か来た!逃げろ!」と過剰に反応した個体は、たとえ空振りだったとしても、生き延びた。
つまり、私たちの脳は「正確さ」よりも「速さ」を、「冷静な分析」よりも「感情的な即応」を優先するように設計されている。
誤報に騙されるコストより、本物の危険を見逃すコストのほうが、進化的にはるかに大きかったからだ。
この非対称性が、数百万年をかけて私たちの脳に刻み込まれた。
問題は、この本能がスマホの画面の向こうでも、まったく同じように作動していることだ。
サバンナのライオンは消えたが、代わりにタイムラインには「○○が危険!」「△△は隠蔽されている!」という「警報」が、毎日何百件と流れてくる。
私たちの脳は、それを「本物の脅威」と区別できない。
草むらの音に反射的に飛び退いたのと同じ回路で、「シェア」ボタンを押してしまう。
前述のMITの研究は、虚偽ニュースが拡散される理由の一つとして「ノベルティ(新奇性)」を挙げている。
デマは往々にして、既存の常識を覆すような「えっ、まさか!」という内容を含んでいて、驚きや恐怖、怒りといった強い感情を引き起こす。
感情が動けば、人はシェアする。
これは情報の正確性とは無関係に起こる現象だ。
さらに、ブレイディ氏ら(2017, PNAS, 114(28), 7313–7318)の研究によれば、SNSの投稿に「道徳的・感情的」な言葉、たとえば「許せない」「恥」「怒り」が含まれると、リツイート率が投稿あたり約20%上昇する。
つまり、冷静で中立的な表現よりも、感情を揺さぶる表現のほうがアルゴリズム上有利になる構造がある。
これは、メディアを運営している私自身にとっても他人事ではない。
「パーム油の問題は複雑で、ボイコットすれば解決するわけではない」
と丁寧に説明するより、「企業は悪だ!」と断罪したほうが、数字は伸びる。
その誘惑と、私は毎日戦っている。
人間は「物語」の生き物である

サバンナの話をもう一歩だけ掘り下げたい。
なぜなら、私たちの脳の「騙されやすさ」には、感情反応とはもう一つ別の、もっと根深い理由があるからだ。
つい最近読んで面白かった本を紹介させて欲しい。
ジョナサン・ゴットシャルの『ストーリーテリングの科学』だ。
そこには、私たちホモ・サピエンスがどれほど本能的に「物語」を欲してしまう生き物であるかが、圧倒的な説得力で描かれている。
中でも最も印象的だったのは「夢」の話だ。
考えてみてほしい。
私たちは眠っているとき、意識は落ちている。
外界の情報は遮断されている。
それなのに、脳は休まない。
脳内に散らばった記憶の断片を無秩序にかき集め、それを一つの「物語」に仕立て上げようとする。
支離滅裂で、時系列もめちゃくちゃで、登場人物は突然入れ替わる。
でも脳は、それでも必死に「筋書き」を作ろうとする。
それが「夢」だ。
つまり、人間の脳は、たとえ無意識下の睡眠中であっても、情報を「物語」として処理しようとする。
それくらい、物語への衝動は本能の深いところに根差している。
この視点を持つと、「なぜデマが科学に勝つのか」の本質が見えてくる。
陰謀論には「物語」がある。
「巨大な権力が真実を隠している。それを暴く勇敢な人々がいる。あなたも目を覚ませ」
これは、起承転結のある、きわめて「脳にフィットする」ストーリーだ。
主人公がいて、悪役がいて、目覚めの瞬間がある。
一方、科学論文はどうか。
「本研究では、ランダム化比較試験により、因子Aが結果Bに与える影響を95%信頼区間で推定した」
とても正確であり、誠実だ。
でも、物語として成立していないし、全く面白くない。
私たちの脳にとっては、言ってしまえば「無機質な記号の羅列」なのだ。
デマが勝つのは、それが「正しいから」ではない。
「物語として優れているから」だ。
この事実は、私のようなメディア運営者にとって、希望であると同時に、深い問いでもある。
科学を「物語」として届ける技術を磨けば、状況は変えられるかもしれない。
だが同時に、物語の力は善にも悪にも使えるということでもある。
エコーチェンバーとフィルターバブル

問題はさらに深い。
SNSのレコメンドアルゴリズムは、ユーザーが「好みそうな」コンテンツを優先的に表示する。
結果として、私たちは自分と似た意見ばかりに囲まれる空間に閉じ込められていく。
これが「エコーチェンバー(反響室)」と呼ばれる現象だ。
イーライ・パリサーが2011年に名付けた「フィルターバブル」という概念とも重なる。
エコーチェンバーの中では、異なる意見に触れる機会が減少し、自分の信念がどんどん強化される。
心理学でいう「確証バイアス」が増幅されるのだ。
気候変動の話で考えてみてほしい。
たとえば、ある人が気候変動対策に懐疑的な政党を支持しているとする。
その人がSNS上でそうした政党の投稿に「いいね」を押したり、否定的な論調の動画を最後まで視聴したりすると、アルゴリズムはそれを「好み」として学習する。
すると、タイムラインには
「温暖化は自然現象」
「脱炭素は経済を壊す」
「環境活動家は偽善者」
といった投稿が優先的に表示されるようになる。
逆に、気候科学者の発信やIPCCの報告を紹介する投稿は、その人のフィードからじわじわと消えていく。
本人にその自覚はない。
ただ「最近みんな同じことを言っているな」と感じるだけだ。
でも実際には、「みんな」ではなく「アルゴリズムが選んだ同質の声」だけが聞こえている。
そして、その泡の中にいる時間が長くなるほど、
「気候変動を信じている人間のほうがおかしいのではないか」
という確信が強化されていく。
こうして、科学的コンセンサスとはかけ離れた信念が、本人の中では「常識」として定着する。
エコーチェンバーの中にいる人には、自分が泡の中にいることが見えない。
それが、この現象の最も怖いところだ。
しかし、エコーチェンバーの本当の恐ろしさは、ここからだ。
気候変動の否定論に繰り返し触れているうちに、タイムラインに流れてくるのは気候変動の話題だけではなくなる。
「移民が社会を破壊する」
「多文化共生は幻想だ」
「グローバリズムは一般市民を搾取するための仕組みだ」
気候変動とは一見無関係に見えるこうした主張が、いつの間にか「おすすめ」として表示されるようになる。
なぜか?
アルゴリズムは「この人は気候変動否定論を好む」とだけ学習しているのではない。
「この人は、気候変動否定論を好む人々が好むコンテンツ全般を好むだろう」
と推測しているのだ。
実際、アメリカの政治研究では、気候変動否定と反移民感情、反グローバリズムの間に強い相関があることが繰り返し報告されている。
これは偶然ではない。
SNS上では、こうした複数の論点が一つの「世界観のパッケージ」として流通しているからだ。
一つの入口から入ると、気づかないうちに、政治・経済・社会に対する認識が丸ごと塗り替えられていく。
最初は「気候変動って本当なの?」という素朴な疑問だったかもしれない。
しかしエコーチェンバーの中で数ヶ月を過ごすうちに、その人の世界観は
「既存のエリートや科学者が嘘をつき、メディアがそれに加担し、移民やグローバル化によって自分たちの生活が脅かされている」
という包括的な物語へと変質していく。
人間の脳は本能的に「物語」を欲する生き物だ。
そしてエコーチェンバーは、まさにその本能を利用して、バラバラだった不満や疑念を一本の「物語」に編み上げてしまう装置でもあるのだ。
アルゴリズムは「真実」を評価しない

ここで一つ、とても重要なことを確認しておきたい。
SNSのアルゴリズムが最適化しているのは「エンゲージメント(閲覧数、いいね、コメント、シェア)」であって、「情報の正確性」ではないということだ。
プラットフォームにとって、ユーザーが長時間滞在し、多くの投稿にリアクションすることが収益に直結する。
結果として、人々の感情を強く刺激するコンテンツ、しばしば不正確で扇情的なものが優先的に届けられる。
2021年、元Facebook社員のフランシス・ハウゲンが内部文書を公開した際、Facebookが
「怒りを生むコンテンツほどエンゲージメントが高い」
という事実を社内で認識しながら、十分な対策を取っていなかったことが明らかになった。
ウォールストリートジャーナルが報じた「The Facebook Files」は、プラットフォーム企業の姿勢を世界に突きつけた。
そして私自身も、その仕組みの中で情報発信をしている。
その恩恵も受けてきた。
だからこそ言える。
このシステムは、壊れている。
なぜ科学的情報は「バズらない」のか

人間の脳が「物語」を本能的に欲する構造について触れた。
この視点を持つと、科学的情報が拡散しにくい理由がさらにくっきりと見えてくる。
環境メディアを5年運営してきた私の実感とも、完全に一致する。
第一に、科学は「退屈」に見えやすい。
「○○のリスクは統計的に有意ではあるが、効果量は小さく、追加研究が必要」
こうした慎重な表現は、デマの持つ「○○は絶対に危険!」というシンプルさに負ける。
ハーバード大学ショーレンスタインセンターのレポートでも、科学報道が感情的な語りに比べてSNSでの拡散率が低いことが指摘されている。
サステラで気候変動の投稿をするとき、「今世紀末までに平均気温が1.5〜4.5℃上昇する可能性がある」と書くのと、「人類は絶滅する!」と書くのでは、リーチが文字通り桁違いだ。
でも前者が科学であり、後者はそうではない。
第二に、科学は「不確実性」を正直に認める。
「現時点ではこう考えられている」
「今後変わる可能性がある」
という留保は、科学の誠実さの証だ。
しかし一般の人にとっては「結局どっちなの?」という不信感に変わりやすい。
COVID-19パンデミック初期にマスクの有効性に関する見解が変化したことを思い出してほしい。
科学が自己修正しただけなのに、多くの人はそれを「嘘をついていた証拠」と解釈した。
第三に、専門用語の壁がある。
統計的手法、p値、メタアナリシスといった言葉は、研究者にとっては日常語だが、多くの人にとっては外国語に等しい。
結果として、わかりやすく断言してくれる「専門家風の人物」のほうが信頼を集めてしまう逆転現象が起こる。
要するに、科学には「物語」が足りないのだ。
退屈で、不確実で、専門用語だらけ、私たちの脳が夢の中ですら求めてしまう「起承転結のあるストーリー」とは、対極にある。
陰謀論が「巨悪に立ち向かうヒーローの物語」として脳にすっと入り込むのに対して、科学は「注釈だらけの報告書」として脳に弾かれる。
この非対称性を、私たちは正面から認めなければならない。
では、科学の側から歩み寄る方法はないのか?
ファン・デル・リンデン氏(van der Linden, 2022, Foolproof: Why Misinformation Infects Our Minds and How to Build Immunity)は、人々がデマに対する「心理的免疫」を持つためには、受動的な事実の提示ではなく、能動的な「プレバンキング(事前暴露)」が有効だと主張している。
つまり、「これから出回るであろうデマの手口を事前に教えておく」というワクチンのようなアプローチだ。
Googleの親会社Alphabet傘下のシンクタンクとの共同実験では、この手法がYouTube上でのデマ耐性を高めることが確認されている(Roozenbeek et al., 2022, Science Advances, 8(34))。
これを読んだとき、私は強く思った。
「正しい情報を届ける」だけではダメなのだ。
「情報の作られ方そのもの」を体験してもらうことが必要なのだと。
この確信が、のちに私が始めるプロジェクトの原点になっていく。
国内外の事例:デマが社会を揺るがしたとき
ここからは、SNS上の偽情報が現実社会にどれほどの被害をもたらしてきたかを、具体的な事例で見ていこう。
「対岸の火事」だと思っている人にこそ、読んでほしい。
アメリカ:2021年連邦議会襲撃事件

2020年米大統領選挙後、「選挙は盗まれた」という根拠のない主張がSNS上で爆発的に拡散した。
Qアノンをはじめとする陰謀論コミュニティがこれを増幅し、2021年1月6日、連邦議会議事堂が暴徒によって襲撃された。
5名が死亡し、米国民主主義の象徴が物理的に破壊された。
この事件は、オンラインの偽情報がオフラインの暴力に直結しうることを世界に示した。
議会調査委員会の報告書は、SNSプラットフォームが暴力の計画や扇動を十分に抑止できなかったと結論付けている。
画面の向こうの「いいね」が、現実の血に変わる。
そのことを、私たちはもう知っている。
ミャンマー:ロヒンギャ迫害とFacebook

2017年、ミャンマーでロヒンギャに対する大規模な迫害が行われた。
国連調査団は、Facebookが「憎悪の拡散に実質的な役割を果たした」と報告している。
当時、ミャンマーではFacebookがインターネットそのものとして機能しており、軍や過激派が流すヘイトスピーチや偽情報が、そのまま市民の「事実認識」を形成していた。
Meta社は後にこの問題を認めたが、対応は遅きに失した。
この事例は、プラットフォームが「中立的なインフラ」であるという主張の限界を突きつけた。
日本:関東大震災から能登半島地震まで

日本だって例外ではない。
1923年の関東大震災では、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが広まり、多数の朝鮮人が虐殺された。
SNSが存在しない時代でさえ、口伝てのデマは致命的な結果をもたらした。
そして100年後。
2024年の能登半島地震の発生直後、SNS上には「人工地震だ」「外国人窃盗団が被災地に入っている」といった偽情報が大量に拡散した。
Xでは偽の救助要請アカウントも確認され、救援活動の妨げとなった。
2020年のCOVID-19流行初期には
「お湯を飲めばウイルスが死ぬ」
「トイレットペーパーが品切れになる」
といったデマが拡散し、実際に買い占め騒動が発生した。
国際大学GLOCOMの調査では、COVID-19関連の偽情報に接触した日本人の約7割が、それを事実と信じたか、判断できなかったと回答している。
7割だ。
これは、私たちの隣にいる人の話だ。
ブラジル、インド、フィリピン:グローバルサウスの現実

偽情報の問題はグローバルサウスでとりわけ深刻だ。
ブラジルでは2018年の大統領選挙で、WhatsApp経由で大量の偽ニュースが拡散された。
インドでは、WhatsApp上のデマが原因で複数のリンチ殺人が発生し、2019年までに少なくとも30人以上が命を落としている。
フィリピンでは、ドゥテルテ政権下でSNSが世論操作のツールとして組織的に利用されたことが、ジャーナリストのマリア・レッサ(2021年ノーベル平和賞受賞者)によって告発されている。
どの事例にも共通しているのは、まともなメディアリテラシーを養う機会もないまま、人々がSNSだけを手渡され、情報の拡散に加担してしまっているという構造だ。
気候変動:SNSの情報戦の標的になった科学

ここから先は、私にとって最も胸が痛い話をしなければならない。
気候変動は、SNS上の偽情報が科学的コンセンサスを蝕む典型的な事例だ。
そして、私が5年間向き合い続けてきたテーマでもある。
気候科学者の97%以上が人為的気候変動に合意している(Cook et al., 2013, Environmental Research Letters, 8(2))。
にもかかわらず、SNS上では
「気候変動は嘘」
「自然のサイクルにすぎない」
といった否定論が根強く流通している。
サステラのInstagramにも、こうしたコメントは日常的に届く。
「気候変動は詐欺だ」
「人間が原因というのは嘘だ」
科学的なコンセンサスとはかけ離れたこうした言説が、何万もの「いいね」を集め、拡散されていく。
トレンバース(Treen, Williams & O'Neill, 2020, WIREs Climate Change, 11(5))のレビューによれば、気候変動に関する偽情報は、化石燃料産業の利益と結びついた組織的な否定キャンペーン、いわゆる「疑念の商人」と、SNSのアルゴリズムによる増幅が相乗効果を生んでいる。
意図的に作られた偽情報が、プラットフォームの仕組みによって自動的に拡大再生産されるのだ。
さらにピーターセン氏らの研究(2023, American Political Science Review)は、気候変動否定論の拡散が政治的アイデンティティと深く結びついていることを明らかにした。
ある人が気候変動を否定するのは、科学的証拠を吟味した結果ではなく、
「自分の属する政治グループがそう主張しているから」
という動機に基づいている場合が多い。
科学が「敵チーム」の主張とみなされた瞬間、どれほど証拠を積み上げても届かなくなる。
2020年、私はNetflixのドキュメンタリー『OUR PLANET』を観た。
画面に映っていたのは、融解した氷床から追いやられ、逃げ場を失って崖から次々と落下していくセイウチたちの姿だった。
氷床が溶けなければ、彼らは海で生きられたはず。
その事実に打ちのめされて、私はサステラを始めた。
あのセイウチたちの死を、SNS上の誰かが「フェイクだ」と一言つぶやくだけで、何千人もの人がそれを信じてしまう世界に、私たちは生きている。
AI時代の到来:問題はさらに深刻化するか

2023年以降、生成AIの急速な発展により、偽情報の問題は新たな段階に入った。
率直に言って、私はかなり怖い。
ディープフェイクと「嘘つきの配当」
AIを使えば、実在の政治家が言っていないことを言っているかのような動画を、素人でも数分で作成できるようになった。
2024年のアメリカ大統領選挙の予備選では、AIが生成したバイデン大統領の偽音声通話が有権者に届き、投票を棄権するよう呼びかける事件が実際に発生した。
しかし、私が最も恐ろしいと感じているのは、ディープフェイクの直接的な効果ではない。
デスメット氏ら(Vaccari & Chadwick, 2020, Political Communication, 37(1))の研究は、
「あらゆる映像や音声が偽造されうるという認識そのもの」が、本物の証拠に対する信頼をも毀損すると指摘している。
これを「嘘つきの配当」と呼ぶ。
つまり、ディープフェイクの時代には、本物の証拠映像を見せられても「これもAIで作ったんだろう」と否定できてしまう。
真実も嘘も、等しく疑われる。
これは、情報空間の根底が崩壊することを意味する。
大規模言語モデルによる「コンテンツの洪水」
ChatGPTをはじめとする大規模言語モデルは、もっともらしい文章を大量かつ高速に生成できる。
これにより、偽ニュース記事の作成コストが劇的に下がった。
NewsGuardの調査(2023年)によれば、AIが生成したとみられる偽ニュースサイトは数百に上り、広告収入目当ての「コンテンツファーム」が世界中で増殖している。
さらに深刻なのは、AIがSNS上のボットの「人間らしさ」を飛躍的に向上させることだ。
従来のボットはパターン化された投稿が多く比較的検出しやすかったが、生成AIを搭載したボットは自然な文体で、文脈に応じた返信を行える。
本物の人間と見分けがつかない。
あなたがSNSで議論している「相手」が、人間ではなくAIかもしれない。
そんな時代が、もう来ている。
パーソナライズされた偽情報:最も怖いシナリオ
そして、将来最も懸念されるのは、AIが個人のデータ(SNSの投稿履歴、関心、心理的傾向)を分析し、その人が最も騙されやすい形にカスタマイズされた偽情報を生成するシナリオだ。
ゴールドスタイン氏ら(2023, arXiv:2301.04246)は、AIを用いた影響工作(influence operations)の脅威を体系的に分析し、パーソナライズによって説得効果が劇的に高まる可能性を警告している。
すでに2024年の選挙シーズンには、多くの国でAI生成コンテンツが選挙プロセスに介入する事例が報告された。
偽情報の「産業化」と「個別化」が同時に進行している。
このまま放置すると何が起こるか

ここまで読んで、「でも自分には関係ない」と思った人がいるかもしれない。
でも少し想像してみてほしい。
現状の情報汚染が改善されないまま進行した場合、何が起こるのかを。
民主主義が機能しなくなる。
有権者が正確な情報に基づいて投票できなくなれば、民主主義の根幹が揺らぐ。
すでに世界各国で選挙のたびに偽情報が飛び交い、選挙結果そのものへの信頼が損なわれている。
次のパンデミックで、もっと多くの人が死ぬ。
COVID-19では、ワクチン忌避がSNS上のデマによって助長され、WHOはこれを「インフォデミック」と名付けた。
次のパンデミックが発生した際、より高度なAI生成のデマが拡散すれば、公衆衛生上の対応はさらに困難になる。
気候変動対策が手遅れになる。
気候変動否定論がSNS上で勢力を維持し続ければ、必要な政策が政治的に実行不可能になる。
科学者が「あと何年」と警告を発しても、それがSNS上の「意見の一つ」に矮小化され、行動が先送りされる。
正直に言えば、これが私にとって最も恐ろしいシナリオだ。
あのセイウチたちの崖は、今も崩れ続けている。
「何も信じられない」社会が来る。
人々がジャーナリズム、科学、政府、司法といった社会制度への信頼を失えば、社会の接着剤が溶け出す。
哲学者ハンナ・アーレントが警告したように、「すべてが嘘かもしれない」と人々が感じる社会では、権力者が何でも言えるようになる。
そして、個人の心が壊れる。
絶え間ない情報の洪水と、何が真実かわからない不安は、メンタルヘルスを蝕む。
ジーン・M・トゥエンジ氏ら(2018)は、SNSの使用増加と若者のうつ症状・不安の増加に相関があることを報告している。
偽情報による不安の増幅は、この問題をさらに悪化させる。
何より、家族の絆が壊れる。
これが、私が最も伝えたかったことかもしれない。
「社会の分断」と言うと、どこか抽象的に聞こえる。
だが、その分断が最も残酷な形で現れるのは、国家や民主主義といった大きな枠組みではなく、昨日まで同じ食卓を囲んでいた家族のあいだだ。
アメリカでは、Qアノンなどの陰謀論にのめり込んだ家族との関係が崩壊するケースが、個人の不幸話の域を超え、社会現象になっている。
アメリカ発の掲示板型SNS「Reddit」には「r/QAnonCasualties」というコミュニティがあり、陰謀論に家族関係を壊された数万人が体験談を共有し、支え合っている。
NPRの取材に応じたタイラーという男性は、「以前は父と政治の話も普通にできた」と語った。
しかし父がQアノンにのめり込んで以降、関係は完全に崩壊した。
PBSの取材では、レイチェルという女性が「母との関係がこの1年で完全に断絶した」と証言している。
BuzzFeed Newsが読者に呼びかけた際には約200人が回答し、
「従姉妹はQアノンへの執着が原因で夫と離婚した」
「大卒で冷静だった母が信者になり、何ヶ月も現実に引き戻そうとしたが、すべて失敗した」
という声が寄せられた。
2024年には学術研究としても、マストローニとムーニー(Mastroni & Mooney, 2024, Journal of Social and Personal Relationships)がQアノン信者の家族15名にインタビューを行い、参加者全員がQアノンを「人間関係における悪性の力」と表現し、愛する人とのコミュニケーションが減少したことを報告している。
日本でも、陰謀論を信じた親と絶縁した、という話をSNS上で見かけるようになった。
これは「海の向こうの話」ではない。
エコーチェンバーの章で書いたように、一つの入口から世界観ごと塗り替えられていく構造は、日本のSNSでもまったく同じように作動している。
「社会が分断される」という言葉の本当の意味は、いつか自分の親や子どもと、まともに会話ができなくなるかもしれない、ということだ。
そのリスクを、私たちはもっと真剣に受け止めるべきだと思う。
では、私たちに何ができるのか

ここまで暗い話ばかり書いてきた。
読んでいて苦しくなった人もいるかもしれない。
でも、絶望する前に、いくつかの希望の光を見ておきたい。
そして、私自身がいま何をしようとしているかを、正直に書かせてほしい。
世界が動き始めている
まず、メディアリテラシー教育の先進国であるフィンランドは、小学校からメディアリテラシーを必修科目とし、偽情報に対する「免疫力」を国民レベルで高めている。
ユーロバロメーターの調査では、フィンランドはEU加盟国中、フェイクニュースへの耐性が最も高い国として評価されている。
また、前述の「プレバンキング(心理的ワクチン)」の手法も広がっている。
ケンブリッジ大学のヨン・ローゼンベークとファン・デル・リンデンが開発した「Bad News Game」は、偽情報の手口を疑似体験することで耐性を育てるゲームで、世界中で数百万人がプレイしている。
制度面では、EUのデジタルサービス法(Digital Services Act, 2022年成立)が、大規模プラットフォームに偽情報拡散の防止を義務付けた。
日本でも総務省を中心に制度設計の議論が進んでいる。
でも、「正しい情報を届ける」だけでは足りない
ここからは、私個人の考えを書く。
フィンランドの教育もプレバンキングもEUの規制も、すべて意味がある。
でも、私はもう一歩先を考えている。
情報を受け取るだけでは、人は変わらない。
自転車の乗り方を解説した本を何冊読んでも、自転車には乗れるようにならない。
ペダルを踏み、バランスを崩し、転んで膝を擦りむいて、それでもう一度またがる。
その身体的な試行錯誤を経て初めて「乗れる」ようになる。
メディアリテラシーも同じだと私は思っている。
教室で教わるものでも、正しい記事を読み続けることで身につくものでもない。
情報が作られるプロセスに自ら関わり、「何を伝えるべきか」「どう伝えれば届くか」と悩み、時には自分の発信が誰かを傷つけるかもしれないという恐怖を感じる。
その経験の中でしか、本当の意味では育たない。
だとすれば、必要なのは「より良いメディア」ではなく、「自分がメディアの一部になれる場所」ではないか。
いま私は、サステラの「拡張編集部」として「サスラボ」というプロジェクトを始動させようとしている。
読者が編集部員になれる場所。
取材のプロセスを知り、何を伝えるべきか悩み、発信の責任を肌で感じる。
その体験こそが、アルゴリズムに支配されない、本物のメディアリテラシーになると信じている。
さらに、全国の学校や地域コミュニティに出向いてメディアリテラシーの講演活動も行う予定だ。
SNSのアルゴリズムがどう設計されているか。
なぜデマが拡散しやすいか。
この記事で書いたような知見を、次の世代に直接届けたい。
そして、あなたにできる「最初の一歩」
個人レベルでは、「シェアする前に立ち止まる」という単純だが強力な習慣がある。
自分の感情が強く動いたとき、怒り、驚き、恐怖を感じたときこそ、情報の出典を確認すべきタイミングだ。
MITの研究が示したように、虚偽の情報はまさにそうした感情を利用して拡散する。
感情が激しく揺さぶられた瞬間に「ちょっと待てよ」と思えるかどうか。
それが、情報汚染に対する最初の防波堤になる。
「わからない」に耐える力

ここまで読んでくださった方は、おそらく少し疲れていると思う。
サバンナ由来の脳のバグ、物語を欲する本能、アルゴリズムの共犯構造、エコーチェンバーによる世界観の塗り替え、AI時代のディープフェイク、パーソナライズされた偽情報…。
問題の根が深すぎて、どこから手をつければいいのかわからなくなる気持ちは、よくわかる。
でも、実はその「わからない」という感覚こそが、この記事で最も大切にしたかったものだ。
この記事で繰り返し書いてきたように、デマが拡散するのは、それが「わかりやすい」からだ。
複雑な現実を、善と悪に、敵と味方に、白と黒に切り分けてくれる。
脳はその明快さに飛びつく。
「わかった」と感じた瞬間、人は思考を止める。
そしてシェアボタンを押す。
逆に言えば、「わからない」に耐えられる人間は、デマに強い。
気候変動は本当に人間のせいなのか?
97%の科学者が合意している。
でも、だからといって対策のすべてが正しいわけではない。
再生可能エネルギーにも環境負荷はある。
途上国の経済成長とのバランスをどう取るか。
この問いに「正解」はない。
パーム油は使うべきではないのか?
熱帯雨林が破壊されているのは事実だ。
でもボイコットすれば、より大規模な森林破壊が起きるかもしれない。
小規模農家の生活はどうなるのか。
この問いにも「正解」はない。
SNSは社会を壊しているのか?
この記事で書いてきたような害は、間違いなくある。
でも、SNSがなければ私はサステラを始められなかったし、18万人に声を届けることもできなかった。
この記事を読んでいるあなたとも、出会えなかった。
「どちらも正しく、どちらも間違っている」
その居心地の悪い灰色の領域に踏みとどまり続けること。
安易に片方を断罪して、問いを閉じてしまわないこと。
それは、気持ちのいい作業ではない。
脳は「すっきりした答え」を求めて暴れる。
でも、その不快感に耐える訓練を積んだ人間だけが、アルゴリズムに流されず、自分の頭で考え続けることができる。
この記事を通じて私が伝えたかったのは、「SNSは危険だから使うな」という単純なメッセージではない。
私たちの脳は、構造的にデマに騙されやすいようにできている。
そのことを「知っている」だけで、次にタイムラインで感情が揺さぶられた瞬間の、ほんの数秒の判断が変わるということだ。
その数秒は、小さく見えるかもしれない。
でも、その数秒の積み重ねが、あなた自身の情報環境を、そしてあなたの周りにいる人の情報環境を、少しずつ変えていく。
最後に一つだけ。
もしこの記事を読んで、「受け取るだけではなく、自分もこの問題を考える側に回りたい」と感じてくれた人がいるなら、それは私にとって何よりも嬉しいことだ。
なぜなら、この記事で書いてきたすべての問題に対する最も根本的な答えは、結局のところ、
「一人でも多くの人が、情報の『消費者』から『当事者』になること」
だと私は信じているからだ。
主要参考文献
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