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【すずたく掌編寓話】十二人の怒れる有権者 -投票のハードルが極限まで上がった世界-

十二人の怒れる有権者

人々が、投票という仕組みに興味を失って久しい。

有権者数一億人を誇るわが国の命運は、

いまだ、熱い思いを持ち続ける、
わずかな者たちの手に、委ねられることとなった。


かつて、投票率の低下が社会問題として認識され、その向上に巨費が投じられた時代があった。

しかし、いずれの施策も、その場の空気に流されるだけの票を膨張させ、場当たり的な政策は、国家を土台から腐らせていった。

追い詰められた政府は、方針の大転換を図ることになる。

それは、最大限の熱意を持った有権者のみに国家の命運を託すという、逆転の発想であった。


まず、準備段階として、議員はすべて国民からの抽選で選ぶことに改めた。

意外にこの変更はうまくいく。

なぜなら、日本国民は、町内会やPTAの役職と同様、自ら手を上げることは好まないが、役割が与えられれば、必死に役割を全うするからだ。

しかし、国の命運を決めるような、国民に意見を問うべき国民投票は別物である。

投票者には、燃え盛るような、むき出しの熱意が必要だ。

政府は、有権者の選別のため、新たな国民投票への参加に、きわめて過酷な条件を設定することとした。

  • 投票日は一年一回、元旦正午

  • 投票所は富士山頂

  • 移動手段は一合目からの自力登頂のみ

  • 報酬なし

  • 議案は現地で初めて明かされる

つまり、これらの不条理をものともしない熱意を持った者こそが、自らの意思を示すに値するのだ。


20XX年元旦、正午、富士山頂。

気温マイナス20℃。雪。

ここで、初めての新国民投票が執り行われる。
日本の命運を決めるにふさわしい、これ以上ない荘厳な舞台だ。

しかし、厳冬期の富士は、入山を制限されるほどの天然の要塞である。
登頂は一筋縄でいくものではない。

そのような過酷な状況にありながらも、数多くの国民が挑戦し、

何かの意思に導びかれたかのように、年齢層や性別も美しく分散した、

選ばれし十二人が登頂に成功した。

皆、山頂に仮設された選挙事務所の前で、ただ静かにその時が来るのを待ちわびている。


氷点下の静寂の中で、誰かが独り言のようにつぶやいた。

「我々には責任がある。これが実は、民主主義の素晴らしいところなんだ」

そうだ、何かを決めることは、同時に責任を負うことなのだ。それこそに、本当の意義がある。

次第に会話の輪は広がり、熱い思いの丈をぶつけ合ううち、何もかも異なる十二人の間には、不思議な連帯感が生まれていった。

当初、皆を突き動かしていたのは、 増税、格差、性差、年金、無力感などの、国政への剥き出しの怒りだった。

しかし、皆、いつしか個々人の怒りなどどうでもよくなり、
どんな議題であっても受け入れようと思うようになっていた。


正午過ぎ。

仮設事務所のドアが半分開き、お正月番組の気の抜けた笑い声が周囲に響く。

ドアの隙間から漏れ出る熱気が、室内が異次元の温かさであることを感じさせる。

担当者と思しき顔がにゅっと出て、びっくりした顔をしたかと思うと、再び引っ込む。

しばらく待たされたのち、再びドアが開き、だるまのように防寒着を着込んだ選挙担当者が、何かを手にこちらにやってくる。

「ご苦労様です。寒いので、誰も来ないと思ってました」

「今年は初回なので、簡単な議案になってます」

「悩むところもないと思うので、賛成の字に〇をつけてポストに突っ込んでおいてください」

「終わったら、解散で」

担当者は、たまたま目のあった有権者に、クリアファイルから抜いたむき出しの紙きれを渡し、

寒い寒いとつぶやきながら、そそくさと事務所に引っ込んでいった。
ドアの隙間から、テレビの笑い声が再び響く。

雪と寒風であっという間にパリパリになった紙を、皆でのぞき込む。

ーー議案:富士山投票所担当者の在宅勤務の可否


後年、とある新党がめきめきと頭角を現し、またたく間に政権を奪取する。

新国民投票制度の運用は全面改訂され、

富士山頂の事務所は更地となり、
選挙担当者も、一合目からの自力登山が義務づけられた。

(おわり)


おわりに

投票率にこだわらない発想に至った世界をテーマに書いてみました。

この寓話は、別記事の思考実験記事で考えたことを下敷きにしています。

それぞれをセットで読むと、テーマに対して、より理解が深まる構造になっています。よろしければぜひお読みください。

今回の寓話に関連する思考実験記事はこちらです↓

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