【すずたく掌編寓話】神託制民主主義 -ふたたび「神」に委ねられた世界-
神託制民主主義
「投票」の終焉
選挙の歴史は古く、史実では紀元前の古代ギリシアにまで遡るという。
この古代国家は、民主主義の原点とも言われる「直接民主主義」のシステムで意思決定を行っていた。
有権者全員が議場に集まり、議論を戦わせ、国の命運を決めたのだ。
やがてその仕組みは非効率とされ、有権者の代わりに議論を行う「代議士」を選出するための選挙に姿を変え、「間接民主主義」と呼ばれるようになる。
しかし、完璧に思えたそのシステムさえも、綻びを見せはじめる。
誰もが、間接的な政治参加に魅力を感じなくなったのだ。
そして、ついに我が国の投票率は1%を下回った。
もはや、国民の願いを「票」という概念だけで拾い上げることは、不可能となったのである。
双叉髭王
一方、科学技術は飛躍的な発展を遂げた。
Bluetooth(ブルートゥース)の進化版、Forkbeard(フォークビアード)の発明もその一つである。
この奇妙な名前は、Bluetoothがデンマークの青歯王にちなんで命名されたことにちなみ、その息子である双叉髭王、つまりForkbeardという俗称に由来する。
Bluetoothは、デジタル機器間の電子データの無線通信技術であったが、Forkbeardは、人間の思考そのものの取り扱いを可能としたのだ。
数メートル内に存在する人間の思考を、専用機器により、デジタルデータとしてリアルタイムに収集することができる。
革新的ではあるが、通信範囲が狭すぎるため、活用の難しい技術であった。
エージェントたちの輪舞曲
間接民主主義は、どこで道を誤ったのだろうか。
それは、「代議員」と呼ばれる者たちが、文字通りの「エージェント」に過ぎなかったことによる。
彼らは当選さえしてしまえば、あとは、ただひたすら、努力している姿を印象付けさえできればよい。
それだけで任期を全うしたという実績が積み上がるのだ。
公約など、努力目標なのだ。
「滞りなく終えた」という確固たる実績は、次の選挙においても、彼らを当選させる原動力となる。
国民もまた、その「印象」だけで候補者を選び続ける。
まさに、終わることのない輪舞曲だ。
神託制民主主義
元旦。
この日、日本国民のほぼ全員が、神社仏閣に集結し、神仏に願いを託す。
初詣だ。
ーー「生活が楽になりますように」
ーー「健康でいられますように」
ーー「結婚できますように」
虚飾のない、心からの願いだけが渦巻く世界である。
人は、神前では嘘がつけないのだ。
つまり、初詣とは、国民一人一人の「真の願い」のホットスポットが発生するという、稀有な空間なのだ。
そして、その願いは、まさにこの瞬間の社会的状況を、これ以上ないほど正確にあぶり出す。
いまや、日本中の神社仏閣の賽銭箱にForkbeard受信機が備え付けられており、貨幣を投げ入れた対象を特定し、その「願い」をデータとして集めることができるようになっている。
この日、国中から集められた願いの集合体は、
AIによって、最も合理的かつ有効性の高い施策に、静かに変換されていく。
ーー減税による可処分所得の向上
ーー予防医療への予算傾斜
ーーマッチングアプリの国営化
もはや、選挙で代議士を選ぶ必要も、議論をする必要もない。
政権は、データに基づいて生成された最も合理的な政策を、ただ承認していくだけでよいのだ。
荒唐無稽に聞こえるだろうか。
そんなことはない。
過去にも、人類は神にすべてを託していた時代があったのだ。
国民は、この国の未来を託す相手を、
再び、「神仏」の手に委ねただけなのだ。
もはや、願いは、叶うのだ。
(おわり)
おわりに
今の民主主義が限界に来た世界をテーマに書いてみました。
この寓話は、別記事の思考実験記事で考えたことを下敷きにしています。
それぞれをセットで読むと、テーマに対して、より理解が深まる構造になっています。よろしければぜひお読みください。
今回の寓話に関連する思考実験記事はこちらです↓
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ではまた。

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