ラヴィアンローズ(薔薇色の人生) 5
5. モンステラの夢
ユキオさんが配達に出かけた風の強い日。私は寒がりな植物たちのための小さな温室にいた。
ガラス越しの陽射しが、セーターの背中を暖める。ごうごうと唸りをあげる風が吹きすさぶ窓の外とは別世界だ。
ここはサンクチュアリ。植物たちの昼寝の邪魔をしないように、静かに水やりをする。
作業をひと通り終え、ベンチに腰掛けて鉢植えのモンステラの葉に触れていた。
くり抜いたような穴のある葉。モンステラは、どうして穴あきの葉になることを選んだのだろう。
そんなことをつらつらと考えているうちに、私はいつのまにか眠ってしまった。
夢のなかで、私は緑色の大きな葉を持つモンステラの横に座り、編み物をしていた。
「何を編んでいるの?わたしに巻くマフラー?」
モンステラが聞く。
「違うよ。自分用の葉っぱのセーターを編んでいるの。いろんな葉っぱをちぎって編み込んでいって、草の匂いのするセーターを作ろうと思ってる」
「そうなんだ」
モンステラはふるる、と身震いした。
「ねえ。あなたの葉っぱもちょうだい。しっかりしていてつやがあって、とてもいい感じだから」
「いやだよ。セーターに編み込まれたくなんかない」
モンステラが動けないのをいいことに、私は葉を摘み取ろうとした。モンステラは懸命に枝をのけぞらせて葉を揺らし、私に掴まれないように抵抗した。
「きみはわたしたちの仲間なのに、どうしてセーターにしようとするの」
「あなたたちの仲間?なんの話?」
「知りたければ、葉をちぎらないって約束して」
モンステラの葉の縁から水滴がしたたる。これはモンステラの涙だろうか。
ああ、ごめん。ごめんね。乱暴なことはしないから泣かないで。
と、そこで目が覚めた。
*
なんて奇妙な夢なのだ。
作業台に臥せていた顔を上げると、あたりに花が散らばっていた。
夢を見た後は大抵こうだ。今日は緑色の細いレース糸で編んだような花が、ふさふさと床に横たわっていた。糸と糸を結び合う花びらは、ところどころ長く枝垂れていた。
いつもなら、私が生んだ花に興味を示す気配を出すここの植物たちが、無関心を装っている。どうしたのだろう。
赤いカーネーションを生み出して以来、店のなかの植物たちは、少しよそよそしくなったように感じられた。
おそらく彼らは戸惑っているのだ。敵か味方か、私が何者なのか、じっくり見極めようとしているのかもしれない。
首をぐるりとまわすと、視界に映る世界もぐわんと回転した。緑の残像が揺れる。それは不確かで不穏で、心もとないものに思えた。
夢の後の花をしゃがんで拾い集めていると、不意にトントンと肩を叩かれた。
いつのまにか、黄色い鞄を斜めがけにした幼稚園帰りらしき女の子が立っていた。
「このお花かわいいね」
私が生んだ緑色の花を手に持ち、にこにこ笑っている。
「変なお花でしょう。おねえちゃんに返してくれる?」
「変じゃないよ。おねえちゃんはお花やさんなのにどうしてそんなこというの?」
「そっか。変なお花なんてないんだよね」
「お花が泣いてるよ。わたしのことを変なお花だなんてひどいって。どんなお花だっていいじゃないって、泣いてるよ」
子どもは侮れない。時に真理を突いてくるから。
「ごめんね」
「あやまるならお花にあやまって」
女の子はぴしゃりと言い放った。
言われてみればたしかにその通りだ。花はなにも悪くない。
この子は子どもの姿をした花の神様だろうか。自分から生まれた花の意味を疑うことしかできなかった私を、花の神様が叱りに来たのかもしれない。
「意味のないことなんて、ないんだからね」
「えっ」
女の子は止める間もなく、私が生んだ花を握りしめたまま走って出て行った。
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6.タミさんのノースポールへ続く
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