ラヴィアンローズ(薔薇色の人生) 3-⑶
「いつからそうなの?」
混乱している私とは対照的に、ユキオさんはいつも通りの飄々とした態度のままだった。
私を落ち着かせるために二杯目の紅茶を淹れて、カップをことりと置いた。
「生まれつきの体質です」
「ふうん」
「それだけですか?」
「持って生まれたギフトなんでしょ。だったらそれでいいじゃない」
ユキオさんの声が紅茶に溶け込んで、私の心と体に沁み渡った。
それから私たちはたくさん話をした。
私の感情や想いが高まったり揺らいだりすると花が生まれること。花はやがて、枯れないまま透明になって消えること。それらを言葉に詰まりながらゆっくりと語った。
「消えるって、どんな風に?」
「だんだんと輪郭が薄くなって、細かい色の粒が煙みたいに立ち昇って消えるんです。腐らないしゴミも出ない。案外エコなんです」
私が自嘲気味にいうと、ユキオさんは苦笑した。
「花が枯れるのは生きているからでしょう。私の花はきれいな生きものではないから、ただ消えるだけなんです」
ユキオさんは腕組みをして、テーブルの上の秘密の花を見下ろした。
「枯れずに消える花、か」
窓からの風で花と花とがこすれ合い、しゃらしゃらと鳴った。その音はいつまでも私たちの耳に響いた。
「えりかは自分をばけものだっていうけれど、本当は誰もがみんな内側にばけものを飼っているんだよ。俺は花を選んで家族を捨てた悪いばけものなんだ」
一瞬瞳を伏せたユキオさんの頬の上で、午後の光がちらちらと揺れた。
私の花は、同じ光のなかで濃い青色の影を作る。
「それに比べたら、花を生むえりかは綺麗だ」
*
「えりかちゃんは、ばけものなんかじゃないよね」
中学生だった頃、友だちのひとりはそういって私の顔を覗き込んだ。
「男子たちがヘンな噂をしてるんだけど。えりかちゃんは口から花を出すばけものだって。そんなの嘘に決まってるよねえ」
私は曖昧に頷いて、そんなわけないよと力無くへらへら笑っていた。へらへら笑いながら、心の奥で私自身が底なし沼にずぶずぶ沈んでゆくのを感じていた。
ばけものじゃなかったら。
かわりばえしない毎日の退屈さと愛おしさを、無自覚に味わえたのだろう。
でも私は、ばけものだから。
図々しいほど当たり前に誰かのそばにいて、疎ましく思うことも許される関係は手に入れられない。失うくらいなら、初めから浅くていい。そうやって私は私を飼い慣らしてきた。
ユキオさんは、ばけものなんかじゃない、とは言わなかった。
ばけもので何が悪い?
ほしかった。その言葉を、心のどこかでずっとほしがっていた。花を吐き出すヘンな私のままで存在していいのだと、いわれた気がした。
なんだ。
私、本当は泣きたかったのじゃないか。
平気な顔をしてなんでもないように振る舞ってきたけれど。
私は静かに涙を流しながら紅茶を啜った。湯気が目に沁みるからなんですなんて、下手な言い訳をしながら号泣した。
私が生んだ花を、ユキオさんがインク壜の形をした花瓶に挿した。自分でいうのもおかしいけれど、それはとてもシックでいい光景に見えた。
「悪くないね。花も、えりかも」
ユキオさんはそういって笑った。
家に帰ったら、母に話そう。母と私、ふたりで守ってきた秘密。それを分かち合えるたったひとりの奇特な人に出会ったことを。
それから今日の晩ご飯のために、母の好きな焼売を買って帰ろう。私はそう決めていた。
母とふたりの夕食の席で、焼売をつつきながら今日の出来事を話した。
母は手を止めて私の話を聞き、やがて箸を置いて顔を覆った。
「その人、どういう人なのよ」
私の学生時代に、さんざん先生達に花を生む事実を認めてもらおうとしてきた母なのに、実際にそういう人が現れたことが信じられないようだった。
「うちの店主はたぶん、生まれついての花屋だから」
「生まれついての花屋?」
「花が好き過ぎて、ちょっと頭がおかしいのかも」
私が笑いながら冗談半分にいっても、母は表情を変えたりしなかった。
「頭のおかしい花屋なんて、この世にひとりだけだと思ってたのに」
そういってしばらく考え込み、まさかね、と小さく呟いたあと、頭をぶんぶん左右に振った。
「でも、えりかを守ってもらえるなら、少々頭がおかしくたってかまわないわ」
母はテーブルの上のティッシュペーパーを手荒くニ、三枚掴むと、勢いよく鼻をかんだ。鼻の頭が赤い。
「焼売、食べちゃうよ」
私が箸を伸ばすと、母が軽く睨んできた。
「それ、私の!」
ふたりして競い合って焼売を食べた。その夜の焼売は、涙と安堵の入り混じった味がした。
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4.リインカーネーションへ続く
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