トートバッグいっぱいの呪いを。8.
かつてないほど僕は自転車を夢中で漕いだ。
とにかくママから話を聞くのだ。
向かい風でこんなに呼吸が苦しくても、足の筋肉が痙攣しそうになっても。
それでも僕は死んでいるというのか。生きていても死んでいても、何も変わらないではないか。
僕は乱暴に玄関ドアを開けると階段を駆け上がり、部屋のドアノブを強く引いた。
濡れた髪のママがおかえり、と言った。いつも通りのママだ。
「ねえ。ママは幽霊なの?」
呼吸が整わないまま、喘ぎながら僕は聞いた。
ママはゆっくりと振り返り、まっすぐに僕を見た。
ママの瞳は急速に、深い海の色になっていった。一瞬、波の砕ける音が部屋に響いた。
「そうよ。カイもママも、死んでしまったの」
♢
《ママの独白》
どうしてみんなと同じようにできないのかな。
子どもの頃から気づいてた。
わたしのやることは、学校の他のみんなとは少し違っているということに。
笑い方、歌い方、音読の仕方。ドッチボールで遊ぶときの、きいきいとした甲高い声。
ああいう声をどうやったら出せるのだろう。
わたしは森の奥深くに隠れて暮らす、ヤマネかリスみたいだった。
見上げた空の、太陽の周りの日暈。
初夏の風の匂い。
雨上がりの土の匂い。
花が蕾を開く瞬間の破裂音。
誰も気づかないものがわたしにとっての宝もの。でもそれはみんなには取るに足らないもの。
他の人とは違っているわたしを、カイは丸ごと愛してくれた。この世界でたったひとりの同士。わたしの肉体から芽を出し実ったカイは特別。
口に出して話さなくても伝わる秘密の言葉を共有していた。
赤ん坊にとって、母親がどんな容姿や性格だろうが関係ないのだ。わたしがいなければ、この子はすぐにでも命を失うことになる。
ヘンテコなわたしでも、カイはまっすぐに求めてくれた。
小さな葉っぱのような手でわたしの腕にしがみついてくる。アリの巣ほどの大きさの鼻の穴から漏れる寝息は、星の囁き。この胸に頭をもたせかけて眠る瞼に、神様の祝福が影を落としている。
生まれたばかりの赤ん坊と母親は、見えない臍の緒で繋がっている。
パパがほとんど家に帰らない日々のなか、寂しさと悲しさがわたしの心の防波堤を越えて溢れ出すと、この子はそれを察知して泣くのだ。だからわたしは泣いちゃいけない。いつでも明るい気持ちでいなくちゃ。カイがわたしを奮い立たせ、支えてくれている。料理もそんなに得意じゃないわたしだけれど、求めてくれてありがとう。
カイ。
あなたを愛してる。
カイのためならわたしは自分の身を投げ出すことも、悪魔になることもできる。わたしはカイを守るために生まれてきたのだと、はっきりとわかる。
だから、カイ。
悲しまないで。
あなたのいない世界で生きるより、どんな時もあなたのそばにいることを選んだのは、わたし。
海の底でも、地の果てでも、地獄の池のほとりでも、カイのいるところがわたしの居場所。
わたしの幸せは、あなたそのものの形をしている。
(9.へ続く)↓
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文章を書いて生きていきたい。
✳︎
紙媒体の本を創りたい。という目標があります。
