見出し画像

トートバッグいっぱいの呪いを。9.




「僕は死んだあとも律儀に学校へ行ってたってこと?」
「だって、カイは自分が死んでることに気づいていなかったでしょう。いつか自分の死を知って、受け入れる瞬間がくる。それを待つしかないと思ったの」
 窓からの光を受けたママの体はきらきらした粒子に覆われていて、少し透き通っていた。
 なんだよそれ、と僕は不貞腐れた。
 でも、きみは死んでるんだよ、と言われたくらいでは簡単には信じられないのも本当のところだ。
 昨日と同じ太陽が昇り、月が輝き出す。
 いつも通りの毎日が、螺旋のようにぐるぐる渦を巻いているのだから。

 死んでいることは、今までとはドラマチックに違っていて、過去のことをすべて忘れて解き放たれて楽になることなのだと思い込んでいた。
 けれども死は、仲良しの友だちのようにいつでも生のすぐ隣にあった。

 ここ数週間の死後の僕は誰からも見えなくなり、本当に透明な存在になった。僕はクラスの奴らのまわりを浮遊しながら、死んだ僕についての話を聞いていたというわけだ。まるで地獄耳だ。





 僕とママの暮らしは淡々としていた。相変わらずパパのいないふたりきりの毎日だ。
 時間の流れもゆっくりとしていて、昨日と今日の区別がつかなかった。
 周りの人に僕の姿が見えなくなったことで、息をしやすくなったようだ。死んでいるのに息がしやすいだなんて、おかしな話だけれど。もう誰の視線も気にしなくていい。

 ここから別のあの世、天国とやらに行く気配もなかった。僕たちは死んだ後もこの世界にずっと居座るもので、ここで覚えていてくれる人がいなくなった時に、吹き消されて無になるのだろう。蝋燭の火みたいに。

 もう勉強なんかしなくてもいい、と思ったのに、何かの役に立つこともあるかもしれないから
勉強はしておけとママはいう。いまさらなんの役に立つというのだろう。
 でも何もしないのも退屈なので、好きな科目の美術と国語だけやることにした。
 散歩に行ったり、勉強をしたり、大好きな絵をたくさん描いたり、生きていた時より僕は少し自由だ。
 そして夜になると僕たちは、呪いの折り鶴をせっせと作った。ほとんど趣味の世界。
 クラスメイトひとりひとりに合う呪いの言葉を書き出し、丁寧に折り鶴に仕立てた。そうしてふらりとそれを撒きに行った。
 偶然を装い、でもこれはひょっとしたら呪いなのではないかとゾッとさせる僕の復讐は、あまりにもささやかで涙が出るほどだ。
 でも死んでいる僕には誰もやり返せない。
 まだママほどの呪いは思いつけない僕に、これからは呪いを撒き散らし放題だね、と言ってママはくすくす笑った。



 時々、半井さんが学校帰りに僕の家に立寄ることもあった。
 半井さんは、僕の部屋に入ってくるなり
「あんたのロッカーに残ってた最後の私物、先生が届けてくれないかっていうから持ってきた」
 と、ビニール袋からごそごそと、僕の体操服や社会科資料集やアルトリコーダーを取り出した。
「これ、どこに置いとく?」
「じゃあクローゼットの中に入れておいてくれるかな」
 半井さんはクローゼットの扉を開けて、それらを無造作に置いた。それから僕の見ている前で、隅にあった消臭スプレーをクローゼットの中に向かってひと吹きした。半井さんのやることは、なかなかグロテスクだ。

 なにも飲まない僕とママの前で、半井さんは自分で持ってきた水筒のお茶をごくごく飲んだ。
「半井さん。僕、思い出したことがあるんだ。去年の文化祭の出し物で、うちのクラスはお化け屋敷をやったでしょ、覚えてる?」
「ああそうだったねえ」
「僕はお化けの役をやったんだった。他のお化け役の奴は、入って来た人をガンガンとアクティブに脅かしてたけれど、僕はどんなお化けだったと思う?」
 半井さんはクローゼットに寄りかかったまま首をかしげて、考えるふりをした。
「白いシーツをかぶって、ダンボールの井戸の中にずっと立ってる寂しい幽霊だったんだ」
「あんまり怖くないね」
「僕は今と何も変わらないよね」
「そうかな。シーツかぶっただけのぼーっとした幽霊より、やりたいことをやってる今の方がイケてるんじゃない」
「ほんとに?」
「しらないけど」
 半井さんがカラカラ笑った。
 半井さんの水筒の中の氷もカラカラ鳴った。
 半井さんはよく笑う人だ。
 それが分かったことは、僕が死んだ特典だった。クラスの中での半井さんは、きつい一重瞼のせいか近寄りがたい人に見えて、こんな風に話をするようになるとは思いもしなかったのだ。


 毎週水曜日にやって来るようになった半井さんの到着を、僕らは心待ちにしていた。
 何しろ時間は平坦で、前へ進んでいるのか後ろへ戻っているのか、わからないくらいなのだ。

 その日の半井さんは、いつもより遅い時間に僕の部屋へやって来た。
「今、1階に例の女がいる」
ママはびくりとして折り鶴を作る手を止めた。
「お線香をあげさせてもらおうと思って、なんて言い訳してこの部屋へ来たから。あんまり長居できないの」
半井さんは、階下に聞こえないように、ひそひそ声で言った。
「玄関を開けたらあの女が立ってたのよ。それで『この間プリントを持って来た子よね、あなたは誰なの』って言うから『そっちこそ誰ですか?』って言ってやった」
半井さんは肝が据わっている。

 お互いを訝しんだ女の人と半井さんは、僕の家の玄関先で睨み合いになったけれど、半井さんが、生前の塚田くんと親しかったんですと言いながら涙ぐむ演技をしてみせたら、女の人は急に親しげな口調になり、リビングで語り合うことになったのだった。
 言っておくけれど、ここは僕の家だよ。


(10.へ続く)↓

いいなと思ったら応援しよう!

鈴懸ねいろ 文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。