トートバッグいっぱいの呪いを。2.
火曜日の午後。
休み時間の居場所を求めて僕はふらふらと廊下をさまよい歩いていた。
俯いた視線の先に、ぽつりと赤いものが落ちているのが目に入った。
一瞬、血の滴った跡かと思った。
でもそれは赤い折り紙で折られた小さな鶴だとわかった。
クラスメイトの田辺がそれを拾い上げて、渋沢の制服の胸ポケットに突っ込んだ。なんだよ、と言って鶴を引っ張り出した渋沢は、あれ、という顔をした。
「何か書いてある」
「お前当てのラブレターじゃないか」
田辺が色めきたって囃す。
呆れながらもまんざらでもなさそうに笑う渋沢は、サラサラした前髪をかきあげながら折り鶴を開いた。
「白シャツにケチャップのシミができますように、だってさ。なにこれ」
二人は気味悪いと言いながら爆笑した。
その後の渋沢に起きた出来事は、後々の語り草になるだろう。昼食のオムライス弁当に添えられたケチャップの小袋が、渋沢をあんなにも苦しめるとは。
ケチャップの袋はなかなか開かなかった。切り口の表示がなんの役目も果たしていないのは、小袋あるあるだ。
しびれを切らした渋沢は、ついに小袋の縁を噛んだ。一直線に飛びだしたケチャップは、赤い矢となって渋沢のシャツの左胸を刺した。顔にも飛び散ったのか、目を押さえて痛がる渋沢。
白いワイシャツは、まるで大量の返り血を浴びたようだった。
マーダー渋沢。
それが渋沢の新しいニックネームになった。
その日の放課後、渋沢は隣のクラスの彼女とデートの予定だったけれど、見事に振られていた。渋沢の殺人者っぽいケチャップのシミを見た彼女に、みえすいた急な予定を作られたのだ。
ばちが当たったのかな。
朝自習の時間の、渋沢と田辺の会話を思い出す。
「気持ち悪いんだよなアイツ」
「ひとりで絵を描いてる奴だいたいキモい説」
それが僕のことだと話の流れでわかった。
僕は休み時間によく絵を描いて過ごしていた。他にすることもないし、ヒマだったからだ。時々覗き込んでくる女子が、上手いじゃん、などと言ってくることが奴らは気に食わなかったのかもしれない。それとも、ぼんやりとみんなを見渡して人間観察をしている僕に苛立っていたのか。
僕が教室を出た隙に、スケッチブックがゴミ箱に捨てられていたことがあった。僕は、おいおい冗談きついよ、と苦笑いしながらスケッチブックを拾い上げ、表紙についたパン屑を払った。
あれは渋沢たちの仕業だったのだろう。
みんなが誰かと過ごしている昼休み、ひとりで絵を描いている僕は、気持ち悪い奴認定を受けた。
とにかく。折り鶴に書かれていたことは現実になった。そのことが僕にとっては決して小さくはない慰めになった。誰が書いたのかはわからないままだけれど。
水曜日の朝。
勝ち目はないとわかっているのに、僕は相変わらず悪い夢と闘っている。時々なぜ闘っているのかわからなくなる。降参した方が楽にきまっているのに。
心を引きずって登校すると、教室ではサッカー部の男子が4,5人、桐谷を取り囲んで何やら深刻な顔をして議論していた。
「明後日の大会に桐谷をエントリーするのは無理だな」
うなだれる桐谷の唇は震えていた。
「まさか足の小指を骨折するなんてなあ」
「しかもタンスの角にぶつけて骨折だぜ。不運すぎるだろ」
桐谷の足元を見ると、左足がギプスでがっちりと固められていた。
「これが現実になるなんてさ」
桐谷は机の中からくしゃくしゃに丸められた黄緑色の折り紙を取り出した。
広げてしわを伸ばし、小声で読み上げた。
「足の小指をタンスの角にぶつけますように」
「お前、呪われてるんじゃね」
誰かの言葉に桐谷は泣き笑いの顔で、まいったなあと頭を掻いた後、試合に出られなくてごめん、と小さな声でいった。
唇を噛んだ桐谷は折り鶴をきつく丸め、ゴミ箱に向かって思い切り投げつけた。折り鶴は壁に当たって跳ね返り、再び桐谷の足元に転がった。
また折り鶴か。
一体、誰が作ったのだろう。
みんなの不穏なざわめきの向こうに、僕だけが仄暗い光を見ていた。
(3.へ続く)↓
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