ラヴィアンローズ(薔薇色の人生) 2-⑴
2. 日常
水曜日の朝のテーブルの上に、光が舞っている。ストーブに乗せたやかんが、しゅんしゅんと歌う。湯気が喉に優しい。
時計がわりにつけているテレビを気ままに眺めながら、たまごサンドを食べる。
画面の向こうではいつものリポーターがこの冬のトレンドスイーツを紹介していた。
(ものすごく巨大なあんバタサンド。間違いなくアゴがはずれる)
その後には双子のパンダの話題。二頭のパンダはころんころんとじゃれあって、転がった拍子に母パンダの背中にぶつかった。笹を食べるのに夢中な母パンダは、左足で子どもパンダのおしりをぐいっと押す。
ふふふふふ。
その仕草がおかしくて笑うと、珈琲を飲んでいた母(パンダではなく私の母)が
「えりか、花こぼれてるよ」
と、顎をしゃくった。
慌ててあたりを見回すと、テーブルの上に三つ、床の上に二つ、黄色と橙色の縞模様が渦を巻いた、棒つきキャンディのような花が散らばっていた。
「ああ、ごめんごめん」
私は花を拾うと、ミネラルウォーターの入ったグラスのなかに、ぽとん、と落とし込んだ。
朝からパンダ。のどかであたたかくて、平和な時間。
なんだか今日はいい日になりそうだ。花がそう教えてくれている気がした。
*
母は偉かった。本当にそう思う。
花を口から生む私を、家の中に閉じ込めて世間から隠そうとはしなかったのだから。
それどころか
「ちょっと花を飾りたいんだけど。えりか、なにか出してくれない?」
などと屈託なくいうのだった。
目を閉じて、ここ最近一番楽しかったことを思い出してみる。
鳩尾のあたりがくすくすとして、感情が跳ね回りだす。目には見えない手に取ることもできないものが、私からあふれようと出口を求めている。
喉が熱い。
内側からの圧迫。
唇の端がかすかに震える。
そして水が滴るように、私の口からピンク色の花が造作もなくこぼれ落ちた。
その花は八重咲きの花びらのひとつひとつが菱形で、薄紙のようだった。顔を寄せると懐かしい薄荷の香りがした。上出来だと思う。
「ありがとう」
母は微笑み、薄翠色のワインの空き瓶に私の花を飾った。自分が描いた絵を壁に掛けてもらった時のように、こそばゆい。
この世のどの植物図鑑にも載っていない私の花が、窓辺で陽射しを浴び、花影を作っている。それは本当のことだった。
*
幼い頃は、子どもはみんな花を生むものだと思っていた。母が花を生まないのは大人だからで、大人になるとなんらかの理由で花を生まなくなる。そう思い込んでいた。
隣の家の中学生のお兄ちゃんが、声変わりをしてソプラノボイスを失ったように。
いつまでもきれいな花を生み出していたかったから、それができなくなるくらいなら、大人にならなくてもいいやと思っていた。
幼稚園のお砂場で、砂のケーキや山を作ることが楽しくて、私は無意識に花を生み出していた。
そうすると友だちはとても喜び
「えりかちゃんのお花、きれいだね。わたし、大きくなったら、えりかちゃんみたいなお花やさんになりたいな」
と、私が出した花を泥団子にトッピングしながら
いったものだった。
私、お花やさんじゃないし。
と思ったけれど、友だちのはしゃぎっぷりが嬉しくて、私の口からはどんどん無邪気な花が生まれた。
みんなももっと色とりどりな花を出して遊べばいいのに。
きっと恥ずかしがっているだけなのだと、なんの疑いもなく思っていた。
母のおかげで、私は花を生むことを当たり前なこととして生きてこられた。
小学二年生の、あの日までは。
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2.日常-⑵ へ続く
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紙媒体の本を創りたい。という目標があります。
