トートバッグいっぱいの呪いを。4.
♢
寝る前に悪いことを考えると悪い夢を見てしまう。布団に入ったら、良いことだけを思い浮かべるのだ。
目をつむって今日を振り返る。でも楽しかったことなんてひとつもなかったことに気づいた。
僕はこのまま笑わない人生を送るのだろうか。
「まだ起きてたんだ」
すぐ隣でママの声がした。
ママが部屋に入ってきたことに気づかないほど、僕はぼんやりしていたらしい。最近はそんなことばかりだ。
「ママが撒いた呪いの言葉、効いたでしょ」
ママはニヤニヤしていた。
「学校の奴らがおかしな目にあってるんだけど。あれはママのプチ呪いのせいなの?」
「そうよ。なかなかやるでしょう」
ママはそういうと僕の机の引き出しを勝手に開けて、勝手にしまっておいた折り紙を取り出した。それからまたせっせと呪いの言葉を書き連ねて、折り鶴を量産し始めた。
茶色の折り紙
「カイを傷つける人は
暑い日に1滴も水が飲めませんように」
灰色の折り紙
「カイを見下す人は
トゲが刺さって抜けませんように」
黒の折り紙
「カイを悲しませる人は
プールで溺れますように」
憂さ晴らしの冗談も、現実になると途端にひやりとした手触りになってくる。
その後も学校ではたくさんのトラブルが起きた。不吉な出来事のそばにはいつも、呪いの折り鶴があった。
そして呪いは徐々にプチのサイズを越えようとしていた。
美術の授業で僕が描いた絵に、牛乳を吹きかけた佐藤。
↓
昼食の弁当で酷い食あたりをして入院。
僕のロッカーの中の荷物を焼却炉に捨てた河村。
↓
理科の実験中にフラスコが爆発して髪の毛が炎上。
僕の机と椅子を廊下に出した仁田。
↓
倒れてきたサッカーゴールの下敷きになり意識不明。
皆が落ち着きを失った日々を過ごしている間、先生たちは生徒の動揺を抑えようと懸命だった。
これは誰かの悪戯に過ぎない。
こんなものに振り回されるな。
何か起こるかもしれないと思う心がそれを招くのだ。などなど。
「ママの呪いがカイを守ってるんだと思ったら、
やりがいがあるわ」
昨日の夜のママの声が胸によみがえる。
先生の話の間、ママの仕業だという真実を知っている僕だけが、机に伏せてうとうとと白昼夢を見ていた。
僕が学校へ行くのをやめる決意をしたのは、翌週の金曜日のことだ。
その日の朝、教室に入るとすぐに嫌な予感がした。僕の机の上に誰かの悪意がのっている。
花瓶だ。
黒い瀬戸物の花瓶のなかに、白い桔梗の花が二輪挿してあった。
悪ふざけの弔いの花だ。
僕は周りの席の奴らを見回す。
花が置かれているのを見た僕の反応を、面白がる視線は感じられなかった。
いつも通りの教室のざわめき。
朝練の奴らの早弁の匂い。
僕は深海に生息する魚のようにただじっと佇んでいた。
僕はいてもいなくてもどっちでもいい存在から、いなくなってほしい存在へとランクアップしていたというわけだ。
僕は花瓶を左手に持った。
少し茶色く縮れた花の縁を、小さな羽虫が這っている。虫が花びらの中に潜り込むのを見届けた後、僕は窓に向かって花瓶を力任せに投げつけた。
花瓶は派手な音を立ててガラスを突き破り、黒い翼を持つ烏のように外界へ飛んでいった。
一瞬、教室は静けさに支配されて、誰も動くことができなくなった。白い桔梗は窓辺にだらだらと引っかかり、茎の先から水滴が垂れた。
皆の視線が花に注がれるなか、僕は大股で歩いて教室を出た。
もう二度とここへは来ない。
家に帰る途中で制服のネクタイを道ばたに捨てた。
僕を縛るものには用はない。
僕はもう学校へは行かない。
そう誓った。
学校へ行かなくなったところで、何も困らないのだとわかった。こんなことならもっと早くから
決断しておけばよかった。
勉強はオンラインで教えてもらえるし、好きなことをする時間はたっぷりある。学校へ行かないことも僕の表現のひとつだと思えばいい。みんなが行くからという理由だけで学校へ通っていた頃の僕は僕ではなく、意志を持たないただの肉のかたまりだったのだ。
学校へ行かないことに決めたとママに宣言した時、ママは静かに頷いただけでなにもいわなかった。
(5.へ続く)↓
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✳︎
紙媒体の本を創りたい。という目標があります。
