観客としてのわれわれ――三島由紀夫の自決をめぐって
三島由紀夫の自決は、世界でもっとも完璧に演出された「死」だった。
かれは楯の会の学生たちを脇役に配し、自衛隊の総監室を舞台に選び、割腹のタイミングと介錯の角度さえ設計した。
さらには『豊穣の海』という文学の終末をその死の直前にぶつけることで、自身の〈美〉と〈死〉を、文学と国家と肉体の三位一体として表現しきった。
だが、ここで改めて問いたい。
その演出を見たわれわれは誰だったのか?
舞台があるということは、観客がいるということ。
仮面をつける者がいるということは、それを観る視線があるということ。
あの死は、けっして三島ひとりの「表現」ではなく、
日本人全員にとっての「事件」だった。
だからこそ、メディアも知識人も文学者も、
全国の三島読者もうろたえた。
三島は死を〈演出〉した。
それはたんなるナルシシズムの完成ではない。
むしろ、三島は〈演出せざるをえなかった〉のだ。
なぜなら、三島には信じるべき他者がいなかったから。
三島は自分の告白が、誰にも届かないことをわかっていた。
仮面の奥の〈ほんとうの自分〉を語ろうとしたとき、
しかし、言葉は誰にも信じてもらえず、
沈黙は〈敗北〉としか受け取られない。
だからこそかれは、死という形式によってのみ、
自己を語りきることを選んだのだ。
では、われわれ観客はどうだろう?
ぼくは三島の「仮面」を剥がそうとしてきた。
告白に嘘を見つけようとし、
演技の背後にほんとうの感情を探そうとしてきた。
いいえ、それはけっしてぼくだけのことではなく、
三島と三島の作品群が
おのずと読者をそう仕向けるのだ。
すべては三島が仕組んだ知略のゆえである。
だが、その視線こそが三島をして演技に、
仮面に、演出に向かわせたのではなかったか?
つまり三島とわれわれは共犯関係なのである。
三島の死は、「見る者の倫理」への問いでもある。
三島の自死を「美しい」と断じること。
あるいは「あれもまた文学的営為だった」と称賛すること。
はたまた、「あまりにも病的だ」と退けること。
「違う、三島は命を賭けて愛国を訴えたのた」と理解すること。
しかし、そのいずれもが、三島の仮面のもう一枚、
つまり観客の仮面だったとすればーー。
つまり、あの死は、
観客としてのわれわれに見られることによって完成した。
三島の人生と死が「演出」だったとすれば、
それは観客がいたからこそ成り立った。
そう、三島は「歴史に記憶されるナルシシスト」であったけれど、
そもそも歴史とは、われわれが〈見る〉ことによって生成される
巨大な舞台である。
だからこそ、最後にもう一度だけ問いたい。
三島由紀夫の死を見たわれわれとは、いったい誰だったのか?
それは、〈女〉でもなく、〈国家〉でもなく、〈文学〉でもない。
それは、三島の小説をいまも読み、
かれの仮面の奥にある沈黙を〈読もう〉とする、
読者としてのわれわれ自身なのだ。
そして、読者であることの責任とは、
他者の死を見届け、その意味を考えつづけることに
ほかならない。
三島由紀夫は生きている、
亡霊になってなお。
エピローグ
あなたが見るから
わたしは仮面をつけた。
あなたが信じないから
わたしは剣を抜いた。
ほんとうは、
誰かに抱きとめて欲しかった。
ほんとうは、
誰かの沈黙に寄り添いたかった。
でも、誰もいなかった。
だから舞台に立った。
最期の台詞は
血のなかに沈んでいった。
もしもわたしの声がまだ聴こえるならば
どうか、それを
あなたに読んでもらいたい。
付記
ぼくの書いたこのエッセイに挟み込まれた『三島由紀夫と7人の女』にはひとりの〈女〉が欠けている。当初ぼくは丸山明宏(現・美輪明宏)について一章を捧げるつもりだった。なぜなら、三島を理解したのは「彼女」だけではなかったか、とぼくはおもうから。自決の数日まえ三島は、日劇出演中の丸山明宏に薔薇を三百本贈った、自分があと数日でこの世から去ってしまうことも告げずに。いまぼくはおもう。このエピソードだけで十分ではないか。
三島が「彼女」と出会ったシャンソン・バー銀巴里は、1990年惜しまれながら閉店した。その後、そこに銀座モンブランビルが建ち、脇に入るとちいさな「銀巴里跡」という石碑が立っています。
