三島由紀夫という亡霊
三島は生涯、演技する人だった。
「ぼくは産湯を使ったときのタライの縁の輝きを覚えているよ」——そんな駄ボラを得意げに吹いて、大人たちが驚きあわてる様子を見てよろこぶお坊ちゃんだった。なぜなら、三島の子供時代は、大人たちの牢獄に閉じ込められた〈捕らわれの王子様〉だったから。かれは駄ボラをかますこと(仮面をつけること)でしか、主体のイニシアティヴを握れなかった。しかも、かれの人生はすべてこの手の計略——「嘘を演じることで真実を守る」——によって貫かれている。
だからこそ、私たちはいま、もう一度、このことを軸にして三島由紀夫を読み直さなければならない。
三島が生まれながらの男色者だったというのは本当なのか?
それとも、男色という神話こそ、かれが〈主体〉を取り戻すために創作した最後の虚構だったのか?
次に、もうひとつ重要なことがある。
三島は1945年、日本がアジア‐太平洋戦争に敗れた年に二十歳だった。その後、かれは戦中/戦後という二つのイデオロギーの断層に引き裂かれながら生き、やがて憂国の情念の果てに私設軍隊「楯の会」を結成し、45歳であのスキャンダラスな自決へと至った。
同時代の表現者として、ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー、ギュンター・グラス、アンドレア・カミッレーリ、イタロ・カルヴィーノ、ピエル・パオロ・パゾリーニらがいる。かれらもまた少年期にファシズムの時代を生きた世代である。しかしかれらは、かつて信じたものを批判し、そこから表現の出発点を得た。三島は違う。かれは批判するのではなく、むしろその呪縛を再演し、内側から破裂させることで〈自分という劇場〉を築いた。ここにもまた、三島の特異性がある。
では、この特異性はいったいどこから来るのか?
この二つの問いから、このエッセイは始まる。
たとえばぼくがカフェでかれの本を読んでいるとき、ふとなにか穏やかならない物騒な気配を感じて振り向くと後ろにかれがふわりと、立っている。
(さいわいかれは日本刀を持っていないとはいえ、ぼくの動悸は高まる。)
三島さん、三島さんでしょ、
ぼくはうろたえ囀る。
しかし誰よりも明晰でかつまた雄弁だったはずのかれはもはやなにも、しゃべらない。五億もの肺胞を鞴のように動かしながらただ呼吸している、(闇よりも深い)沈黙を。
かれのその静かな輪郭の向こうに、女たちの影が見える。三島と女たちは、
ひろく流れる川の、向かいあう両岸に立っている。気づいた者にだけ、それは見える。——三島由紀夫の亡霊は、まだこの国をさまよっているのだ。
三島はけっきょく、ずっと幽霊だった。言葉から生まれた幽霊。言葉から生まれたからこそ、かれは自分を書き換えつづけた。あるときは世界を魅了する俳優だったかとおもえば、次の瞬間には、空っぽの家で愛を乞う孤児になった。あるときは西洋哲学に通じた論客であり、またあるときは、虚無を希求する禅僧のような人だった。肉に鋼の味を求めたマゾヒストであり、
この世の無関心に微笑するサディストでもあった。劇作家、戦略家、愛国者、洒落者。
——三島は、ひとりの三島ではなかった。かれの小説のなかに。エッセイのなかに。演説のなかに。写真のなかに。戯曲のなかに。政治綱領のなかに。
そして遺書のなかにさえ。かれはつねに、新しい「自分」を創造し、そして破壊していた。言葉という手段を通して、それを行うこと。それがかれにとって「生きる」ということだった。
そして言葉が沈黙したとき、言葉がもはや生命の速度に追いつけなくなったとき、かれは肉体に向かった。——いや、たぶん、最初からずっと肉体に取り憑かれていたのだ。
言葉と肉。
テクストと筋肉。
死と欲望。
詩と鋼鉄。
そのふたつの祭壇の前に、かれは日々、
身を捧げていた。
見られたいという渇きと、
見られることの絶望。
その両方とともにかれは生きていた。
だからいまでも、ぼくらは三島から目を離せない。
けれども正面から見ることもまたできない。
夜空の星座のようだ
——いちばん明るいわけではないのに、
そのかたちが、意味のようなものを一瞬だけ浮かびあがらせる。
そして次の瞬間、消えていく。
ぼくがおもいだす三島は、完成したとたん砕け散った鏡を作った男だ。
その破片のひとつひとつに、ちがうかれが映っている。どれも完全ではない。けれど、どれも偽りではない。
かれが魅せられたのは「アイデンティティ」ではなく、「変身」だった。
「真実」ではなく、「真実の上演」。固定された人生ではなく、書き換えつづける人生だった。
三島を読むということは、鏡の回廊を歩くこと。ある瞬間、軍服を着せられた少年がちらりと見える。ある朝、机にうずくまって書いている作家が見える。あるいは、鏡の中の自分の輪郭を探している男の横顔が見える。
けれど、手を伸ばした瞬間、それは消える。かれはまたすり抜けてしまう。
でも、その消失のなかに、何かが垣間見える。残酷で、どこか優しいもの。
神話になることで、塵になることを拒む意志。時間に敗れない肉体を夢見ること。言葉が——鋭く研がれたならば——象徴と肉とのあいだを切り裂けるという祈り。それが三島という逆説だ。
誰もに見られたがっていたけれど、しかし誰にも知られたくはなかった。
すべてを語りたかったけれど、しかし理解されたくはなかった。
かれの人生は答えではなく、
謎だった。
辞書『言海』いわく、謎とは御所車、卵、中に黄身(きみ)がある。なお、ここで言う「きみ」とは天子、すなわち天命を受けて天下を統御する人君、天照大神の地を引く万世一系の天皇陛下のことなのである。それは幻なのか、実体なのか。文化なのか。はたまた権力による大衆操作の欺瞞的手法、すなわちプロパガンダなのか。あるいは政治的に悪用されはしたものの、しかしその彼方に國體が息づいているのか?
三島が育った時代には「日本精神」という言葉が喧伝された。しかし、この言葉も戦時下ならではのスローガンではあって、なぜなら精神は個人に属するものであり、したがって集団に精神があるというのはフィクションに過ぎない。しかもこの「日本精神」に「知行合一」がくっついてくるのだから、おっかないことおびただしい。だが、早すぎる晩年、三島はけっしてそうは考えなかったでしょう。なお、このことを突き詰めてゆくと、〈美とファシズムの不穏な結婚〉という問いが立つ。
次に、國體である。国体(constitution~the national polity~cultural background)のことながら、あえて旧字で書きたい。それは国柄。主権のあり方によって区別される国家形態。日本国家を支える精神的支柱、かみのみち、やまとだましいのことである。それこそ塵土の境まで神霊のご威光が達していることこそ、わが国の風俗だったのである。明治憲法と呼ばれもする大日本帝国憲法においては、天皇大権が記されている。敗戦後GHQによって天皇陛下が国民の象徴にされてしまったこととともにこの言葉、國體じたいがほぼ消えてしまったけれど、しかし國體を考えることなしに三島が育った戦時下の大日本帝国国民について考えることはできない。
青年三島は戦争へ行かなかった。かれは死ぬのが怖かった。死を恐れながらかれは、夭逝した天才詩人を夢見た。しかし、戦火を生き延びたかれは、
自由奔放に戦後を愉しみ生きているように見えながら、しかし、かれの人生は迷宮に入り込んでゆく。誰もかれを助けることはできなかった。
結局、残ったのは「三島という人間」ではない。
「三島という問い」だった。
かれは自分自身の神託であり、
自分自身の祭壇であり、
自分自身の生贄だった。
かれは、磨かれ、まばゆく、演劇的な「表層の言語」を創り、
その下に、決して破れぬ沈黙を埋めた。
よく耳をすませば、聞こえるはずだ——
行間にある沈黙が。
長く止めた呼吸のなかにある沈黙が。
振り下ろされる寸前の刀身のなかにある沈黙が。
三島が求めたのは、伝統への回帰ではなかった。
伝統を、激しく、美しく、
別のものに変容させることだった。
かれは教義よりも所作を、
信仰よりも儀式を理解していた。
三島は保守主義者ではなかった。
かれは、破壊そのものだった。
もしかれを右翼のイデオローグとして読むなら、
仮面を皮膚と見まちがえている。
かれの真の思想は「破裂」だった。
かれの執着は「形式」だった。
その形式が、内なる嵐を抱えきれなくなったとき、
彼はそれを破った。
言葉で。
イメージで。
死で。
最後の行為は、政治ではなかった。
それは象徴だった。
クーデターではない。
詩だった。
——かれは信じていたのかもしれない。
言葉はもう、真実の重みに耐えられないことを。
言葉はすでに、政治に、思想に、日常の雑音に、
すっかり汚染されてしまっているとことを。
だからこそかれは、
言語を超えた所作を選んだ。
かれの肉体そのものが、
最後の文になった。
これはむしろ、きわめて現代的な出来事だった。
古くさいわけではない。
時代遅れでもない。
意味が消耗されつくしたこの時代の、まさに只中にある所作。
その淵に立ち、かれは——
退かず、跳んだ。
その向こうに何を見たのか。
純粋な像か。
精神の復活か。
それとも、ようやく得た沈黙か。
かれの死は、メッセージではなかった。
消失だった。
声明ではなく、消点だった。
だが物語は、そこで終わらない。
終わることなど、ない。
肉体が崩れ、新聞が忘れても、
何かは残る。
影が。
書きかけの文が。
吸うでも吐くでもない、宙吊りの息が。
三島は亡霊になった。
深夜に鎖を鳴らすような幽霊ではなく——
もっと静かなやつだ。
不意に、あなたの思考の余白にあらわれる。
とても現代的なやり方で。
駅のホーム。
まっすぐ立つ若者。
どこかの世紀からやってきたみたいな顔。
あるいは、インターネットの掲示板の奥。
国家主義、美意識、郷愁。
そんな衣装をまとったマニフェストの残響。
かれを引用する者たちは、
かれを完全には理解していない。
かれの言葉を、借り物の服のようにまとう。
だが幽霊とは、そういうものだ。
誤解されながら、生きのびる。
おそらく、ぼくらが本当に怖いのは、
三島ではない。
かれが差し出してくる鏡だ。
整合性を要求するまなざし。
美が意味を持つと信じて疑わぬ姿勢。
思想には代償がともなうこと。
言葉は血を流すべきであるという信念。
アイロニーの時代に、
三島はアイロニーのない人間だった。
かれは遊べなかった。
かれは信じていた。
そしてこの「信じる」という行為が、
いまやもっとも恐ろしいものになった。
ぼくらは、結果をともなわないジェスチュアを求める。
犠牲なき憤りを欲しがる。
けれど三島は、それを与えてくれなかった。
かれが与えたのは、
一言一句に全存在を賭けた男の、
鋭く、静かな、刀の線だった。
だからぼくらは目をそらす。
分類し、病理化する。
「狂っていた」と言う。
「自己愛だ」と断じる。
——その方が楽だから。
でも、もしそうでなかったら?
もしかれが、
ぼくらが見ないふりをしてきたものを、
見てしまったのだとしたら?
そしてそれが、
いまも言葉と光の縁で、
かすかにまたたいているとしたら?
心の眼にひらめく刃の光。
血のなかを流れる囁き。
鏡のなかに浮かぶ、見えない気配。
三島は、教訓でもなければ、
分類できる記号でもない。
かれは、安定を拒む撹乱だ。
風化しない問いだ。
かれをおもうことは、
伝えるにはあまりに鋭く、
それでも語らずにはいられない真実のかたちに、
命を賭けてしまうということ。
だからかれは、
人としてでも、
幽霊としてでもなく、
生き続ける、
——思考する傷口として。
