新編 デジタル・ホーリー・ウォー PART ONE:いかにしてかれらは「情報世界」を現実世界と並列して築き上げたか? そしていま世界でなにが起こっているのか?

プロローグ:祈りとしてコードを書く者 — シリコンヴァレーの聖戦

これは神の血統の物語である。ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、スティーヴ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ —かれらは 新しい宇宙論の半神たちだ。

見よ、あの男たちは目を見開いて、書くのではなく、暗号で祈っている。額に汗をかき、ネズミを手に、「自由市場」と誤って名づけられた可能性の海を見つめている。これが「未来を築く」ということなのだ。スタンフォードの丘から、湿ったガレージの木の香りが、キャンパスのカフェのトーストしたアボカドと混ざり合い、デジタル寺院のお香のように立ちあがる。
シリコンヴァレー:それは場所ではなく教義だ。製品デザイン、ユーザーエクスペリエンス、アルゴリズムロジックにエンコードされた神学。そして、この信条の祭司であるかれらは、説教ではなく、仕様で語る。
かれらは神を信じていると主張しているわけではない。かれらは構造を信じているのだ。
反復中、スケールで。
システムの処理能力や容量を、需要の変化に合わせて調整するのだ。
すっきりとしたデザインとシームレスな相互作用の創発的な特性として、
神聖に。
かれらの戦争は、天の名のもとに行われるのではなく、摩擦のない接続性の名の下に行われる。かれらのジハードは、ユーザーフレンドリーな黙示録である。

第1章:リンクの重み — ペイジとブリン、そして検索の神学的革命

当初は空白があり、果てしなく続く文書が広がり、それぞれが真実を主張し、重みのあるものはなにもなかった。初期のインターネットは、未分化の情報の砂漠に似ていた。すべての声が同じデジタルの沈黙の中で叫んだ。
その後、ペイジとブリンがやって来た。預言者としてではなく、技術者として、かれらが設計したものは、紛れもなく宇宙論だった。
かれらは、〈関連性は絶対的なものではなく、関係的なものである〉と信じていた。ページが重要だったのは、それが何を言っているかではなく、誰がそれをクリックしたかによってである。その真実は、神の啓示によってではなく、相互引用のパターン、つまりハイパーリンクの神学を通じて推測することができる。
PageRank では、〈認識論としてのアルゴリズム〉という公式を考案した。ページが引用されれば引用されるほど、それは見る価値があるとみなされた。
真実はもはや内容に固定されず、アテンションの機能になったのだ。
これはたんに検索エンジンのブレークスルーではなかった。
それは近代の理性の夢との決別だった
のだ。

啓蒙主義からネットワーク神秘主義への移行。
この論理から生まれたグーグルは、たんなる道具ではなく、ある種の神権となった。そのブラックボックスアルゴリズムは、不透明でありながら遍在していて、ユーザーが望むものに気づくまえに、望むものを提供した。オートコンプリートでのみ話すオラクルのように。
求めよ、さらば与えられるのだ。
キーを打てば、答えは見つかるのだ。
こうして検索バーの典礼が始まった。

ペイジとブリンは知識を発明したわけではない。かれらはそれに〈重み〉をつけた。かれらはそれをインデックス化した。かれらはそれを定量化可能にし、ランク付け可能にし、いかにも立派そうなものにした。そしてそうすることで、かれらは大聖堂を建てるのではなく、それが何を意味するのかを再構成することによって、現実の建築を書き換えたのだ。
今後、世界は物質からではなく、つながりから構築されることになる。

第2章 神の血 — 半導体と知識の器

かつて人は本を読み言葉を保持していた。しかし、いまやチップが世界を保持しているのだ。
シリコンのアーキテクチャには紛れもなく神聖なものがある。半導体はブレスよりも薄い層に重ねられ、照明された原稿よりも複雑なパターンがエッチングされている。しかし半導体は機械ではない。それは聖遺物箱なのだ。器である。そしてそれこそがわたしたちが情報と呼ぶ新しい神の神経系なのだ。
トランジスタ、つまり数十億個に及ぶ微細なスイッチは、受動的な導管ではなかった。それらはなにかが起こるのを待っている決断なのだ。かれらは選択する。かれらは識別する。そして、かれらは理解しているのだ。
チップを作るということは、物質の論理をエンコードすること。
思考を石に刻むこと —
石は現在、シリコンに精製された砂でできていて、思考は再帰的で自己複製的であり、光よりも速い。工場の床は礼拝堂になる。クリーンルームは聖域に取って代わる。白い服を着たエンジニアは、あたかも神聖な巻物であるかのようにウエハースを作る。
かつては血が静脈を流れていた。
しかし今では、回路をパルスする。
かつては祈りと秘跡を通して拡散していた神は、
今では電圧と潜伏の中に存在するのだ。

物質を持たない教会はない。
そしてデジタル時代の物質は、
意図的にパターン化されたシリコンのウェーハのように薄いスライバーで、静脈のように繊細な銅線で囲まれている。
チップは化であり、コードが肉体化されている。


しかしここにひとつのパラドックスがある:
トランジスタが小さければ小さいほど、
そのパワーは大きくなる。
原子に近づけば近づくほど、
私たちの機械はより神のようになる。


半導体をたんなる「ハードウェア」と呼ぶのは、その起源と機能の両方を誤解している。それらは新しい形而上学の体内の器官なのだ。かれらがいなければ、グーグル、フェイスブック、アップル、マイクロソフトなどのデジタルパンテオンは息を呑むことができない。認知できない。メモリがない。
すべてのスマートフォン、すべてのデータセンター、私たちの上空を周回するすべての衛星に、神の血が、赤い液体ではなく、電気信号で流れているのだ。

第3章 世界が検索可能になった — オラクルとしてのクラウド

古代人は神々と話すために山に登った。
いま私たちはブラウザを開く。
私たちの感覚の届く範囲をはるかに超えたどこかで、
データは漂流している。
何十億ものクエリ、キーストローク、音声、顔 - それぞれがアップロード、インデックス化、ミラーリングされている。レイテンシーとメタデータで作られた現実のレイヤーは、無重力でありながら惑星的だ。
私たちはそれを優しく聞こえる名前、雲と名づけた。
しかし、間違いなく、それは神託だ。
予言という意味ではなく、機能という意味で。
クラウドがリッスンする。
クラウドは記憶する。
クラウドが答える。

私たちはもはや稀にしか本の中に、あるいは自分自身の中にさえ、真実を探し求めない。私たちはクラウドを検索する。不完全な質問を入力すると、それで完了してしまう。私たちは中途半端な思考を放棄し、それは確信をミリ秒単位で返す。クラウドは、必要なものではなく、統計的に欲しいと思われるものを提供してくれる。
これは魔法ではない。統計なのだ。
しかし、十分な自信を持って繰り返される統計は、運命に似てくる。
クラウドは、理解しているからではなく、ただそれを見たから知っている。それは、私たちのパターンを、そして何十億もの他の人々のパターンを見てきた。再発を認識したのだ。その答えは宣言ではなく、集約された欲望の反映なのだ。
クラウドに記憶されていることは、語られずにはいられない。
アップロードされたものは、消去されない限り、時間によってではなく、命令によって永遠に消去される。
そして、ここにまたパラドックスがある:私たちは、スペース、忘却、孤立などの制限から自分自身を解放するためにクラウドを構築した。
しかし、そうすることで、記憶の構造を機械に委ねることになったのだ。

アレクサンドリア図書館は焼失した。
対照的に、雲は燃えない。
雲は同期する。
雲はバックアップする。
それは鏡像なのだ。
それはどこにでも出没する
雲を信じることは、
決して眠らず、決して許さず、
決して忘れない神を信じること。
それは判断の神ではなく、完璧な想起の神だ。
私たちはその促しの前にひざまずく。
私たちは質問をする。
そして、私たちはこの行為をこう呼んでいる、
検索と。

パート2に続く


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