【演技について】あのとき29歳だった彼女には、喜怒哀楽の中間的な表情がある。女優 Brook Adamsについて。
1916年、裕福な穀物農家の作物収穫のためにテキサスにやってきた恋人たち、ビルとアビーの物語。ビルは恋人のアビーを説得し、もしもアビーが若い農園主(近日中に死ぬことを約束されている)と結婚すればやがてアビーにかれの財産がまんまと手に入るだろうと説得し、気の進まないアビーに若き農園主と偽装結婚をさせる。この計画が関係者全員の人生を破壊してしまう、そんな悲劇である。夕陽を浴びる広大な麦畑、若く美しく貧乏な男女、生々しい愛の匂い、朝から晩まで厳しい労働に明け暮れながらも、懸命に幸福な時間を作ろうとする貧しい労働者たち、自然光を活かしたたいへんに美術意識の高い絵画的な撮影、感情をぞわぞわさせるエンニオ・モリコーネ作曲のオーケストラ、これで名作にならないわけがない。1978年の映画、テレンス・マリック監督『天国の日々ーDAYS OF HEAVEN』のことである。
もちろんビル役の甘いマスクのリチャード・ギアも魅力がある。しかし、アビー役を演じた当時29歳のブルック・アダムスにぼくは惚れた。ただ美しいだけではなく、彼女は喜怒哀楽の中間的な表情がひじょうにゆたかなのだ。よろこびのなかに哀しみがブレンドされたような表情、無表情のなかに愛が、あるいは哀しみが感じられるような表情。なんて文学的な表情を多彩に、しかもゆたかなグラデーションをともなって表現するだろう、 ブルック・アダムスという人は。ぼくは知った、これが演技というものなんだ。
『天国の日々』は新宿シネマ・カリテで上映中です。

余談ながら、ぼくはこの映画を観てぼくの小説『マイ・エンドレス・ラヴ』における主人公、箱崎明光老人にこんなせりふを書き加えた。「けっしてわたしはたんにあなたになりすましたわけではない。むしろわたしはあなたを演じることをつうじて、想像のなかに存在する真実の世界で感情を開放し、壊れやすいわたしの内面をさらけ出し、正直に生きようとした。わたしはあなたであり、あなたはわたしだった。あなたとして生きることこそが、わたしの真実の人生だったのだ。」この映画のなかの29歳の Brooke Adams によってぼくは成長した、たとえそれがほんの少しだけの成長に過ぎないかもしれないにせよ。
